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このブログを始めてもうすぐ11年が過ぎる。あっという間の11年間だった。初めはパソコンを買ってしばらくはネットとは縁が無い生活だった。元々はデザインの方に興味があり、自分でタウン誌を作るのが夢でしかも自分でそのデザイン、製作もこなしたかった。当時はプロのものを見ると、縦長の大きな画面(今思えば20インチくらいの大きさだったかも知れない)であり、印刷所の中にそれは置かれてあった。完全にプロのみの作業で、今のように素人も多く参加するような時代では無かった。
当時は主流はワープロであり、それではタウン誌や新聞製作などは夢の又夢。完全にプロに任せるものだというのが常識だった。それでも私はワープロを使って印刷したものを切り貼りしてプロの雰囲気に近づくように工夫していたものだ。パソコンを手に入れてからは、地元の小学校の広報誌などのデザインを任してもらえたり、今思い出せば冷や汗が出るような事を平気でやっていたものであった。 全て自己流であり、プロの作品の見よう見真似である。それでもある程度の期間私はパソコンによるデザイン制作を楽しんでいた。その後オークションをするようになり、これはネットをしなくてはならないと思うようになり、インターネット契約をしたのであった。当時、私はそのネットの中で伝言板のような形の仲間募集コーナーがあり、これは今でもあるものと思うが、それに一時参加し夢中になった時があった。そこである若い女性と知り合った。 彼女は関西の方の人であったが、途中山口県に移住したいと言いだし、それも萩に憧れていたのだ。彼女には他に移住仲間がいたようで、その奔放な自由さが私にとってもある意味憧れでもあった。その彼女が伝言板だけにとどまらず、ヤフーが始めたばかりのブログにも挑戦したのだ。それを知った私も彼女の真似をしてブログを始めたという訳である。 初めは面白いから毎日のように更新していた。しかしそれがしばらく続くと飽きてきて、やったりやらなかったり。ひどい時には月に一回くらいしか更新しない時もあった。しかし基本的に文章を書くのが好きな私にとって、このブログ更新は嫌いなものでは無く、だからある意味気合を入れて更新するような気持ちで今まで続けているのだ。 私が思うにこのブログというヤツは、公開であるからもちろん「公け」である。だから単に自分の気分の発露として使うものではないとずっと思っている。自分の鬱憤や逆に自分の自慢めいたことなどは書きこまない方が良いとずっと思っている。とにかく利己的なものではいけない。他利的でなければいけないと思う。公けの為になるようなものでなければ更新する意味も無い。利己的で満足したければ一人だけが読むようなものに替えるべきだ。しかし一人だけで読んでいると思っていてもそれは錯覚である。自分の周りには目に見えない多くの霊が存在し、祖先もたくさんいる。また、自分一人で読んだものが自分の信念として同化する時、それは他人にも影響を与える事を忘れてはいけないのである。 さて、前置きが長くなったが、12年目をスタートするにあたり、私は画期的な事業を考えている。もちろんこのブログの事であるが、ある意味根本的に更新する時が近づいている。 |
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