芸術家に対する集団ストーカー

「集団ストーカー★対人恐怖を作ろう」の姉妹ブログです。精神病と診断された著名人を取り上げています。

夏目漱石

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夏目漱石は日本で最初の集団ストーカー被害者か??呉先生という外国人らしき精神科医に精神分裂病の汚名を着せられた我らが漱石。漱石の無念をはらすべく、漱石の苦悩の真実を訴え続けようと思います。
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漱石の受難

●1909年6月5日:夜半何者か門の名札を引っぺがし、牛乳箱を壊し、石を投げ怒号して去る。家人みな眠って知らず。朝になって庭内の酒井さんから聞く。名札は酒井さんの庭に放り込んであった由。

●1909年7月3日:夜、シナ人来る。格子の前に立って「ここを開けろ」と言う。どこの誰で何しに来たかと問えば、「ワタシあなた家のことみんな聞いた。お嬢さん8人、下女3人、3円」と言う。
まるでキチガイなり。帰れというに帰らず「ぐずぐずすると巡査に引き渡すぞ」と言ったら「ワタシ欽差(※)あります」と言って出て行った。けしからぬ奴也。


<コメント>

「ワタシは天子の使いです」って、キリスト教徒か…??

単行本「文鳥(変な音)」より抜粋:


”うとうとしたと思ううちに目が覚めた。すると隣の部屋で妙な音がする。
始めは何の音とも、またどこから来るともはっきりした見当が付かなかったが聞いているうちにだんだん耳の中へ
まとまった観念が出てきた。
何でもワザビおろしで大根か何かをごそごそ擦っているに違いない。
自分は確かにそうだと思った。それにしても今頃何の必要があって隣の部屋で大根おろしをこしらえているのだか
想像が付かない。

言い忘れたがここは病院である。

自分はわからないなりにしてもう少し意味のあることに自分の頭を使おうと試みた。
けれども一度耳に付いたこの不可思議な音はそれが続いて自分の鼓膜に訴える限り妙に神経にたたって
どうしても忘れるわけにいかなかった。あたりはシンとして静かである。
この棟に不自由な身をを託した患者は申し合わせたように黙っている。
寝ているのか、考えているのか、話をする者はひとりもいない。
廊下を歩く看護婦の上草履の音さえ聞えない。その中にこのゴシゴシと物をすり減らすような異な
響きだけが気になった。

この音はその後もよく繰り返された。ある時は5、6分続いて自分の聴神経を刺激することもあったし、
またある時はその半ばにもいたらないでパタリとやんでしまう折もあった。

そのうち、自分は退院した。そうしてかの音に対する好奇の念はそれぎり消えてしまった。

三ヶ月ばかりして自分はまた同じ病院に入った。

水道の栓をねじっていると看護婦が受け持ちの部屋の茶器を洗いに来て、やがてその目を自分の横顔に移して
この前ご入院の時よりもうずっとお顔色が好くなりましたね、と三ヶ月前の自分と今の自分を比較したような批評をした。
「この前ってあの時分君もやっぱり付き添いでここに来ていたのかい」
「ええ、ついお隣でした。しばらく○○さんの所におりましたがご存知はなかったかもしれません」
○○さんと云うと例の変な音をさせた方の東隣である。けれどもその頃自分の神経をあの位刺激した音の原因については
別に聞く気も起こらなかった。
すると女が突然少し改まった調子でこんなことを言った。
「あの頃あなたの御室で時々変な音がしましたが…」
自分は不意に逆襲を受けた人のように看護婦を見た。看護婦は続けて云った。
「毎朝6時になるときっとするように思いましたが」
「うん、あれか」と自分は思い出したようについ大きな声を出した。
「あれはね、オートストロップの音だ。毎朝ヒゲを剃るんでね、安全カミソリを革砥へかけて磨くのだよ。今でも遣ってる。
ウソだと思うなら来て御覧」
看護婦はただへえへえと云った。だんだん聞いてみると○○さんという患者は、ひどくその革砥の音を気にして
アレは何の音だ何の音だと看護婦に質問したそうなのである。
「そりゃ好いが御前の方の音は何だい」
「御前の方の音って?」
「そら、よく大根をおろすような妙な音がしたじゃないか」
「ええあれですか。アレはキュウリを擦ったんです。患者さんが足がほてって仕方がない、キュウリの汁で冷やして
くれって仰るもんですから私が始終擦ってあげてました」
「じゃやっぱり大根おろしの音なんだね」
「ええ」


