Ashley事件から生命倫理を考える

世の中は想像していたより、はるかにコワイ・・・

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うわぅ。

5月17日に以下のエントリーで紹介したRasouli訴訟ですが ↓


なんと、病院側(医師2人)が上訴して、現在最高裁で審理されていました。

昨日、その上訴審で、医師側の主張が出てきたらしいのですが、
これが、なんとも、Norman Fostも顔負けの傲岸さで、

Rasouli氏の生命維持は「死を防いでいるのではなく長引かせているだけ」。
「単に長引かせて、患者の元々の病気の影響を遅らせているだけ」なんだそうで、

「(上級裁判所の判決みたいなことを言っていたら)患者が自分の治療を
あれこれ品定めしたり選んだりすることになってしまう。……略……
そんなことになったら医療の意思決定の既存モデルは覆されてしまう」

だから、
自分たち医師が無益だと考える治療を中止することに同意は無用、
そうでなかったら、治療の効果がなくなっても患者に継続を無理強いされることを恐れて
どんな治療もできなくなってしまうじゃないか、

仮にそれが患者の望みに反していたとしても
患者の最善の利益を決めるのは医師の責任である、と。



「元々の病気の影響(effects)を遅らせて死を長引かせているだけ」が
一方的な治療停止の根拠になるんだったら、ガン治療にせよ糖尿病の治療にせよ、
みんな、ただの「無益な延命」だから中止しても良い……ことにならないでしょうか?

ちなみに、医師サイドの実際の発言には、少なくとも記事の中では、
そういう言葉は出てきていないのですが、記事タイトルは
「生命維持停止に同意なんて医師の権威を損なう、と法廷で主張」。

「医療の意思決定の既存のモデル」って「医師の権威が全て。医療は医師の専決」でしたっけ?

インフォームド・コンセントとか、
患者に分かりやすい説明とか
患者とのコミュニケーションとか信頼関係とか、

あの懐かしい標語の数々は、一体どこへ――?


【追記】
一昨日からずっと、素人のものすごく単純な疑問があるんですけど、
この人、脳の良性腫瘍の摘出手術を受けたんですよね。

良性腫瘍の切除手術で「植物状態」になって、
それで担当医からこういう言われようまでして
「どうせ植物状態で回復しないんだから死ね」と
要求されているわけですよね。それって、あんまり悲しい……というか

もしも担当医ら2人が言うように
患者の最善の利益が医師によって適切に判断されて、
それに基づいた有効な医療がその都度行われていたら、
この人は最初から細菌性髄膜炎にはならなかった……なんてことは?

もしそうだとしたら、今、裁判で医師が言っている「この人の元々の病気」というのは
細菌性髄膜炎ではなくて、良性腫瘍だったことになるのでは?

それとも、こういうのは「過誤」ではなくて
「開頭手術に伴うリスクが現実のものとなってしまったケース」と理解するのが
脳外科医療では常識なんでしょうか。


【7月1日追記】続報ありました。
カナダの無益な治療訴訟 Rasouli事件で、オンタリオの上訴裁判決。3月の下級裁判所の判決の通りで、医師側に独自の決定権を認めず、CCB(同意と能力委員会)の判断を仰がなければならない、と。
http://medicalfutility.blogspot.com/2011/06/decision-in-rasouli-ontario-doctors.html
http://www.ontariocourts.on.ca/decisions/2011/2011ONCA0482.pdf


【7月25日追記】
トロントの弁護士 Garry J. WiseがブログでRasouli事件を解説している。
http://wiselaw.blogspot.com/2011/07/this-week-at-ontario-court-of-appeal-11_22.html

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