芸術家に対する集団ストーカー

「集団ストーカー★対人恐怖を作ろう」の姉妹ブログです。精神病と診断された著名人を取り上げています。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

1889年1月3日にニーチェの精神は崩壊した。この日、ニーチェがトリノ市の往来で騒動を引き起して二人の
警察官の厄介になったということ以外の正確な事情は明らかになっていない。しばしば繰り返される逸話は、
カルロ・アルベルト広場で御者に鞭打たれる馬を見て奮い立ったニーチェがそこへ駆け寄り、馬を守ろうとして
その首を抱きしめながら泣き崩れ、やがて昏倒したというものである(wikiより)。


<コメント>

ニーチェは集団ストーカーされて発狂したものと思われます。
もっと詳細を知りたいが「警察官の厄介になったということ以外の正確な事情は明らかになっていない」
ということなのでいかにもウサンクサイ。
ニーチェは妹と性的関係にあったという汚名も着せられているが、
コレはキリスト教によるデッチアゲだろう。ぼくも集団ストーカーを認識するまでは
ニーチェがそういう人だと思ってました。天才と狂気は紙一重という何の根拠も無い言葉を信じていました。
「天才と狂気はうんぬん」という言葉はほとんど常識と化しているが単なる情報操作なんですね。

透明人間の帝国で禁止されている事柄:

本当に幸せになること
自分のために努力すること
意志を持つこと
主張すること
正直になること
友達との絆を大事にすること
家族との絆を大事にすること
自分に厳しく人に優しくすること
芸術に親しむこと
詩心を解すること
見えない物を大事にすること
以上のものを守るために戦うこと

透明人間の帝国で奨励されている事柄は上記の反対になります:

不幸でいること、そして幸福を演じること
所属する教団のために努力すること
意志を放棄すること
主張を放棄すること
ウソツキになること
いつでも友達を裏切ること
いつでも家族を裏切ること
自分に甘く他人に辛く当たること
芸術を憎むこと
詩心を否定すること
見えないものは無視すること
自分に手を差し伸べる者を憎み 自分を食い物にする王のために戦うこと…

…と、なります。

というわけで透明人間どもが禁止していることを全人類が実行すれば何とかなるはず。
それはまた途方も無く時間がかかることだし、不可能に近いことだが。
人類を堕落させるのにキリスト教が要した時間は約千年なわけで、全人類を向上させるのには更に
時間がかかることと思います。

芸術は見えないモノ(心、魂)を見ることを可能にします。
だから昔からキリスト教は芸術家を攻撃してきました。
キリスト教は強制しないと信者を獲得できないが
芸術家は実力でファンを獲得できる。尾崎豊、宮崎駿、押井守、黒澤明、小津安二郎、夏目漱石、hide
ジョンレノン、カートコバーン、キューブリック等々。
あさましい透明人間どもは自分の媒体が横取りされるのを恐れるのです。

なお、芸術と言うと高慢ちきなイメージがあると思います。そういうイメージを創ったのは
何も分かっていない、ファッションで自分のそこの浅さを隠すオカマのせいです。
オシャレなセーター着てパイプくゆらせてムダにヒゲをたくわえて「オレは芸術家だぜ」とふんぞりかえっている
ようなヤツラのせいです。美大の教授とかw
芸術とは人生の反映です。芸術を学ぶことは出ません。学ぶことが出来ると考えるならそれは単なるおごりです。

精神科医を信用するな。
あいつらは傷ついた心を隠すことしかしない。傷ついた心と言うモノは大方が作られたものです。
誰が作るかと言うと政府やキリスト教です。精神科医は政府の犬ですので政府が傷つけた心を隠そうとします。
政府やカルトが原因でメンヘラの人は社会に適応することを邪魔されているのに精神科医は
その責任を当人や家族、両親に押し付けるのです。ミスリードです。
そのミスリードをいつまでも信じているようではいつまでたっても心は回復に向かいません。
まさにそれこそがヤツラが望むことなんですが。
精神科医は肩書きを傘に着て、シロートと同じように見えない物を無視することしかできないやつらです。
弱みに付け込んでメンヘラの女性を口説こうとするやつらです。
根はくだらない宗教家と同じ。