<コメント>

ということですが、これはよく集団ストーカーがやるヤツですね。
ぼくも病院にいた頃はよくやられました。毎日です。毎日というか毎分というか…

「変な音」の看護婦のいいわけもしごくもっともなようでどこか矛盾しています。というか、もとより大ウソなのでしょう。
彼らは「遠慮する」ということを知らないのです。てか、意図的に遠慮しないのです。
遠慮しないということは別に法律には触れないし犯罪とは認識されないのだ…!
あいつらはこの点を最大限に利用しています。

この漱石の短編を見て分かるように、大正・昭和初期の頃から現在に至るまで集団ストーカーと言うヤツラは
まったく遠慮するということを知らないのです。

「遠慮しない」という気持ち。それは近代になって欧州で発明された見えない兵器なのです。

夏目鏡子著「漱石の思い出」より


”なんでも留学生の義務として文部省へ毎年一回ずつか、研究報告をしなければならないのだそうですが、
夏目はバカ正直に一生懸命に勉強はしているものの研究というものにはまだ目鼻がつかない。
だから報告しろったって報告するものがない。しかも文部省のほうからは報告を迫ってくる。
そこでますます意地になったのか白紙の報告書を送ったとかいうことです。

文部省でもヘンだと思ってるところへちょうど同じ英文学の研究であちらへ行っていられたある人が
落ち合って様子を見ているとただごとではない。
宿の主婦に聞けば毎日毎日幾日でも部屋に閉じこもったなりで真っ暗な中で悲観して泣いているという始末。
これはたいへんだ、てっきり発狂したものに違いない。こういうのでいつ自殺でもしかねまじいものでないとあって
五日ばかりもその方が側についていてくだすったそうですが、経過は依然たるもので見れば見るほどますます怪しい。
そのことがいつか文部省のほうへ電報で行ったのか手紙で行ったのか夏目がロンドンで発狂したということが
わかっていたそうです。”

”下宿の主婦姉妹がたいへん親切にしてくれる。しかし陰に回るとすぐに悪口を言う。
それから何かというとじきに涙を流す。が、それも空涙だ。そんなことを申していたことがあります。
それからまるで探偵のように人のことを絶えず監視してつけねらっている。いやなやつったらない。
当時のことを追懐してそんなことを申していたことがありました。”


<コメント>

完全に集団ストーカーですね。1900年前後のロンドンには既に集団ストーカーが存在していた証です。
以下の漱石の妻、鏡子さんのイギリスの下宿のおかみさんに対する弁護も興味深い…


”それでも宿の主婦にしてみれば幾日も部屋に閉じこもりっきりでめそめそ泣いたりしているのを
知っては自然どうなることかと気も配ったことでありましたでしょう。
そのまた気を配るのが夏目の神経に障るというわけだったのだろうと思います。つまり、
厚意がかえってアダとなるので、だからこうなったが最後、いちばん近しい者がいちばんひどく恨まれる
勘定になりますのです。”


<コメント>

「厚意がアダとなる…」集団ストーカーの被害者の人ならこのような文句を加害者側から聞いたことが
あるのではないでしょうか。友人、知人、親戚、同僚、医者、ポリ公、教師、公務員、工事人…
明治も平成も変わらないんですね…
鏡子さんは広島出身の貴族の娘ですのでキリスト教徒であったでしょう。
ということで、イギリスの集団ストーカーを弁護するのは当然です。

