Ashley事件から生命倫理を考える

世の中は想像していたより、はるかにコワイ・・・

子の権利・親の権利

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気付き

去年のちょうど今ごろ、
ミュウは久しぶりに「今度こそダメかと思ったぁぁ」エピソードを更新した。

ディズニー・オン・アイスに行くことにしていたのだけれど、
酸素マスクにサチュレーション・モニター装着ではどうにもならない。

園に入所している方の中で誰か連れて行ってもらえる人があったら、差し上げてください、と、
スタッフにチケットを託すことにした。

ベッドのミュウは「えーっ!!」と、顔で盛大に抗議したけれど、

「この状態じゃぁ、どうしたって行かれまー。
今年は誰か行かれる人に行ってもろーて、ミュウは来年いこうや。
その代わり、来年は必ずいこうね」というと、

しぶしぶ「ハ」と納得した。

なので、今年は春にチラシを見た時に
すぐさま事務局に「車いす席を!」と勢い込んで電話して、
冷たく「チケットの売り出しはまだ先です」と返されるくらいに、
「今年は行くぞ!」気分満々だった。

無事にチケットを買い、
中休みには、おむつ交換のために
授乳室を使わせてもらえるよう段取りもちゃんとつけた。

そして、先週末にミュウが帰ってきた時に
「いよいよ来週じゃねー。去年いけんかった分、楽しもうぜぇ」と盛り上げたところだったんである。

で、つい3日前のこと――。

「突然、全身にじんましんが出て、顔までむくんでいるので点滴をしたい」と
療育園から電話がかかってきた。「本人はいたって元気なので、ご安心を」とのこと。

電話を受けた父親の談では、ドクターの声の背後で
テレビだかDVDだかに大騒ぎしている娘の歓声が響き渡っていたというから、
まぁ、さほど心配はしなかったけれど、

あっちゃ〜。ディズニーがぁぁぁ……。

いやいや、まだ日にちはある。大丈夫。
イヤな予感は、そう考えて宥めた。

……で、今朝。

どうやら、まだ、じんましんは出たり引っ込んだりしているらしい。
むくみのために採血も大変だったという。そうか。まだむくんでいるか……。

帰省はドクターからOKが出そうだけれど、
ディズニーを、どうする……?

間の悪いことに、日曜日には台風の暴風圏に入るとの情報もある。大雨はまず間違いなし。

もしも諦めて、誰か園の入所者の方に行ってもらうとしたら、
明後日のこととて決断を急ぎ、行ける人を当たってもらわなければならない。

私の頭には、
去年のまさにこの時期に息も絶え絶えだった娘の姿がよみがえっている。

じんましんが収まりきっていない状態で連れて行き、
台風で予測不能な事態もあり得るとしたら……。

やめよう。来年にしよう。
夫婦で話し合って、そう決めた。

園に電話をかけ、
誰か、行ける方があれば行ってもらってください、と当たってもらうよう依頼した。

「家族で連れて行ける人がなかったらチケットは捨てますから」と言ったら、
電話に出た園の幹部は「家族に聞いてみてダメなら、あとは、
こちらから連れて行ってあげるか、ですね」と応えてくれた。

その言葉が嬉しかった。

もしもスタッフが出てくれるのなら(ボランティアになるのかもしれないけど)
日頃あまり外出できない子どもさんを連れて行ってあげてもらえたら、と思った。

よかった。……と、電話を切って、しばし……。

この間ずっと、「なにか」重苦しいものが心に引っかかっていた。
意識の上にはなかなか上ってこないけど、心がザワついてしまう「なにか」――。

……!

ミュウだ!

去年は、命が危ぶまれる状況もあって毎日通っていた。
だから「ディズニー中止」を決めたのもミュウのベッドサイドでのことだった。
スタッフとその話をしながらミュウの抗議を受けて、その場で説明し、ミュウも納得した。

でも、さっき私たちは
ミュウには断りも相談もなく勝手に決めてしまった!!

いかん!!

