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ミツルさん伝説

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ミツルさん・・・もぅ言うまでもなく僕の祖母である。

ミツルさん伝説・・・今回は『地を走るスーパーマン』の巻

幼い頃叔父さんの運転する車で、遊びに出かけた時の面白エピソードです。

叔父さんにも子供がいて、僕より小さい女の子。いとこの関係にあたる。

ミツルさんは、僕も含め孫の面倒をよくみてくれた。

僕より小さい、いとこの女の子はまだお締めをしていた。当時は布オムツの時代だから、替えが大変だったように思う。

いとこのオムツ替えをミツルさんがしている。近くの公衆便所でそれを洗い、次に備える。しかし子供ながら『洗ったはいいけどどうやって乾かすのか・・・??」

その時ミツルさんのとった行動は、車の窓ガラスにオムツを挟み「ケンイチ!!走れ!!」(ケンイチ・・・叔父さんの名前『ミツルさんの子』)
四枚ドアのセダン車の窓四枚にオムツがヒラヒラとなびく・・・。

神戸の街、当時でもお洒落な街であった。そこをオムツをなびかせた車が走る。

ミツルさんが僕に「スーマンみたいだね!!」

僕「スーマン!?」

ミツルさんは、オムツをなびかせた車をスーパーマンに例えたのだ。

町を行きかう車や人がこっちを見ている・・・。
幼かった僕は、皆スーパーマンに見えてるのかと思っていた。しかし皆こっちを見て笑っていた・・・。

帰路、高速道路でパトカーに止められた。「危ないから外しなさい」と叱られて。←(当然である)
警察官に叱られた、スーパーマン号でした。

ミツルさん・・・僕の大好きな祖母のお話です。『バイクとミツルさん』と言う題であるが・・・ミツルさんが颯爽とバイクに乗っていたわけではない。

僕の父←(MemorialRacers参照)すなわちミツルサさんの子が中学生の頃からバイクに乗り走っていた。もちろん無免許で・・・。しかし今で言う暴走族とは違うと思うが、バイクに対する憧れ、メカニカルに対する興味も当時からあったそうだ。

しかし子供がバイクに乗り走っていたら警察に補導されます。警察には酒を一升持って行きお許しを頂いたようだが・・・(古き良き時代です^^;)
しかし学校にも連絡が入っていたようで、親子同伴で学校からの呼び出しが入った。
当時、車などあるわけなく学校まで・・・??自転車も疲れるし・・・??そう考えた二人は、何とバイクに二人乗りで登校!?もちろん親父の運転で・・・。
バイクで補導され、呼び出しが来たのに・・・!?(笑)
生徒指導の先生は怒り爆発「おかぁーさん、なんですか!!親からして、なっていない!!」

ミツルさんようやく事の重大さに気づき・・・「大変申し訳ございません・・・。」「なにとぞ穏便に!!」と平謝り。

親子共々懇々と説教され、謹慎処分もなく事なきをえたが・・・!?

帰路・・・また二人乗りをしバイクで・・・運動場を横切る(笑)

生徒指導先生が竹刀を振り上げ走り追いかけて来る「コラ〜〜〜まだお前ら親子は分からんのか〜!!!」

ミツルさん・・・「アキラ←(親父の名前)・・・逃げろ!!!」(笑)

この話を親父から聞いた僕は、その場面が目に浮かび、腹を抱えて笑った。

バイクの後ろにばぁーちゃんを乗せ運動場を走り去る後ろを、竹刀を持った先生が追いかける・・・。
こんな場面コントしかないでしょ!?