「漱石の思い出」夏目鏡子著より


”当時の夏目は小石川の伝通院付近の法蔵院という寺に間借りをしていたそうです。たぶん大学を出た年だったでしょう。
トラホームを病んでいて毎日のように駿河台の井上眼科に通っていたそうです。
すると始終そこの待合で落ち合う美しい若い女の方がありました。背のすらっとした細面の美しい人でそういうふうの
女が好きだとはいつも口癖に申しておりました。その人が見るからに気立てが優しくて、そうして芯から親切でして、
見ず知らずの不案内のお婆さんなんかが入って来ますと手を引いて診察室へ連れて行ったり、
いろんなめんどうを見てあげるというふうで、そばで見ていてもほんとに気持ちが良かったと後で申していたくらいでした。
いずれ大学を出て、あの女ならもらってもいいと、こう思いつめて独り決めしていたものと見えます。
ところがそのひとの母というのが芸者あがりの性悪の見栄坊で、どうしてそれがわかったのか
そのところは私には分かりませんが、始終お寺の尼さんなどを回し者に使って一挙一動を探らせた上で
娘をやるのはいいが、そんなに欲しいんなら頭を下げてもらいに来るがいいというふうに言わせます。
そこで夏目も、オレも男だ、そうのしかかってくるのならこっちも意地づくで頭を下げてまでくれとは言わぬといった按配で
それで一思いに東京がいやになって松山へ行く気になったのだとも言われております。
当時にしてみればパリパリの学士で大学出も評判のよかったという人が何も苦しんで松山くんだりまで
中学教師として都落ちをしなければならないわけはなかったらしいのです。
いずれ何か理由があったか深い考えがあったことと想像されないことはありますまい。
ともかく松山へ行ってもまだその母親が執念深く回し者をやって後を追っかけさしたと自分では信じていたようです。”


<コメント>

色じかけで釣っておきながら標的をあからさまに裏切って笑い者にして深く傷つけるというのはキリスト教の伝統です。
しかし尼さんも使うということはこの尼さんは隠れキリシタンの家系でしょうか?
お寺さん自体が隠れキリシタンの巣だったのか?禁教令の頃はキリシタンは仏教徒を装っていたわけですから。
しかし東京でやられて松山へ逃げてもやられるということはあの時代、すでにバカの連携は日本全国にはびこりシステムとして完成されていたということでしょうか。

イメージ 1

「漱石の思い出」より 夏目鏡子著


”隣に俥屋があってそこのおかみさんが始終ガミガミ言っているのがたいへん気になったと見えて
「吾輩は猫である」か何かにも書いておりますが、
それよりもおかしいのは向かいの下宿屋にいるある書生さんに対する仕打ちです。

ちょうど書生さんの二階の部屋から書斎が見下ろされるぐあいになっていて、毎晩部屋の窓に明かりがついて
そこで書生さんが相当高い声で音読するのです。
それが習慣と見えて窓際の机に向かって勉強しているときにはきまって声を立てて本を読んでいるのです。

そこへ時たまお友達が遊びに来る。
そうするとやはり大きな声で話をしているのです。それがいちいち夏目の異常な耳には
穏やかならぬ自分の噂や陰口に響くらしいのです。
そうして高いところから始終こちらの方を覗いて監視している。
それが気になって仕方のないところへ、学校の始まる時間はどこでもたいがい同じですから
夏目が出かける頃になるとその学生も出かける支度をして夏目の後からついていく。
アレは姿こそ学生だが、しかし実際は自分をつけている探偵に違いない。こう、ひとりできめているのです。
学生さんこそいい面の皮です。

そこで朝起きて顔を洗って、いざこれからご飯という時になると、まずその前に書斎の窓の敷居の上に乗って
下宿の書生さんの部屋の方を向いて大きな声で聞こえよがしに怒鳴るのです。
「おい探偵君。今日は何時に学校へ行くかね」とか、
「探偵君、今日のお出かけは何時だよ」とか、自分ではからかってるつもりか、先方でそんなにこそこそ
ついてこなくたってこちらで堂々と教えてやるよといったぐあいに、いっぱし上手に出たつもりらしいのです。

それを毎朝毎朝やるのだから書生さんもヘンなキチガイ親父だなぐらいに思っていたことでしょう。
それをおおまじめになって断ってからそれから食膳につくのだから妙なことをやったものです。”


<コメント>

鏡子さんは集団ストーカーの仲間なので漱石のことを悪く言ってますねw
この漱石の体験談を読んで「あるある」と笑っている集団ストーカー被害者の方も多いことでしょう。
今も僕は病院でPCをやっていますが僕の横のPCにはやりたくないのに必死でPC見てるバカがいます。
ガムを噛んでいますがもうかれこれ30分ですw こいつはあほか。味気なくねえか??
おまえのやってることの方が味気ないわw

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