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今朝は生まれ故郷に走った。私の生まれた街は八王子。漁港である。港町。 気の荒い猟師たちの街だ。だから、子供たちも元気で荒っぽかった。 私の父は一般の工員でサラリーマン。八王子ではちょっと違った環境だった。 その町に走りに行こう・・と言っても、今の自宅からそんなに離れていない。 走って10分ちょっと。写真はその八王子に入り、宇部空港の滑走路がある手前付近だ。 この上り坂はその滑走路と八王子の街とを区分けするクッションのような働きをする部分。 一般に緩衝地帯だ。よく工場地帯と隣接する住宅街を守るような働きをする部分だ。 この空港と街を区分けする部分はちょっとした小高い丘となっていて、草や木がたくさん植えられている 近所の人たちの散歩コースの一つとなっているようだ。 走っていると何人かの散歩する人たちとすれ違った。右は住宅街、港町、左は滑走路、そして周防灘 その滑走路。そして周防灘。散歩途中でこの景色を眺めながらしばし休憩する・・というのが この辺りのおじさんたちのルーティングワークのようだ。 その小高い丘から見られる八王子の町並みとその向こうに広がる宇部市市街地。そして宇部興産の 工場群,コンビナート。 とやっていると、また違う人が前方を歩いている。私は軽く挨拶して走り抜いた。 海の上にはタンカーや貨物船が行きかっている。 八王子港の様子だ。漁港らしく漁師のみなさんが仕事についている。 八王子を守る産土、蛭子神社だ。私も参拝。いつものように、地域の人たちの安全、幸福への 感謝を祈る。私も頑張ります!と挨拶。 もっと西に進むと、もう一つの漁船の停泊場がある。そしてそこには堤防があり、ここにも 先日のような朝釣りの光景に出会える。写真には一人しか写っていないが、4,5人の釣り人が 楽しそうに釣竿をたれていた。 その場所を離れ、街の方面に出て行く・・。そして、フジグランだ。 昔はこの地帯は炭鉱の住宅地だった。つまり・・鉱夫たちの住まいが社宅が所狭しと建ち並んでいた。 今では、宇部で最も大きなショッピングセンターだ。子供の頃、時々この辺りにやってきたが まさか今の状況を想像することはできなかった。写真はその裏側。 今度は表側。左がフジグラン、右がその後出来た電気のコジマだ。 私も頻繁に夕刻この辺りには出没する。・・さて一気に帰るぞ! |
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私は宇部には昔常盤公園にカッタ君を見に数回と
友達のお墓参りに数回行っただけ
こうやって見るとかなり興味ある街ですネエ
ねえねえ
宇部に夜景百選のとこあるよねえ
近くない??
2009/9/5(土) 午後 2:49
宇部に夜景百選のとこあるかどうかは知りませんねぇ
初めて聞いたね。
まあ自分の中で夜景がきれいだなと思うのは、
桃山の六角堂を上がった所辺りから見る宇部興産の工場群の夜景かな
宇部出身の何とかと言う映画の監督さんがその夜景をヒントに
何か映画を作った・・という話は聞いた事あるねぇ
でもまあ、百ですからね。
1位から数えていったら・・90位くらいかな(笑)
いつだったか長崎に遊びに行きましたが
ここは全国2位か3位くらいですよね。
あれに比べたら・・
しかも工場のイルミネーションですから。
それより・・僕が子供の頃の宇部の方が凄かった。
街が賑やかでね。
節電なんて言葉すらなかった。
電飾が輝いて・・街はとても明るかったですよ〜♪
2009/9/5(土) 午後 8:44
私も沖宇部炭鉱(今の山口・宇部空港)で生まれ、八王子で育ちました。今は兵庫県で暮らしています。八王子には同級生が多くいます。宇部を離れて47年、懐かしいです。定年退職して、宇部の歴史(炭鉱)を調べています。
[ ban***** ]
2018/5/19(土) 午後 0:47