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憑依現象などと言われるが、神様とか信仰、霊などを信じている人たちの間では知られた言葉である。人間に悪霊とか動物の霊が憑依する現象なのだろうが、私自身一度だけそのような状態の人を身近で見たことがある。その人には俗にキツネ憑きと言われる狐の霊が憑いた状態であった。近くで見るからまさにライブ、正直ゾッとしたのを今でも覚えている。
この場合は動物の霊であるが、人間の霊ともなるとある意味動物よりも複雑かも知れない。怨念とか怒りなどの人間独自の陰湿な思いがその霊とともに目標とする相手に没入する訳であろう。 そしてこういう現象からなるべく距離を持ちたいというのが普通の感情である。宗教の世界ではこういう現象から身を守る為に色々な防御法やまたは実際にかかった場合に対処する術などが伝えられてきたようだが、一体何が一番ベストなのだろうと悩む人も多いだろう。 しかし私など考えるに、現実に多く見られる病気というもののほとんどがその霊的憑依現象ではないかと思っているのだ。風邪などもウィルスという生き物が人間に憑依したものかも知れないし、物質的な原因とされる病気でも本当は憑依の一種かも知れない。 しかしこれらの中でも特に精神病と言われる病気はほぼそれに当てはまるのだと思うのである。まるで本人とは別人のような言葉を急に喋るようになったり、幻覚とか幻聴などという種類のものは、普通の常識ではどうしても説明できないものである。これを単に精神病と言ってまとめられても、その原因とか病気になるメカニズムを分かるように説明できないのが現在の医学界ではないだろうか。 精神病は霊の仕業であると言われても相手が目に見えないものならば目に見えるものが対象の現代医学では手の施しようがない。だから医者は目に見える患者の症状とかを分析して対応する薬などを処方したりカウンセリングするしかないのである。 あるいは宗教家の中には多くが「精神を強くしなさい、そうすれば悪いものから守られる」と言う人が多い。確かにそれは一理あるだろうが、この精神を強くすると言うのが中々困難である。誰でもがはいそうですかと簡単には出来ないような気がするのだ。そこで様々な修行、難行苦行となるのだろうが、自力の人であればそれも可能かも知れないが、我々庶民では中々出来るものではない。そこでまた苦悩がある。 あるいは九字を切ると言って、密教などでは指で様々な形を作り気合とともに祈る動作があるが、これもまたどうも庶民には合わないような気がする。では普通の人がこのような悪霊から身を守ろうとする場合、どうすれば良いのだろうか。 生長の家の初代教祖の谷口雅春さんや二代目の谷口清超さんは「感謝の念が悪いものから身を守る」と言っている。私は普通の人であればこれが一番良いのではないかと思っている。つまりあらゆるものに対して感謝し仲良くするのである。こういう人であればいかにも人が良さそうだからと悪霊まで寄って来そうであるが、これが全く反対なのである。誰とでも上手く付き合い、誰とでも仲良くできる人は悪霊が来ても自分のペースに巻き込んでしまう。誰とでも仲良くできる人は、いかにも自分が無いようだが、自分の無い人は逆に誰とでも仲良くできないものだ。 それと、誰とでも仲良く上手く付き合える人は神様と同じなのだ。神様は悪人だろうが善人だろうが全ての人に愛を与えている。だから神様のような人には悪霊が入ってこれないのである。誰とでも上手く付き合うと言っても、表面上だけ取り繕って、付き合うという人では勿論ない。そんな人は内心人を憎んだり怒ったりしているのだが、社会の交際上、作り笑顔で上手い事付き合っているにすぎない。悪霊が最も入り易い人である。 心から芯から誰とでも仲良くできれば、そういう人には悪霊は入れない。光の中に闇が入れないのと同じである。 |
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