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ゴールデンウィークスタートの29日、私たちはまたまた道の駅を訪ねた。この日は二軒の駅を訪問、どちらも山深い自然あふれる場所に建つロケーションの素晴らしい駅だった。勤務明けではあったが、昨夜は上手に仮眠を取り、私は午前中の仮眠は要らなかった。それで妻はいつものように近隣のショッピングセンターに出かけようと提案してきたが、私は折角のゴールデンウィークだからいつもとは違った行動をしたかったのである。 もちろん主だった県内のショッピングセンターにも多くの連休客がいるだろうが、やはり連休の醍醐味は自然であり、観光地であり、名所旧跡と言われる所である。で、私は前から取り組んでいる県内の道の駅を対象にした「スタンプラリー」の事を思い出し、折角だからとまだスタンプの押されていない道の駅を訪ねる事にしたのであった。 そこで私が迷ったのは、山口市の奥地に行くか、あるいは、萩市周辺の固まっている道の駅を訪れて数を稼ぐかという事だったが、固まっていると言っても、距離にすればある程度あるので、宇部市から比較的近い場所にある二つの道の駅に的を絞った訳である。 結局私たちは二つの道の駅を訪ねた訳であるが、最初に行ったのは、「あさひ①番目の写真」。ここは萩市に入るのだが山口市との境にある。もう少し行けば萩市中心部になるのだが帰りの事を考えればやはり萩までは足を延ばさなかった。ここは有名な萩往還の途中にある。昔は宿場町として栄えたと思われる。とにかく景色が良くて、そばを流れる川は大変美しく清明で空気も美味かった。 昔長女がまだ十代の頃、高校を卒業した頃、将来の事について思い悩む姿を気分転換させようと私が彼女を誘い連れだした場所である。娘はこの川のそばに立ち、しばらくその様子を眺めていたものであった。あのときの記憶が蘇ってしまった。光陰矢のごとしである。 それから十数年、久しぶりに訪れた。もっと施設も周りも広かった気がしたが、私自身も変わったのだろう。 二つ目に訪れたのは「仁保の郷②番目の写真」である。ここは有名で訪れる人も多い人気の道の駅だ。面積も広く展示物も多い。周りには子供の為の遊機具もあり、大人から子供まで楽しめる道の駅である。この日も多くの観光客が訪れ賑わっていた。連休の雰囲気を味わう場所としては最適だろう。 この建物のそばにこれまた川が流れているが、ここでは多くの鯉のぼりが地域の人たちによって吊られている。この日はそんなに風も強くなかったから、鯉達も勇壮には泳いでいなかったが、その数の多さに圧倒され、訪れた人たちは至る所で記念撮影に利用していた。 この日はトータル100キロ以上の距離を車で走ったが、山あり谷ありクロードチアリで(古、、)中々楽しいドライブであった。特に山の中の険しい道を走るのは意外にエキサイティングである。最初に行った「あさひ」は特に標高が400メートル近くあり、下界とは大違いの肌寒さであった。夏におススメである。 |
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山口県の道の駅では現在道の駅スタンプラリーという催しをやっている。これは県内の道の駅に置いてあるスタンプを規定の用紙に押して集めて行くというものである。全部で23の施設があり、全部の道の駅を踏破しても良いし、ルールでは10箇所以上、15箇所以上と区分けされており、段階にしたがって抽選で当選者が選ばれ何かしらの商品がいただけるようである。
普段ならこのような企画には乗らない私であるが、妻とよくドライブを楽しむ機会が多いこともあって、道の駅にもたびたび立ち寄ることがあり、たまたまその企画コーナーが目に止まり、我ながら不思議なことにやってみようと思った訳である。 何もその商品が欲しくてやろうと思った訳ではない。しかも抽選であるから頑張って最低10箇所の駅を廻ったとしても当たらなければ何ももらえないのだ。だからものが目的でもない。やはりどこか子供のような童心がくすぐられて挑戦したのかも知れない。 先日、そういうこともあって1日で3つの道の駅を廻った。比較的近寄った場所にあるところを選んだが、その最後の駅である出会いがあった。場所は秋吉台に近い美東町の道の駅。車を降りてスタンプシートを手にスタンプの置かれてありそうな建物を目指した。中へ入るとそこの責任者らしき男性の方が私の手に持っていたスタンプシートを見たのかすぐにスタンプ押し場を教えてくれた。 