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「孤独な散歩者の夢想」ジャンジャックルソー著より
”最初の驚愕はひとかたならなかった。人の愛情と尊敬を受くるに値しているとみずから思っていた僕、つまり
世間から敬愛されても当然だとみずから信じていた僕がいきなり、かつて存在もしなかったような恐ろしい人非人に
されてしまったのである。
僕は全ジェネレーションがこぞってこの奇怪な意見に飛びつくのを見た。彼らはそれを説明するでもなく
疑うでもなく、恥じるでもなく、また僕は僕で、この奇怪な革命の原因を知ろうにも知りようが無くて僕は猛烈に
もがいた。
僕は迫害者とひざ突き合わせて懇談しようとした。彼らにはそんな考えはいささかもなかった。甲斐なく
長い間苦しみぬいた挙句、僕としても一息つく必要があった。最もその間も僕は常に望をかけていた。
僕は自分に言った「あんな馬鹿げた無分別が、あんな不合理な偏見が全人類に及ぶはずなんか無いのだ。
あんなうわ言には耳を貸さない常識のある人たちもあることだろう。
それを捜そう。きっとひとりくらいは捜せるだろう。その人さえ見つかれば彼らは狼狽するに決まっている」
僕は捜したが無駄だった。そんな人は見つからなかった。連盟は全国的であった。
例外なく、永久に。そして僕はその神秘を究めることなくこの恐るべき追放の中で余生を終えることは確実である”
<コメント>
ルソーの文章を読んで集団ストーカー被害者の方もこんな昔から集団ストーカーが存在していたことに納得でしょう。
18世紀の時点でここまで完成されていたようです。ヨーロッパでの集団ストーカーの伝統は300年はあると言えます。
異端審判・魔女狩りを入れれば1000年になりますw
日本でもザビエル来日、島原の乱、禁教令、狐憑きの流れから300年近くの伝統があるのではないか。
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