「今からミュウのところへ話をしに行ってくる。
親が勝手に決めてしもーたけん」

夫にメールを入れ、急ぎパソコンをシャットダウン。
今日の仕事の予定なんぞ、くっそぉ。このさいチャラよ。

夫からも
「たしかに。じゃぁ、ミュウによろしく!」と即座の返信。

そだ。“病人部屋”でテレビを独占させてもらっているなら
「おかあさんといっしょ ファミリーコンサート」DVDの新しいのを持っていってやろう。

そそくさと着替えて、車に飛び乗る。

ちょうど、お昼前でもある。
どうせ行くなら、お昼ごはんに間に合って食べさせてやりたい。

なんだか急いで取り返さなければならないものがあるみたいに気持ちがせいて、
コンビニで買ったおむすびをかじりながら園に急ぐ。

着いたら、
看護師さんの介助でもう8割がた食べ終えていたけれど、食欲は旺盛。
足はまだむくんでいるものの、顔のむくみも赤みも引いていた。

あー、えかったぁ。顔見たら安心したぁ〜。
いきなり現れた母親に、ミュウは固まっている。

ふっふ、ええもの持ってきたでぇ。ジャーン。
DVDを取り出すと、ミュウはいっそう驚愕の表情で固まる。
(これが喜びの表情だというのは、慣れぬ人にはたいそう分かりにくい)

食事介助を代わって、2人になってから、
おもむろに本題を切り出してみる。

ミュウちゃん、明後日のディズニー、
すっごく残念じゃけど、またまた来年ってことにせん?
ちょっと、この状態じゃぁ、行かれんじゃろーじゃない。

ミュウは気抜けするほど素直に「ハ」と言った。
自分でもこりゃダメだと思っていたのかもしれない。

その代わり、来年こそ絶対に行こうな。「ハ」。

ゴハンの後、ベッドにくっついて寝ころび、
親の方はとっくに見飽きた「おかあさんといっしょ ファミリーコンサート」を見る。

昼下がりの療育園の詰め所奥の部屋は、
親子でそっとしておいてくださる皆さんの心遣いで、
立ち働く職員の方々の声や気配をうっすらと感じつつ、眠くてのどかな時空間。

時々まぶたが閉じそうになっているくせに、
誰かが新たに舞台に登場すると「わ、出たよ、おかあさん」と
イチイチ感動とともに振りむいて知らせてくれるミュウに付き合いながら、
私も時々うとうとする。

コンサートが終わった後、
本格的なお昼寝の体制を整えてやり、
「明日の晩、お父さんと迎えに来るけんね」。

眠気でぼお――としたミュウは、
それでもバイバイの腕を振り上げてみせた。

 
英国で、知的障害のある子どもが国際結婚をさせられるケースが相次いで
Mencapその他のチャリティが問題にしている。

例えば33歳の息子にパキスタン人の妻を見つけたという50代の母親は

「私も歳をとってきたし、
24時間介護が必要な息子のケアはたいへんになってきたけど、

嫁が来てくれれば息子の面倒を見てくれるでしょう。
なにしろ息子は何でもすぐに出てこないと気が済まないのよ。
食べ物だって着るものだって。

でも、息子が婚約したってことはまだ誰にも言ってないの」

知的障害のある子どもを結婚させてしまえば
家族が感じるスティグマは軽減され、
他の子どもたちの結婚に差し支えることもなくなる。

そうした家族は、結婚は本人の最善の利益だと主張するけれど、
専門家からは、破たんした時や、搾取の温床になるなどの懸念も。

実際、知的障害のある娘に、金目当てで
パキスタンの男性3人と次々に結婚させた一家も。

この問題を重視するMencapとFace the Factでは、
一般に知られ考えられている以上に実態は深刻、と対応を呼びかけている。



この問題、英国では2008年から既に報告されていた ↓
知的障害者の強制結婚、相手はビザ目的、親は介護保障で(2008/7/29)


息子の介護のため、パキスタンから妻を迎えるという話に、思いだすのは、これ ↓
“現代の奴隷制“ 輸出入される介護労働(2009/11/12)


アジアの国々から介護労働、育児労働が輸出されているのは
もうずいぶん前からのことなのだけれど、

それが結婚として行われるということは、
介護労働者受け入れプログラムですら十分でない保護が
さらに全くない、密室の奴隷労働、になるのでは?

