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デュラス著「愛と死、そして生活」より
”20年前から問題は肺気腫なんだと人から言われている。時にはそう思うし良くそう思うけど
時々そう思わないこともある。発作は常にアパルトマンから出て行く時、階段の踊り場のところから
もう起こっちゃう。
家から離れるとまた別な問題があり、カミソリで断ち切られた外の世界に入っていくみたいなの。
通りの中に「入っていく」みたいな気がする。通りが煌々と照らし出され、大きな鳥篭みたいで、
それが外の世界になり、閉じ込める働きもするのよ。
わたしの頭の中でそれに一番近い感じがするのは刑務所の監視塔、ことにわたしがその前をよく通った
ことのあるポワシーの古い刑務所の監視塔から照らされている地面ね。
全面一律に照らし出されている地面には人間の身体が身を置けそうな陰が全く無い。
わたしはこの問題が肺気腫で片付くのなら肺気腫であって欲しいと思っているくらいよ。
自分の車に辿り着いてドアを閉めてしまうと助かったと思う。
いったいナニから逃れたのか?みんなの手から逃れたのよ。
わたしがどこへ行っても、通りの中でも、わたしを見つけてしまうみんな。
ひろびろした陽のあたる公開の処刑場に入り(わたしは通りや横断歩道、広場、町のことを言ってるのよ)
そこにひたっている時に襲い掛かってくるあの恐怖感から癒えることはありえないわ。”
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