そこでは既に一人の中年男性がスタンプを押していた。しかも三枚くらいまとめて押していたのだ。続いて私の番となり、押し終わると彼の方から私に話しかけてきた。作業服を着た髭面の中背の人で優しそうな顔つきをしていたため私もすぐに打ち解けて話は盛り上がった。 彼はこの道の駅が最初であるようで、これから先その数を増やそうという気持ちは微妙な感じであったが、いかにも私がこの道のベテランのような感じで知っている限りの口上をまくし立てたものだから、その煙にまかれた感じでだんだんとその気になってきた様子だった。 彼がなぜ三枚のシートにそれぞれスタンプを押していたのかと言うと、それは自分の分と、あとは奥さんの分であるという。優しい人だなと思ったものである。多分彼は仕事か何かでここを訪れたついでに立ち寄ったのだろうと思う。その髭面の奥の優しい瞳が印象的であった。 このように私がいつもとは違った行為をしても、それは商品が当たるとかそんな目的でもなく、ただ何となく手をつけたのであるが、こういう嬉しい出会いがあったのである。それが何より大事であり、もしかしたらこのスタンプラリーという催しの中にもそんな企画者の意図があったのかも知れない。 |
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往復240キロ、どうやら達成、無事に帰宅できた。久しぶりの岩国旅、 思い切って休みの日に完遂した。朝9時に出発、途中色々と立ち寄りながら
娘夫婦の住む街にたどり着いた。
娘の住む街は岩国錦帯橋の近く。車ですぐの所だ。しかし目的はやっぱり
娘と会うことだ。今までで一番長い時間久しぶりに話し込んだ。楽しい充実した
時間をいただいた。ではなぜ私が思い切って岩国まで来たか、大げさかも
知れないが、中々踏ん切りはつかなかったのだが、だが行きたい、行くのだと
いう気持ちは確かにあったのだがそれが現実になったのはあるテレビ番組の
中の一般の人の一言だった。
それはバラエティー番組で、日本中の色々な土地を紹介していくものだ。
その中で今回は北海道を特集していた。地元の人たちがインタビューを
受ける中で、ほとんどの人が意見を一致していたのが、「100キロくらいの
距離は近い」という事だった。
彼らは一様に言っていたものだ。「片道100キロ、往復200キロなら近いという
イメ−ジなのだ」と。また運転できる主婦たちは「買い物に行くのに30キロ
くらいが普通」などと。これを聞いて私は正直驚いたし、何だ、自分が考えて
いるのは大したことはないのだと思うようになった。
そうなのだ、人間の思い込みと言うものは大いに環境に左右されるものなのだ。
普段私たちが近いとか遠いとか考えている距離感は、日々生活する環境が大いに
左右しているものなのだ。だから北海道に住んでいる人たちにとっては、私たちが
考えている距離感よりは随分大らかであり、広々としたものであるのだ。
それならば私だって彼らと同じ人間である。環境が違うかも知れないが、
人間は精神である。自分は今より広い世界に生きているのだと信じれば
そのようになるのが私たち人間の姿であると思う。
そういうわけで私は今回以前より楽な気分と実際肉体的にも楽に往復の道のり
をこなした。同行した妻も助手席にいた妻もその点は大いに感心してくれた。
前回は帰宅した後も「疲れた〜」と言っていた私であったようだが、今回は
元気のままで終わったと言われた。イメ−ジの力は偉大なのである。
桜の花は前日の雨と風で多くが散り、五分咲き程度になってしまった。
しかし土曜日という事で多くの花見客、観光客に錦帯橋周辺はにぎわっていた。
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鴨(かも)神社という。妻と美祢市のおふく温泉に行く途中に立ち寄った
もの。隣りに厚狭の丸久があり、妻はそちらに買い物に。私はつい誘われるように立ち寄った。
私がこのような古い神社に立ち寄るのは、その雰囲気を心と体で
味わいたいからだ。何も感じられない所もあるかもしれないが、それは
当たり外れである。運が良ければとても良い雰囲気に出会えることも
あるだろうし、何の痕跡もないところもあるだろう。
わずかだが賽銭を入れて礼拝した。こういう時は私は自分の願いなど
祈願するようなことはなく、「実相円満完全」と唱え、面前の神様の
