芸術家に対する集団ストーカー

「集団ストーカー★対人恐怖を作ろう」の姉妹ブログです。精神病と診断された著名人を取り上げています。

ジャン・ジャック・ルソー

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集団ストーカー被害者は分裂病扱いされる。では精神病患者はみな集団ストーカー被害者なのだろうか?
むかし、精神病と呼ばれた芸術家は集団ストーカーされていたのだろうか?そんなことを検証したいと思う。
1770年代後半といえば偶然にも魔女狩りが沈静化し始めた頃でもある。魔女狩りと集団ストーカーは根本的に共通しているのでぼくは魔女狩りは集団ストーカーの前身だと考えているが違う点がひとつある。それは魔女狩りが公なのに対し、集団ストーカーは公にはなっていない点だ…
ルソーは世界初の集団ストーカー被害者か…??
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ルソーさんの「孤独な散歩者の夢想」からの抜粋を紹介。ルソーさんは集団ストーカーを迫害者と呼びますが
分かりやすいようにぼくが独断で迫害者を集団ストーカーに変えています。
ちなみに、ルソーさんは18世紀後半の知識人でこのときの舞台はスイスです。


以下抜粋.........................................


人なき里に新しい植物を求めに行く喜びは集団ストーカーから逃れる歓びをもたらす。そして、人跡を見ない場所にでも来るとぼくはもはや彼らの憎悪が追跡してこない隠れ家にでもいるように心ゆくばかり呼吸する。

苔の枕に座るとぼくはここにこうして全世界から知られていない、集団ストーカーもぼくを探し出し得ない隠れ場にいるのだと考えながらいよいよ心ゆくまま夢想し始めた。ほどなくある誇らかな感激がこの夢想に混じってきた。
無人島を発見したあの大旅行家にぼくは自分を比較したりした。そしてここに分け入ったのはおそらく自分が最初の人間だろうと、ひとり悦に入ったことだった。ぼくは自分をコロンブスと思いかねないほどだった。
ぼくがこの考えにいい気持ちになっていた折りしも、ほど遠からぬところから聞き覚えのあるような、はっきりとカチカチと鳴る音がした。ぼくは耳を傾けた。するとその同じ音が繰り返され、増加していく。
ぼくは驚き怪しんで立ち上がり、音のする方へと密生した草むらを押し分けていく。すると、ぼくが最初に来たのだと自負していたその場所から20歩ばかりの小さな谷間に靴下製造所があったのである。
ぼくはコレを発見した時の、心に感じた、妙な、こんがらがった動揺をどう表現していいか分からない。もうこうなっては、アルプスの洞穴に入ってもぼくを虐待しようと躍起になっている彼ら集団ストーカーの残酷な手から逃れ得ないように思われてきたのである。
なぜなら、プロテスタント司教のモンモランが首領となって、なるべく僻遠から同士を駆り集めたあの陰謀に加わらなかった者は、恐らくこの工場に2人とはいまいと思われるからだ。


..................................................


18世紀の集団ストーカーの被害者であるルソーさんは、現代のぼくと同じように自然に触れて安堵しています。
おれも散歩をするようになってから潮騒とか、鳥たちとか彼らに操作されていない物に触れて安堵します。
集団ストーカー被害者の気持ちというのは今も昔も変わらないんだな、ということです。

ルソーは迫害者の正体をこのように考えていました。
「孤独な散歩者の夢想」より


”あのようなおびただしい突発事件の堆積、残忍極まりないすべての仇敵の、いってみれば
ふとしたはずみの興奮、国家を統治している全ての人々、地位あるすべての者たち
共通の陰謀に協力するため、ぼくに何か人知れぬ怨恨を抱いている者達の中から
特に選抜された折り紙つきのすべての人間、これらがこのように全面一致したことは、それを純粋に
偶然だとするにはあまりにも異常すぎる”


”この陰謀に加担するのを阻む者が一人でもあればそれとは反対の事件がひとつでも起こればそれを阻害する
事情がひとつでも突発すれば、ただそれだけでこの陰謀を挫折させるに十分であったはずだ。
それだのに、あらゆる意志、あらゆる避けがたい事情、運命、そしてあらゆる革命が彼ら人間の仕業を強固にして
しまったのだ。
それにしても驚異ともいうべき、このように見事な協力一致はその完全な成功が天の法令に明記してあるのでは
ないかと怪しまずにはいられないくらいだ”


<コメント>

200年前の人物の発言なのに、ぼくの気持ちを完璧に代弁しているようだ。
ルソーの卓越した分析眼に感嘆すると同時に、集団ストーカーの本質は200年前と
全く変わっていないということを痛感する次第です。

ルソーは「迫害」に関わっているとされる団体について触れている。
ルソーは集団ストーカーのことを迫害者と呼んでいた。

「せめて別の時代になったら公衆が自分に戻ってくるだろうと期待したのは認識不足もはなはだしかったのである。
なぜかとなれば他の時代とてぼくに関することでその時代を操る者といえば、
ぼくに反感を抱いた団体内においてひっきりなしに入れ替わる指導者に他ならぬからである。
個人は死んでも集合的の団体は死なない。そこには同じ感情が根をはっている。
そして彼らの激しい憎悪の情は、あたかもそれを煽り立てる悪魔の如く不滅のまま
相も変わらず活躍を続ける。個人としての敵はことごとく死ぬ時は来ても、医師は、オラトワール協会員は
いつまでも生きるであろう」

