Ashley事件から生命倫理を考える

世の中は想像していたより、はるかにコワイ・・・

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前回、WPASの調査報告書の中に書かれているのは、子ども病院の恒常的倫理委のメンバーのことであって、それがそのままアシュリーのケースを検討した当該倫理委のメンバーとは言えないということを、要注意点として注記しました。

この調査報告書を読むと、その他にも3つばかり私には不思議に思える点があります。

1.なぜ当該倫理委について踏み込まなかったのか。

Exhibit Lとして報告書に添付された2004年5月5日の当該倫理委の記録は、記録というにはあまりにも内容がありません。メンバーについての記述は皆無で、相変わらず人数も職種も不明です。さらに、どのような議論が行われたのかということについても、ほとんど何も書いてないに等しい記録です。この記録については、いずれ別にエントリーを立てたいと考えていますが、誰が考えてもこの事件の核心はこの倫理委のはずなのに、その記録が非常にいい加減なままなのです。「医師らはやっぱり“乳房芽”など認めていなかった」で触れた親の提案書も、当日は委員に配布されたはずですが、どこにも見当たりません。

WPAS自身、1月8日のワシントン大学宛と1月10日の子ども病院宛の書簡(内容は同じ)において、その他の情報と並んで「発達障害のある人を対象にしたあらゆる形態の成長抑制療法について、承認を検討したあらゆる倫理委員会が使用したプロセスを説明する全書類」の提供を求めているのです。それなのに、どうしてWPASはこの程度の資料で引き下がったのでしょうか。肝心の倫理委に、なぜWPASの調査は踏み込んでいないのでしょうか。

2.アシュリーの人権が侵害された件については、責任は追及されないのか。

調査報告書のイントロダクションでは調査の目的は「アシュリーに虐待またはネグレクトが行われたかどうか、またアシュリーの人権が侵害されたかどうかを見極めること」とされています。そして、調査はアシュリーに対して人権侵害があったと結論付けました。

もちろん今後に向けて世の多くの障害者を守るための改善策は必要です。しかし、上記の調査目的に従って調査を行い、アシュリーの個別ケースにおいて人権侵害があったと結論付けられたのであれば、今後の改善策とはまた別問題として、アシュリーに対する人権侵害の責任もきちんと追及されるべきではないのでしょうか? 

調査報告書にはExhibit E として、インフォームドコンセントが出来ない人に関するワシントン大学のインフォームドコンセント方針(2001−2004)が添付されています。「WPAS調査報告書 添付資料一覧」に簡単にまとめたように、この中には、精神的に能力を欠いた人の不妊手術には法定代理人は同意できないこと、同意できるのは患者自身であること、患者がインフォームドコンセントを与えられない場合には、裁判所の命令が必要であることなどが、ちゃんと明記されています。

Gunther医師はワシントン大学の職員ですから、彼は明らかにこのIC方針に違反しています。病院は5月8日の記者会見で、倫理委と担当医の間に意思疎通の齟齬があったことが原因のミスだと釈明しましたが、このIC方針が存在する以上、担当医が「知らなかった」では済まないはずなのです。

実はWPASが関与した職員への懲戒措置を病院側に求めていた形跡はあるのです。

3月27日にWPASから子ども病院宛の書簡(Exhibit P)。これは言葉は丁寧ながら、内容的にはほとんど恫喝に等しい手紙です。まず、調査が最終段階に入り、アシュリーの人権が侵害されたことが判明したと述べます。さらに「調査が完了すれば、さらに判明することもありそうです」と脅した上で、病院側に2つの追加情報の提供と、合意文書に盛り込む前提で4点の要求事項を突きつけています。

要求している追加情報は 疋▲轡絅蝓捨屠 箸砲かった費用総額と支弁者についての全ての情報。▲▲轡絅蝓爾帽圓錣譴拭疋▲轡絅蝓捨屠 箸砲弔い董何らかの形で誰かに対して懲罰措置がとられたかどうかについての情報。

4点の要求事項は後の合意文書につながっていくものですが、この中の2点目は合意文書の中に盛り込まれていません。その2点目が、裁判所の命令なしにアシュリーに対して今回の医療処置を実施した医師について、保健省に対して不服を申し立てることを含め、懲戒措置を求めるものです。

両者は4月4日に会談しているようですが、翌5日付の子ども病院からWPAS宛の書簡(Exhibit Q)によると、会談はあまり友好的なものではなかったようです。病院サイドはWPASの権限の範囲を疑うような発言を繰り返しています。そして、組織としての是正措置で十分であるとの見解が揺るがないことを示して、懲戒措置を拒絶しています。

この2つの書簡からは、WPASが最後まで懲罰行為を要求してぎりぎりの交渉を行っていたらしい気配がうかがわれます。病院側は嫌悪感を隠していませんから、会談の際にも、かなり激しいやり取りがあったのではないでしょうか。その過程で何があったのか。

アシュリー個人への人権侵害から、今後のセーフガードへと、いつのまにか問題が摩り替わってしまっているという気がするのは、私だけでしょうか。


3.アシュリーに行われた医療処置にかかった費用の総額が確認されていないのはなぜか。
    
上記2.でも触れたように、WPASはかかった費用の総額と支弁者を解明しようと試みています。報告書に添付されている明細では、病院に支払われたのは26389ドル15セント。ただし報告書「兄実」のDに書かれているように、この26389ドルには含まれていないものが多く、総額は依然として不明です。
アメリカの医療費の支払いは、医師からは別立てで請求されるシステムになっているので、この金額にさらに外科医、麻酔医、内分泌医への支払い、各種検査、退院後のフォローアップなどの費用がかかっているほか、ホルモン療法にかかった費用も含まれていません。

ちなみに1月4日のガーディアン紙の記事によると、アメリカ連邦政府の規制緩和によって民間の小児科医でもできるようになった低身長の男児に行われる成長ホルモン治療は、年間4万ドルかかるとのこと。

シンポで会場から「費用はどのくらいで、誰が負担するのか」と質問が出た際、「ブログに両親が確か3万ドルと書いており、いずれにしてもたいした額ではないが、誰が払うかは大きなポイントだ」とのコメントがありました(発言したのはGreg Leoben 氏だったと思うのですが定かではありません。)両親がブログにそう書いているのは事実ですが、この金額を費用の総額とすることは事実と違います。別途担当医らに支払われたは費用やホルモン療法にかかった費用を想像してみれば、「たいした額ではない」はずがありません。それなのに、なぜ病院サイドからもWPASサイドからも指摘がなかったのでしょう。

WPASが情報提供を病院に求めた以上、この点を明らかにすべき理由があったはずなのです。なぜWPASはこの点を明らかにしなければならないと考えたのか。なぜその追求を途中で断念したのか。

なお、支払ったのは民間の保険会社だと両親のブログでも報告書の中でも書かれています。Exhibit R の明細の中に、PREMERA MICROSOFT という記述があります。PREMERA というのは大手保険会社の名前なので、この記述の意味するところは被用者保険によって支払われたということではないかと私は考えていますが、この点はアメリカ人の知人が「たぶんそうだと思う」という以上には確認できずにいます。もしも違っていたら、どなたか、ご教示ください。

また、この箇所が仮に被用者保険での支払いを意味しているとしても、アシュリーのケースで保険で支払われたからといって、必ずしも他のケースでも保険でまかなわれるということにはならないので、注意が必要ではないかと思います。


以上の3点と、前回のエントリーの内容とを考え合わせると、私がWPASの調査報告書から感じるのは、アシュリーの個別ケースに関する情報の多くは、WPASの調査が終了した今に至っても、いまだに曖昧なままにされているという印象です。



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