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デレクジャーマンのインタビュー「危険は承知」より
ーーあなた自身、もしくはあなたの映画が犠牲になっていませんか?なぜならば、あなたの闘いは
個人的なものとして捉えられているからです。あなたは自分の行動にどれくらいの効果があると思いますか?
それほど効果があるとは思えない。なぜならば、世界はますます利益を追いかけるようになっているから。
最悪な人間が自分の誠実さを宣伝し、他の者はそれを信じるのだ。
ーーそれならなぜあなたは続けているのですか?
結局それこそが人々の記憶に残ることだからだ。もし彼らの仲間に加わっていたら、短期的にはわたしはもっと
うまくやれたと思う。それは分かっている。しかし、もしそうしていたら私は彼らと真剣に闘うことは無かっただろう。
ーー仲間に入っていたとしたらどうなっていたでしょう?
短期的には得をしたと思う。しかし、私は必死なのだ。私には時間が無い。世代のために、私自身のために
しなければならないことはたくさんあるのだ。
あなたが今会話している相手は死に物狂いでほとんど泣き出しそうな人間なのだ。
ーー宗教に安らぎを見出そうとしましたか?
両親は懐疑論者だった。母は死ぬ間際にも、自分は信仰を持っていないと、牧師を追い返したほどだ。
父はいつも空を飛んでいたので時間が無かった。
私は美術専攻の学生として宗教に興味を持つようになった。私は美術史と聖像研究を学んだが
それは教会が人生を真正面から見ることができないのはなぜかを探り出したかったからだ。
私にはこの伝統と折り合いをつけるか、闘うしか道は無かったのだ。
同じ理由でパゾリーニは「奇跡の丘」という映画を私より一世代前に作ったのだ。
彼の抱えていた状況は私のよりずっと抑圧的なものだった。彼のセクシュアリティが闇の中で締め付けられて
いたのかと思うと悲しくなる。しかし、その一方でその闇との闘いこそが、彼の芸術を
生き生きとさせていたのだ。
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