「ぼくはこれを実際に侮辱したのだが、医師の方は、あるいは時の経つに連れて和らぐかもしれない。
しかし問題はオラトワール協会員だ。
ぼくの愛し、尊敬し、全幅の信頼を寄せ、一度たりとも侮辱したことのなかったオラトワール協会員、
聖職者でありながら半僧的なオラトワール協会員だけはけっして打ち解けることはないだろう。
ぼくの罪というのはそもそも彼ら自身の不公平のいたすところであるのに、その罪さえ、彼らの自負心が
ぼくに赦すことは絶対にないだろう。
また、彼らは公衆の怨恨を消すまいと、たえずそれを煽り立てることに汲々としているので
公衆もまた彼ら以上に和らがないだろう」

オラトワール協会員というのはキリスト教の一派らしいです。
静●にオラトワールの学校がありますw

第一の散歩より

哲学者ルソーさんの体験談・分析

「孤独な散歩者の夢想(第一の散歩)」の書き出しより


「要するにぼくは地上でただの一人きりになってしまった。もはや兄弟もなければ隣人もなく、
友人もなければ社会もなく、ただ自分一個があるのみだ。
およそ人間のうちで最も社交的であり、人なつこい男が全員一致で仲間はずれにされたのである。
どういう苦しめ方がぼくの敏感な魂に最も残酷であるかと彼らはその憎悪の極みをつくして考えめぐらしたのだ。
そのあげくがぼくと彼らを結ぶきはんをことごとく理不尽にも断ち切ったのである。
ぼくは彼ら人間を愛したつもりだった。彼らが人間である限りぼくの愛情からはのがれえないはずだったのである。
ところが今となってはぼくにとって彼らは赤の他人に、それこそ縁無き衆生になってしまったのである。
彼らの方でそれを望んだから仕方ないのだ。
彼らはそれで良いとしても彼らから一切のものから離脱したぼくというものは一体どういうことになるのか?
このことはとくと考えてみなければならん」

「ぼくは15年来、この奇妙な境涯の中にいるがそれは依然として夢のように獏としている。
ぼくは不消化に悩まされる、悪夢を見ている、それから自分が友人たちに囲まれていると知って急に苦痛も薄らいで
目が覚めそうになる、ぼくはいつもこんな風に思われてしかたない」

「ええ!しかたあるまい。自分を待ち伏せていたこの運命を何でぼくに見てとることなどできよう。
その運命に委ねられた今日でさえいまだその正体を知ることが出来ずにいるではないか?
ぼくは同じ人間であったし今でもそのつもりでいるのにそのぼくがいつの間にか人非人、毒殺者、暗殺者扱いにされ
人類の嫌われ者となり、賤民の玩弄物になろうとは常識では考えられないではないか?
通行人がぼくにする挨拶といえばツバを吐きかけることであり、時代全体がよってたかってぼくを
おもしろ半分にぼくを生き埋めにしようなどとは誰に想像ができるものか?
この奇妙な革命がおこったときぼくは不意打ちを喰らって度肝を抜かれてしまった。
ぼくの動揺、激昂はひとかたならず、ためにぼくは一種の錯乱に陥ったがこの状態が静まるには
10年では足りなかったのである」


<コメント>

集団ストーカーはむかしからツバはいてるんですねw 200年以上もw
フランス革命は、最近の日本での共謀罪・人権擁護法案騒ぎと同じ類のものかもね。
フランス革命はルソーの考え方に影響されたらしいけど。

イメージ 1

「孤独な散歩者の夢想」ジャンジャックルソー著より


”最初の驚愕はひとかたならなかった。人の愛情と尊敬を受くるに値しているとみずから思っていた僕、つまり
世間から敬愛されても当然だとみずから信じていた僕がいきなり、かつて存在もしなかったような恐ろしい人非人に
されてしまったのである。
僕は全ジェネレーションがこぞってこの奇怪な意見に飛びつくのを見た。彼らはそれを説明するでもなく
疑うでもなく、恥じるでもなく、また僕は僕で、この奇怪な革命の原因を知ろうにも知りようが無くて僕は猛烈に
もがいた。

僕は迫害者とひざ突き合わせて懇談しようとした。彼らにはそんな考えはいささかもなかった。甲斐なく
長い間苦しみぬいた挙句、僕としても一息つく必要があった。最もその間も僕は常に望をかけていた。
僕は自分に言った「あんな馬鹿げた無分別が、あんな不合理な偏見が全人類に及ぶはずなんか無いのだ。
あんなうわ言には耳を貸さない常識のある人たちもあることだろう。
それを捜そう。きっとひとりくらいは捜せるだろう。その人さえ見つかれば彼らは狼狽するに決まっている」
僕は捜したが無駄だった。そんな人は見つからなかった。連盟は全国的であった。
例外なく、永久に。そして僕はその神秘を究めることなくこの恐るべき追放の中で余生を終えることは確実である”


<コメント>

ルソーの文章を読んで集団ストーカー被害者の方もこんな昔から集団ストーカーが存在していたことに納得でしょう。
18世紀の時点でここまで完成されていたようです。ヨーロッパでの集団ストーカーの伝統は300年はあると言えます。
異端審判・魔女狩りを入れれば1000年になりますw
日本でもザビエル来日、島原の乱、禁教令、狐憑きの流れから300年近くの伝統があるのではないか。

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