実相を祈る。するとその神社で働く神様の本来の姿が現れるのだ。
普段は依願ばかりの参拝者だから神様もうんざりしているかも知れない。
だから私はそんなお休み中の神様のホントの力を感じるために、相手の
実相を祈るのである。結果、その大きな力を感じられてありがたいのだ。
鴨神社の大杉の神木全景。私は神社の楽しみはこのような神木に 出会えることだ。木は「気」につながる。神木と言われるほどの大木は
大きな「気」を持っている。その巨大なエネルギ-を感じるのが良い。
そして何百年も何の被害も受けないですくすくと伸び続けたという事は
強烈な「運」も持っているというわけだ。大きなエネルギ−と運、
それらがこのような見事な姿を作り上げる。見る方も気が大きくなり
壮大な気持ちになるものである。
樹齢600年という素晴らしい年齢である。
私たちが次に訪れたのは美祢市秋芳町にある別府の弁天池である。 そこの敷地内には神社があり、と言うか、その神社の境内にこの池が
あるのかも知れないが、ここも又大きな木々が立っている。
こういう場所は不思議に戦災にも合わずホントに運がいいと思う。
私は又神社に参拝しもちろん賽銭も入れさせていただき、祈った。
しかし中々良い雰囲気神秘的な空気、迫ってくるような清潔な何かは
これら二つの神社からは発して来なかった。
ちなみに、これらは自然の中だけに感じられるものではない。
都会の中に、それは発見できる。人間の英知を結集し、人間の偉大なる
力を感じさせる建築物などにも十分神の御業を発見できる時がある。
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私の朝の日課となっているウォ−キングだが本日も又勤務先の近くの海辺を
中心に歩いた。眺めの良い場所を歩くのは大変良い気持であるが、やっぱり
自宅で目覚めて近所を落ち着いた気分で歩く方が良い。しかしまあ勤務明け
でも頑張って歩くのが良いのだと思う。
この海の向こうに見えるのは郷土で一番有名な山、と言うか、山と言えば
これしかないのだが、日の山である。高さはそれほどではないが、昔から
市民にはホントに馴染みの深い愛着のある山なのである。写真に見える所の
この山の麓や中腹辺りにはその眺めの良さを活かして別荘がいくつか建って
いるのだが、現在は分からない。ただ昔から郷土では唯一の別荘地ではあった。
この山の形は市民なら皆知っていると思うが、象がうつ伏せに寝て、鼻を
前に伸ばしている姿だと言われていたものだった。この山の全景を眺めながら
私は朝の空気を全身で感じながら歩くのを楽しんだ。
久しぶりに秋吉台にやって来た。勤務明けの日にはいつもどこかに出かけているが
今回は妻の提案で珍しく自然の地であった。街中が好きな妻にしては珍しい。
私も最初はあまり気乗りがしなかったが、大体妻の提案は結果的に吉と出る。
今回も結局そうであった。私は秋吉台の自然に囲まれて楽しい時間を過ごさせて
もらった。今までで最も奥まで遠くまで歩いたのはナント今日だった。
私はあまり人が歩いていない所まで歩き回った。ホントに秋吉の空気はきれいで
美味しい。いつ来てもそう感じる。
歩き回った後、今度は秋吉台の近くにある道の駅「みとう」に訪れた。
とは言っても、今日の私はそんな施設のちまちました展示物には興味はなく
広い自然に興味があった。だから道の駅の建物のそばにある河川公園に自然と
足が向いた。公園には写真のような休憩スポットがある。木製の花壇には
早くも春の花々が生けられていた。その中でチュ−リップが可憐できれいだった。
又桜並木には二分咲き程度の桜が立ち並んでいた。
私はここでも初めての事に挑戦した。秋吉台では今までにも行ったことのない
所まで歩き、ここでは河川公園のその川向こうまで渡ってみた。
とは言っても、川向うに渡るには踏み石が並べられており、その石の上を歩いて
渡る。しかしこれが中々バランスをとるのが面倒で、私も注意深く歩いたが
無事向こう岸にたどり着いた。今までここには何度も訪れたが、向こう側まで
行ったのは今回が初めてだった。
こんな感じで私は今日一日ホントによく冒険した。勤務明けにも関わらず
私は冒険を楽しんだ。「眠くはないの?」という妻の疑問も分かるが、ホントに
不思議に私は眠くはなかったのであった。元気横溢、青春の頃に戻ったかの
ようであった。
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