イメージ 1

★1997年11月

”ビデオ屋でデブの店員が『殺すぞババア』と客に何発もケリを入れていた。
ババアにしつこくイチャモンつけられてブチきれたらしい。店長は平謝りで裏でだいぶ金せびられたらしい”

「ぢるぢる日記」より

★デブキック

”近所のビデオ屋に行ったら『出てけバカヤローテメーにゃみんなむかついてんだよ』
デブの店員が客のおばさんにケリを入れていた『なめんなコラババア殺すぞ』以下略”

「ねこ神さま第2巻」ぢるぢる4コママンガより


<コメント>

ということでねこぢるが二回もネタにしていることからもわかるようにねこぢるはこのデブのことが
大変印象的だったということがわかりますが、これは完全に集団ストーカーによる芝居です。

つまりデブ店員の言葉、「バカヤローテメーにゃみんなむかついてんだよ」「なめんなコラババア殺すぞ」は
ねこぢるに対して言っているわけです。他のババアに言っているフリをしながら。
ねこぢるがビデオ屋に入る直前にこの芝居は始まったはずです。もうずっと監視されて
行動も読まれており、デブやババア等の役者も入念なリハをくり返していたはず。演出者もいただろう。

ほのめかしは、ターゲットにしかわからない事実を創価信者、キリスト教徒などの集団ストーカー加害者が
ターゲットの前で演じることで「おまえのことを監視してるぞ」
というプレッシャーをターゲットに与える術なのです。
誰に相談しても「気のせいだ」と言われ
警察・精神科医・弁護士などに相談しても「心の病」扱いされ二重の苦しみむという弊害もある。
そして第三者には何のことかわからない。これがツライ。このデブ店員の件などは第三者から見れば
「ほんとのケンカ・トラブルなんだ」としか思えないわけで。
誰に訴えても頭がおかしい人としか思われない。孤立の三重奏ということになります。


★「デブキック」劇の引き金

●ねこぢるの夫の山野一がこんな証言をしています:

「某社で担当が代わった時新しい人が太っていた。太った人が嫌いな彼女はすぐ編集部に電話をかけ
その人以外の人にしてくれと要求した。
打合せで汗をふきふき話すその人と向かい合っていることが非常なストレスだったようだ。
『そんな理由で人事を代えるわけにはいきません。担当を代えたいなら代えたいで納得の行く理由を出してください』
編集長のしごくもっともな返答だ。それに対しねこぢるは『デブだから』。理由はそれでそれ以外の
なにものでもないという主張を一歩も譲らず結局担当を元の人に戻してしまった。
そんな理由で他へ廻された編集者はさぞかしいやな思いをしただろう」

「インドぢる」よりねこぢるy著


<コメント>

この編集者が創価信者、キリスト教徒またはコリアンということが考えられます。
マスメディアには在日キリスト教徒、カルト信者が多いのです。というか在日の場合、普通の日本人よりも優先的に
採用されます。コリアン枠がある会社も多いと言うし。
キリスト教枠もマスコミ業界においては通常です。
しかしそんなことで集団ストーカーを依頼するなんて、これがほんとの偏執者だな。(笑えない)

ねこぢるが集団ストーカーに気付いていたかどうかはわからないが
気付いていたとしても何も出来なかっただろう。
でももし今まで生きていたらネットでこんなに集団ストーカーのことが取り上げられているので
メディア側にいる人ということで集団ストーカーを公にすることも出来たかもしれないのに、と残念。
hideや伊丹十三もそうだけど。

