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哲学者ルソーさんの体験談・分析
「孤独な散歩者の夢想(第一の散歩)」の書き出しより
「要するにぼくは地上でただの一人きりになってしまった。もはや兄弟もなければ隣人もなく、
友人もなければ社会もなく、ただ自分一個があるのみだ。
およそ人間のうちで最も社交的であり、人なつこい男が全員一致で仲間はずれにされたのである。
どういう苦しめ方がぼくの敏感な魂に最も残酷であるかと彼らはその憎悪の極みをつくして考えめぐらしたのだ。
そのあげくがぼくと彼らを結ぶきはんをことごとく理不尽にも断ち切ったのである。
ぼくは彼ら人間を愛したつもりだった。彼らが人間である限りぼくの愛情からはのがれえないはずだったのである。
ところが今となってはぼくにとって彼らは赤の他人に、それこそ縁無き衆生になってしまったのである。
彼らの方でそれを望んだから仕方ないのだ。
彼らはそれで良いとしても彼らから一切のものから離脱したぼくというものは一体どういうことになるのか?
このことはとくと考えてみなければならん」
「ぼくは15年来、この奇妙な境涯の中にいるがそれは依然として夢のように獏としている。
ぼくは不消化に悩まされる、悪夢を見ている、それから自分が友人たちに囲まれていると知って急に苦痛も薄らいで
目が覚めそうになる、ぼくはいつもこんな風に思われてしかたない」
「ええ!しかたあるまい。自分を待ち伏せていたこの運命を何でぼくに見てとることなどできよう。
その運命に委ねられた今日でさえいまだその正体を知ることが出来ずにいるではないか?
ぼくは同じ人間であったし今でもそのつもりでいるのにそのぼくがいつの間にか人非人、毒殺者、暗殺者扱いにされ
人類の嫌われ者となり、賤民の玩弄物になろうとは常識では考えられないではないか?
通行人がぼくにする挨拶といえばツバを吐きかけることであり、時代全体がよってたかってぼくを
おもしろ半分にぼくを生き埋めにしようなどとは誰に想像ができるものか?
この奇妙な革命がおこったときぼくは不意打ちを喰らって度肝を抜かれてしまった。
ぼくの動揺、激昂はひとかたならず、ためにぼくは一種の錯乱に陥ったがこの状態が静まるには
10年では足りなかったのである」
<コメント>
集団ストーカーはむかしからツバはいてるんですねw 200年以上もw
フランス革命は、最近の日本での共謀罪・人権擁護法案騒ぎと同じ類のものかもね。
フランス革命はルソーの考え方に影響されたらしいけど。
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