Ashley事件から生命倫理を考える

世の中は想像していたより、はるかにコワイ・・・

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これまで、障害者に対する医療差別の問題はいくつかのエントリーで拾っており(詳細は文末にリンク)、
その内容については今回の拙著『死の自己決定権のゆくえ』の第3章でも
「医療と障害のある人々」というセクションを設けて紹介していますが、

8月10日のNYTに「医師が差別するとき」と題して
精神障害者が医師の差別意識によって十分な医療を受けることができていない問題を
双極性障害の当事者で作家のJuliann Gareyさんという人が書いていました。

Gareyさんが初めて体験したのは耳鼻科でのこと。
耳の感染症で生まれて初めての痛みを経験して受診すると、
双極性障害の治療で飲んでいる薬の一覧を見た医師はカルテを閉じて
「これでは何も処方する気にならない。こんなにあれもこれも飲んでいたんでは」と言い、
タイレノール(薬局で買える一般的な鎮痛剤)なら飲んでも大丈夫だろう、で、診察を終了。
翌日、鼓膜が裂け、生涯に及ぶ聴覚障害が残った。

また初めて受診した胃腸科では、診察台に横になっていると、
医師は服薬中の薬のリストを見て、Gareyさんの顔の前で指を振り
「あなた、気持ちの方をどうにかしたほうがいいわよ。そうじゃないと胃は治りっこないですよ」

重症の精神障害のある人は「正常な」人に比べて
受けている医療の質が低いという研究が少なくとも14ある。
WHOも去年、精神障害者へのスティグマと差別を「隠れた人権侵害の緊急事態」と称した。
こうした医師による差別にはちゃんと名前があって、diagnostic overshadowing というんだそうだ。

(日本語にしてみると、なんだろう? 診断差別? 偏向診断? 思い込み診断?
なんか、どれもうまく感じを掴めてない気がする……)

ロンドンのKings大の調査によると、
双極性障害、大ウツ、統合失調症、分裂情動性障害を含め重症の精神障害がある人では、
診断を間違えられたり、十分な治療を受けられていなかったりすることが多い。

一方では、こうした精神障害のある人は
何らかの慢性的な身体症状があることが多いのだけれど、
これでは受診が必要なときでも医師にかかろうとしないのも無理はなく、
結局、多くの人がぎりぎりの状態でERの世話になることに。

ところがERの医師らは、薬を手に入れようと薬物中毒患者がくるのに慣れているものだから
精神障害者の訴えをそういう人の言い訳と同一視して鎮痛剤を出そうとしない。

著者は偏頭痛でERに駆け込んだ際にやはり同じ誤解をされて、
生理的食塩水の点滴程度でごまかされたことがあった。
その後、専門医を受診した際にも一方的にコカイン中毒者だと決め付けられた挙句に、
精神症状が身体にでるヒステリー症状を呈していると診断された。

2006年にthe National Association of State Mental Health Program Directorsが
取りまとめた調査結果報告書によると、
重症の精神障害があって公的医療を受けている人は、精神障害のない人よりも25年も早く死んでいる。

もちろん早くに死んだ人の30〜40%は自殺者だけれど、
それでも60%は予防可能あるいは治療可能な病気で亡くなっている。一番多いのは心臓血管疾患。

調査では、精神障害のある人に心臓血管疾患がある場合、
心臓麻痺の後でバイパス手術や心臓カテーテルなどの事後治療を受けているのは
「正常な」心臓病患者と比較すると半分に過ぎない。

上記報告書はいくつかの提言をしており、
精神障害者を優先度の高い患者群とする、精神障害者のメンタルな医療と身体の医療とを協調・統合する、
医療職と患者双方への教育、身体病医療へのアクセス改善と、適切な予防・検査・治療サービス保障など。

報告書の7年間で何の変化も起こっていないが、このところ出てきた動きとして、
いくつかの主要な大学の医学部で、「医療ヒューマニティー(the medical humanities)」と称し、
視覚芸術、ヒューマニティ、音楽、科学など多様な領域を導入して
医学生たちの患者に対する考え方を変える試みが行われている。

特に注目はコロンビア大学の医療センターがやっている、ナラティブ・メディスン・プログラム。

医療職と患者のあいだには溝があるとの前提に立ち、
カルテに書いてあること情報を見るだけでなく、患者の話を傾聴するように、というもの。

プログラムの説明には以下のように書かれている。
「効果的な医療には、他者の物語と苦境を理解し、
受け止め、解釈し、それに基づいて行動することが求められます。
ナラティブ能力を伴って行われる医療こそが、人間的で効果的な医学実践のモデルなのです」

When Doctors Discriminate
Juliann Garey
NYT, August 10, 2013


記事の著者は、
こういうプログラムがあって初めて「まず、害することなかれ」という医療が
すべての患者に向けられる、精神障害者にも向けられるようになる、と結びに書いていて、
それ自体には同意なのだけれど、ナラティブ・メディスンが新たな取り組み……??

だって、私がこの本を読んでナラティブ・アプローチについて知ったのは、
ミュウが小学校低学年の頃、20年も前だったと思うのだけど。

それはともかく、精神障害のある人への身体科の医療へのアクセスと質の保証という問題は
以下の本で、北里大学精神科教授の宮岡等氏が指摘していた ↓
「心の病は、誰が診る?」を読む(2011/10/7)

この時のエントリーで書いているように、私はこれは、英米で指摘されている知的障害者への医療差別、
ひいては発達障害者、難病の人、認知症の人、高齢にも、慢性病の人にも本当は通じていくことだと思う。

これについては、いくらかは上記エントリーにも、また今回の新刊書でも書いているので、読んでいただければ。
まだまだ考え続けたい、整理しつつ言葉にしていきたい、とても大事な問題だと思う。


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