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テレビでネバーエンディングストーリーをやっていたが、その中で沼地に愛馬が沈んでいくシーンで、少年がその愛馬に向かって「悲しみと戦うんだ」と励ましていたが、それは間違いである。
悲しみと戦ってはならないと思う。そうではなくて、悲しみの反対の概念、つまり、喜びと戯れるのだ。喜びを感じればいいのだ。悲しみは実存しないものである。実存しないもの、存在しないものと戦っても無駄である。悲しみは幻なのだ。無いのである。無いものと戦っても無意味である。しかし、喜びは実存し存在するものである。この世界にあるのは「喜び」のみであり、喜びは神そのものである。だから喜びは神であるから実存するのである。悲しみは神の想念ではないものであるから、神の領域に無いものであるから、この世には無いものである。そんなものと戦っても意味の無いことである。喜びを感じれば神の世界に入ることが出来、沼地に沈むような、神の世界とは縁の無いような状況とは無縁となるのである。
愛馬は瞬間的に救われるのである。
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