Ashley事件から生命倫理を考える

世の中は想像していたより、はるかにコワイ・・・

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プライバシー保護のため詳細は明らかにされていないが
知的障害がある女性が明日、帝王切開で出産することになっており、

今日の保護裁判所の判決によっては、
切開の際に卵管結紮による不妊手術が行われるとのこと。

今後の妊娠を防ぐため。

通常、保護裁判所の審理は非公開で行われるが、
この事件を理解することは大きな「公益」になるとして公開に。

(このところ英国では保護裁判所の審理の非公開が問題視されているので、そのためかも?)

保護裁判所への申し立ては女性の地元のNHSトラストによるもので、
避妊に関する意思決定能力を女性が欠いているかどうか、
もしも欠いている場合には不妊手術が認められるかどうかの判断を仰いだ。

女性自身の利益はオフィシャル・ソリシタによって代理される。

障害者団体は
本人同意によらない強制不妊手術は人権侵害であり、
長期的な避妊という選択肢をとるべきだと猛反発。



この記事で非常に気になるのは、事件の問題点が
「自分で同意できない患者の重大な医療について国に命令権があるか」と整理されていること。

保護裁判所の権限について、
記事の最後に以下のように解説されている。

Mental Capacity Act 2005によって、
精神科医が知的能力を欠いていると認定した人の医療については
保護裁判所に決定権が与えられており、

その中には永続的植物状態の患者からの
「人工的」栄養と水分の差し控えや中止も含まれる。

また、同意能力を欠いた女性の「妊娠の中絶」も
「実験的または革新的治療」また患者の拘束を要する治療を命じることもできる。


私は専門家ではないし、
MCA(2006年施行)についてもざっとしたことを読みかじっただけなのですが、

2007年当初に読みかじった印象では、この書き方のトーンとは逆で、
同意能力を欠いた人に関する代理決定の手順を定めたMCAの
むしろ例外として、より慎重に知的障害者を保護するために
これらについては裁判所の命令が必要と規定されているのであって、

同意能力を欠いた人へのこうした医療については
「保護裁判所が決めてもよい」とか「国が決めてもよい」というニュアンスで捉えることは
MCAの理念そのものにに反するんじゃないのか、という気がする一方で、

MCAについて読みかじった時に、そもそも、
これはある一定のところまで丁寧な代理決定により人権を重視しつつ、
一定のところでスパッと切り捨てるためのツールになっていくのでは……という
強い懸念を感じたことも同時に思い出す。


2008年のヒト受精・胚法改正議論で「障害児はnon-person」発言が出てきた時に
プロライフのアドボケイトが、MCAについて
障害児・者や弱者を殺すための法律として機能する懸念を言っているし、

その直後に哲学者Mary Warnockの認知症患者に「死ぬ義務」発言があった際にも、
延命治療拒否のための代理人任命ツールとしてMCAに言及する報道があった。


なお、MCAに関するエントリーは ↓



その他、MCAが関連するニュースについては ↓



なお、類似の米イリノイ州での裁判に関するエントリーはこちら ↓

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