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老いては子に従え、という格言があるが、これは決してネガティブな言葉ではない。
人間は歳を取れば、もう様々な機能や脳みその働きが鈍るから、若い者に従った
方が良い、現実の社会にはもう適応できないのだから、若い世代に教えを請うた
方が良いという解釈では無いと思う。一面の真理はあるかも知れないが、これでは
圧倒的に受身である。受身の姿勢では人生は面白くない。
この言葉はあくまでも主体的な能動的な意味がある。
確かに長いこと生きてきたら人生経験も豊富で、その上の自分の人生に自信を
持つことは決して悪くは無いと思う。しかし現実の世界は若い人の感性で動いている
と言っても過言ではないのだ。
だから私たち中高年が、さらなる飛躍を目指そうと思うのなら、その先端を生きて
いる若者に教えを請い、その感性や感覚を自分に取り入れて行くというのは、人生
を充実させるためにも大切な事である
自分を変えたい、自分をもっと高めたい、もっと磨きたいと思うのなら、先生に
素直に習うのは当然である。そしてその先生というのは、遠い所にはいない。
自分の身近な存在、家族や職場、地域にいる自分より若い世代から学べば良い
のである。そういう意味での言葉がこの老いては子に従えなのである。
世の中をうまく生きて、保身の願って、それで老いては子に従うのなら、それは
やはりネガティブである。決して従順な良いお年寄りではない。歳を取ってまで
良い子ちゃんぶっても仕方ないではないか。もうそんなのは止めよう、良い子は
卒業しよう。
受け身ではなく、積極的に能動的に生きて行くための最高の手段が、この
老いては子に従えなのである。今を生きる・・というのが、人生の最高の生き方だ。
それならばその今を生きている代表選手の若者、自分よりも若い世代から、
そのエキスをいただこうではないか。そんな前向きな年寄りが逆に若者にも勝る
人間としてのホントの姿なのである。
古きを温め新しきを知る・・という言葉もこれに当たる。温故知新である。
自分というのはもうすでにこんなに長く生きて来たのだから当然古い。だが
その上に新しい事、新しい世の中を体に吸収していくのだ。
老いては子に従えとは、まさにこの温故知新と同じスタンスなのである。
自分の歴史を全て捨てるのではない。自分が生きて来た道は自分の個性で
光り輝いている。どんな人間でも間違いはあるが、その中に何かが光っている
ものだ。その宝石とも言えるものを持ったまま、さらに自分を伸ばす為に、新しい
ものを体に精神に入れて行くのである。
夫婦生活一つとっても、今の若者世代のそれは新鮮である。自分の頃と違って
いるからと言って、それを否定するだけではいけない。時代は変わる。
その新鮮な空気を自分の中に取り込もう。
私は2人の娘がいるが、2人にはそれぞれ夫がいる。そして彼女たちには夫婦生活
がもちろんある。私の目から見てもそれは本当に新鮮である。
自分の芯を持ったまま、彼らの光るものを取り入れようと私は思っているのだ。
そうすればますます私たちは若返る。
違う言い方をすれば、広がるのである。自分が広がるのだ。
老いては子に従え。これは決して従属的な、ネガティブな負け犬的な言葉ではない。
ポジティブで、積極的で能動的な金言なのである。
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