ルソーは「迫害」に関わっているとされる団体について触れている。
ルソーは集団ストーカーのことを迫害者と呼んでいた。

「せめて別の時代になったら公衆が自分に戻ってくるだろうと期待したのは認識不足もはなはだしかったのである。
なぜかとなれば他の時代とてぼくに関することでその時代を操る者といえば、
ぼくに反感を抱いた団体内においてひっきりなしに入れ替わる指導者に他ならぬからである。
個人は死んでも集合的の団体は死なない。そこには同じ感情が根をはっている。
そして彼らの激しい憎悪の情は、あたかもそれを煽り立てる悪魔の如く不滅のまま
相も変わらず活躍を続ける。個人としての敵はことごとく死ぬ時は来ても、医師は、オラトワール協会員は
いつまでも生きるであろう」

「ぼくはこれを実際に侮辱したのだが、医師の方は、あるいは時の経つに連れて和らぐかもしれない。
しかし問題はオラトワール協会員だ。
ぼくの愛し、尊敬し、全幅の信頼を寄せ、一度たりとも侮辱したことのなかったオラトワール協会員、
聖職者でありながら半僧的なオラトワール協会員だけはけっして打ち解けることはないだろう。
ぼくの罪というのはそもそも彼ら自身の不公平のいたすところであるのに、その罪さえ、彼らの自負心が
ぼくに赦すことは絶対にないだろう。
また、彼らは公衆の怨恨を消すまいと、たえずそれを煽り立てることに汲々としているので
公衆もまた彼ら以上に和らがないだろう」

オラトワール協会員というのはキリスト教の一派らしいです。
静●にオラトワールの学校がありますw

第一の散歩より

哲学者ルソーさんの体験談・分析

「孤独な散歩者の夢想(第一の散歩)」の書き出しより


「要するにぼくは地上でただの一人きりになってしまった。もはや兄弟もなければ隣人もなく、
友人もなければ社会もなく、ただ自分一個があるのみだ。
およそ人間のうちで最も社交的であり、人なつこい男が全員一致で仲間はずれにされたのである。
どういう苦しめ方がぼくの敏感な魂に最も残酷であるかと彼らはその憎悪の極みをつくして考えめぐらしたのだ。
そのあげくがぼくと彼らを結ぶきはんをことごとく理不尽にも断ち切ったのである。
ぼくは彼ら人間を愛したつもりだった。彼らが人間である限りぼくの愛情からはのがれえないはずだったのである。
ところが今となってはぼくにとって彼らは赤の他人に、それこそ縁無き衆生になってしまったのである。
彼らの方でそれを望んだから仕方ないのだ。
彼らはそれで良いとしても彼らから一切のものから離脱したぼくというものは一体どういうことになるのか?
このことはとくと考えてみなければならん」

「ぼくは15年来、この奇妙な境涯の中にいるがそれは依然として夢のように獏としている。
ぼくは不消化に悩まされる、悪夢を見ている、それから自分が友人たちに囲まれていると知って急に苦痛も薄らいで
目が覚めそうになる、ぼくはいつもこんな風に思われてしかたない」

「ええ!しかたあるまい。自分を待ち伏せていたこの運命を何でぼくに見てとることなどできよう。
その運命に委ねられた今日でさえいまだその正体を知ることが出来ずにいるではないか?
ぼくは同じ人間であったし今でもそのつもりでいるのにそのぼくがいつの間にか人非人、毒殺者、暗殺者扱いにされ
人類の嫌われ者となり、賤民の玩弄物になろうとは常識では考えられないではないか?
通行人がぼくにする挨拶といえばツバを吐きかけることであり、時代全体がよってたかってぼくを
おもしろ半分にぼくを生き埋めにしようなどとは誰に想像ができるものか?
この奇妙な革命がおこったときぼくは不意打ちを喰らって度肝を抜かれてしまった。
ぼくの動揺、激昂はひとかたならず、ためにぼくは一種の錯乱に陥ったがこの状態が静まるには
10年では足りなかったのである」


<コメント>

集団ストーカーはむかしからツバはいてるんですねw 200年以上もw
フランス革命は、最近の日本での共謀罪・人権擁護法案騒ぎと同じ類のものかもね。
フランス革命はルソーの考え方に影響されたらしいけど。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
spi**guts*no1
spi**guts*no1
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事