Ashley事件から生命倫理を考える

世の中は想像していたより、はるかにコワイ・・・

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医療ガバナンス学会のメルマガの Vol.297で
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェローの細田満和子氏が
「アメリカ社会のふたつの顔」というエッセイを書き、
その中でAshley事件に触れておられます。

その中で、Ashley療法にかかった費用が約3万ドルとされているのは、
父親がブログに書いている金額をそのまま鵜呑みにされたのだろうとは思うものの、

細部の事実確認がなおざりにされると事件の本質が全く見誤られてしまうAshleyケースで
これは、ありがちな事実誤認の1つなので、この点について指摘しておきたい。


WPASの調査報告書に添付されている
2004年7月のAshleyの入院時の病院からの請求書の写しによると、
その入院費用だけで、請求されている金額は26,389ドル15セント。

こちらのエントリーで指摘したように
これは子宮と乳房摘出の手術入院時の病院からの請求書であり、
米国の医療制度では、執刀医、麻酔医、内分泌医からは別途、請求書が送られているはず。

また、この金額には、その後のホルモン療法にかかった費用は一切含まれていません。

上記エントリーにリンクしたGuardianの記事で、
米国での低身長の男児の成長ホルモン治療は年間4万ドルかかるとされていることからも、

“Ashley療法”全体にかかった総額が3万ドルで収まったとは、とうてい思えません。

この点については、WPASが調査に入った際に、
かかった費用の総額と支弁者を解明することを目的としていたし、
実際に当初の書簡でも情報を要求しているのだけど、

不思議なことに、調査の過程のどこかで、この点の追及は何故かうやむやとなり、
手術入院時の病院からの請求書を報告書に添付しただけで終わっています。

父親は、費用は「保険で支払われた」とも書いているけれど、
もしも彼がマイクロソフトの幹部なのだとしたら、
掛け金も給付内容も一般の被用者保険とは、ずいぶん違っているはずで、

健康上の必要のない、electiveの最たるものである”Ashley療法”の
いずれの介入についても、一般の医療保険で易々と給付されるものかどうか……。


       ―――――――

細田氏のエッセイの論旨は、米国における
リバータリアニズム(自由至上主義)とコミュニタリアニズム(共同体主義)を解説し、
安易なカテゴリー化に注意を呼びかけつつも、
前者の典型的な例として”Ashley療法“を挙げ
後者の例としてマサチューセッツ州の住宅改造ローン事業をあげて、
次のように問いかけるもの。

ふたりの親たちはそれらを解決するために、同じ300万円というお金をかけて、片方は体を大きくしないようにし、もう一方は体に合わせて家を改造しました。もし自分が障害を持つ子どもで、そんな理由で成長を止められてしまったらどう思うでしょう。逆に、成長に合わせて家を作り変えてもらったとしたらどうでしょう。

おわりに
ここに挙げた二つの例は、医療福祉のあり方における、個人の自由な決定(リバータリアニズム)と共同体の協力(コミュニタリアニズム)との、かなり両極端な例かもしれません。ただ、どちらもアメリカでの出来事であり、そこに住む人々が選び取っている道なのです。私たちは、どういう道を選んでゆくのでしょうか。

主張するところとしては
Ashley事件に対して障害当事者らから出ている
「身体を変えず、社会を変えよ」というものと同じ路線であり、
大筋で言わんとすることは分からないのではないのですが、

こういう文脈でAshley事件が持ち出されるというのは、
それ、どうなのかなぁ……と、私には、ちょっと抵抗がある。

まず、Ashley事件の背景の特異さや、
いまだにDiekema医師らが論文を書いて(書かせて、も?)必死で正当化を試みざるを得ない状況や、
公式には、まだ1例しか行われていない事実を考えると

そのAshley療法を、アメリカの障害児の親たちが「選び取っている道」と称するのは
こちらのアエラの記事が「アメリカでは乳がんの遺伝子があったら
予防的乳房切除が一般的」と書いていたのと変わらない気がする。

それからAshleyの親がブログで言っている
「重症児の成長と共にQOLの維持が難しくなる」という問題は
決して建物のバリアフリーの問題だけに単純化できるような話ではないからこそ
私も含めて多くの親にとって、この問題が悩ましいのだし、

またAshley事件の本質と薄気味悪さは、
実は重度の身体障害の介護問題に対応する医療介入を
重症の知的障害を理由に正当化しているところにこそあるのだから、

このように「障害児の介護環境の物理的な問題を解決するために
片方は成長を止めて、片方は公的ローンで家を改造した」と単純化して、
それをアメリカ社会の自由至上主義と共同体主義の典型例とするのは、
それこそ危ういカテゴリー化では……と思うのと同時に、

当初の親の理由には含まれていなかったはずの
「いつまでも家で介護するために」を主たる理由に押し立てて
成長抑制を強引に正当化・一般化して通そうとするDiekema医師らの欺瞞を、
そのまま事実に置き換えて世の中に広め、別の方向から一般化を進めることにすらなりかねない。

……など、いろいろ考えさせられているのですが、
こちらについては、また、まとまってから改めて。

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