古き良き時代の、親父とばぁーちゃんのエピソードでした。

イメージ 1

ミツルさん僕の祖母のお話である。ドムドムバーガーでの伝説は以前お話しましたが、まだ面白エピソードが続くのである。

ハンバーガを買ってもらい席につき、ご機嫌でハンバーガーを頬張る僕をミツルさんはニコニコ眺めている。「ヒデ!!」「美味しいかい?」と聞く。「ばあちゃん美味しいよ!!ばあちゃんも、一口食べる?」って差し出すと、「ばあちゃん入れ歯やから、そんなんよ〜食べんわ」って。

終始ニコニコと僕が食べているのを優しい顔で眺めていたミツルさん。それなのにあることがきっかけで、鬼の形相に。
僕が食べている横にゴミ箱があり、それを掃除のおばさんが中のゴミの袋を入れ替えだしたのだ。ミツルさん「奥さん・・・今孫が美味しく頂いてるのに、後からにしてくれませんか?」掃除のおばさん「そんなこと言われても、私も仕事やから・・・」しかしミツルさん「仕事するなとはいってないでしょうが、今しないで!!って言ってるの」「あなたも自分が食事中に、前でゴミの始末をされたら、気分が悪いでしょうが!!」掃除のおばさん「そんなこと言われても、ゴミの収集の時間がきまってますから、文句があるなら私じゃなく上の者に言って下さい!!」
それからミツルさん、責任者を呼びつけ怒る。「あのおばさんの態度はなんですか!?お客に対して・・・。」責任者は平謝り「大変申し訳ございません」
その後ゴミ箱は、飲食席から少し離れた場所に移動された。(笑)

ミツルさん、かわいい孫の事にはいつも真剣です。
優しい僕の大好きなばあちゃんでした。

写真・・・ミツルさんに抱っこしてもらって僕(誕生より少し前くらいかな?)

ツクモさん、僕の祖父の伝説である。伝説を多く残した・・・(笑)ミツルさんの亭主である。

ツクモさんは、TV番組「暴れん坊将軍」が大好きだった。僕とミツルさんは、ツクモさんが、暴れん坊将軍を見だすと、面白くないから二人でおしゃべり・・・。
するとツクモさんが「TVが聞こえない」って怒りだす。「ばぁーさんうるさい!!」
「だぁーとれ」←(ツクモさん言葉「黙ってろ!!」の意味)でいつも喧嘩が始まる。

ミツルさんの話は止まらない「ひで・・・」「爺さんは戦争に行って何故無事に帰って来たと思う?」「爺さんは隊長が「突撃!!」って号令をかけて」「みんな敵に向かって
突進したのに」「爺さんは敵と反対方向に突撃したから生きて帰ったのよ」とか「爺さんの戦争は海外旅行みたいなもの」だとか「戦地からの写真はいつも果物を食べてる写真だった」とか・・・(笑)そんな話をしていると「だぁーとれ」ってミツルさんのお尻をつつく。

ツクモさんは僕にあまり戦争の話はしなかった。でも一度だけ、「ひで・・・」「爺さんは乗馬が得意やったぞ〜」って自慢げに話したことがある。

ある近所の年寄りのおじさん←(戦争経験者)に「お前の爺さんは乗馬が得意で志願兵でもないのに」「終戦ごろには軍曹まで出世してた」「ほかの軍曹はまさに鬼のような軍曹が多い中」「お前の爺さんは仏さんのように優しかった」「軍事演習で紅白に別れ敵の捕虜になり、牢屋に入れられ、飲まず食わずの時」「他の軍曹に見つからないように大きな手で握り飯を握り」「運んでくれた」「あの時の握り飯の味をいまだに忘れていない」
って僕に缶ジュースをおごってくれた。

ツクモさんは僕が中学に入学の年に亡くなった。ツクモ(九十九)と書く。99歳まで
生きるかなって思っていたが、77歳だった。
昭和天皇と同じ年亡くなったツクモさん、葬式が終わり、ミツルさんが一枚の写真を見せてくれた、それは背筋を伸ばし、軍服姿で凛々しく馬に跨るツクモさんだった。
ミツルさんはそれを大事そうに、胸に抱きしめ泣いた。

今もその写真は僕が大切に保管している。

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