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ポーも不遇な生涯を送ったし野垂れ死にだったので集団ストーカーされていたのではないかと
思います。「勝利のウジ虫」という詩をお送りします:
あわれ うら寂しい世の末の祭禮(さいれい)の夜のこと
翼のある天使の一群は覆面をつけ、涙に暮れて 希望と恐怖の一幕を見ようと劇場に座っていたが
そのとき、オーケストラは天上の妙音を奏でるさまも とぎれとぎれや
道化役者は天上の神の姿して つぶやいたり声ひくく口ごもり
あちらこちらと飛び回る
彼らは操り人形に過ぎないので 巨大な見えない者の指圖のままに歩き廻るばかり
巨人は兀鷹のような翼を羽ばたいて 目に見えない悲哀を放ち
その書割をあちらこちらと置き換える
道化芝居よ ああ、それは 決して忘れられない
群集はその幻を永遠に追うてはいるが 捕らえることは出来ない
つねに同じところに戻ってくる圓(えん)のうち
おびただしい乱心や それにもまして罪悪や 畏怖こそは重要な筋である
しかし、見よ 騒がしい芝居の中に 這らばう者が闖入する
しんとした舞台から悶え出る血塗れの者よ
それは悶えてのたうちまわる 臨終の悲鳴を上げて道化役者は餌食となる
天使等は人間の血糊にそんだ 害虫の毒牙をみてすすり泣く
燈が消える みんな消えた わなないている人々の上に
弔いの幕布がどん帳で 嵐のようにさっと降りる
すれば天使らは真っ青に血の気もうせて 立ち昇り覆面をとって確かめる
その芝居は「人間」と言う悲劇で その立役は勝利のウジ虫どもであると
<コメント>
確かに周囲にアホな人間ばかりがいればこんな風に詩も詠いたくなるでしょう。
「天使の一群は覆面を付けて」という一節はキリスト教批判、
「その芝居は『人間』と言う悲劇」という一節には集団ストーカー批判、
「勝利のウジ虫ども」という言葉には権力批判を読み取ることも可能ではないかと思います。
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