アジアから英国に迎えられる“妻”たちにせよ、
英国から余所の国に送り出される“妻”たちにせよ、

女性ゆえ、知的障害者ゆえに、
家族や男たちによって、何重にも重なった搾取を受ける。

これもグローバリゼーションの一つの顔……?

暗澹。
「施設解体」がしきりに言われている頃だったと記憶している。

ある男性と話をしている時に、
「施設解体のみが善だ」といった話の流れに違和感を覚えたので、

「でも、個々の親にとっては、自分たち親子が暮らしている地域に
現に今すぐ自分たち親子が利用できる制度やサービスがなければ、
または自分が死んだ後に子どもの安全な生活が保証される受け皿がなければ、
日本のどこかにどんなに優れた実践があったとしても
それは存在しないのと同じなんです」と言ったら、

相手が激昂されたことがあった。

立ちあがり、本棚に寄ると、
そこから次々に本をとりだしては

「今はもう時代が違うんだ。
アンタがそれを知らないだけなんだよっ。
ほら、こんなことをやっているところも、
こんなことをやっているところだって今はちゃんとあるんだよっ」

激しい口調で言いながら、立ったまま、
私の目の前のテーブルに次々に本が投げつけられていった。

読んだことのある本もあったし、
タイトルや内容くらいは知っている本もあった。

その人は、向かい側の席に戻ってくると、
「だいたい、親はすぐに、親が死んだら、死んだら、と言うけど、
そんなことを言って実際に死んだ親なんか、いないんだよっ」

いますよ。親だって死にますよ――。

そう思ったけど、言えなかった。

私が専門家や父親だったら、この人はこんな態度は取らないんだろうな……と
ぼんやり考えながら、目の前の本を見ていた。

投げつけられて私の前に乱雑に積まれている本は、
身体障害者または知的障害者の周辺での実践について書かれた本ばかりで、

その中には、
ミュウのような重症重複障害のある人の生活を支える話は1冊もなかった。


       ――――――――


昨日、突然、ツイッターをやめました。

ここしばらく、ずっとやめようかと考えてはいたのですが、
昨日、ついに限界がきてしまいました。

多くの方と交流させていただき、たくさん学ばせていただき、
「その節」にも「あの節」にも、言葉で尽くせないほどにお世話にもなったり
またご迷惑をおかけした方々も多々あったのに

だから、やめるならやめるで
それぞれの方にそれぞれに言いたいお礼もお詫びも沢山あったのに、

それもせずに突然にアカウントを削除して大変申し訳なく思っております。
本当にありがとうございました。それから、いろいろ、ごめんなさい。


「アシュリー事件」という本を書いたこと、
その直後にツイッターを始めたことの2つによって
私は自分でその覚悟が十分に決まっていない内に
障害者運動の方々との距離を急速に縮めてしまうことになりました。

そういう方々が障害者の権利や自立生活を勝ち取ってこられた
運動や闘いには深い敬意を持っていますが、

そういう方々のナマの言葉と思いがけない近さで接することは
私にとっては上で書いた日の体験が何度も繰り返されるに等しいものがありました。

あの日、私はあの後なにも語れなくなり、黙りました。

あの時に投げつけられた本の中の1冊で、
福岡寿さんという人が以下のような発言をしておられます。

……自分は、親御さんから「自分たちは福岡さんのホームヘルプや支援センターやグループホーム施策のために、親をやっているんじゃない」と言われたことがあります。だから「施策のための本人」なのか「本人のための施策」なのかを混同してしまうとダメだと思うんです。
……(中略)ホントに変わるためには、「この方を何とか支援しなくては」「この家族を何とかしなくては」という生のリアリティが必要なんですね。


さっき、これを書くために改めてざっと目を通してみて、
ああ、でも、この人たちは「親御さん」と言ってくださるんだな、ということ、
親も支援の対象に含める眼差しを持ってくださっていたのだな、ということに、
改めて救われる気持ちがします。

アシュリー事件で親と障害者運動の対立の構図が利用されていることに気を揉んで以来、
ずっと「でも対立ではないはずだ」と、考え続けようとしてきたし、

だから、そのために誹謗中傷を受けることは承知の上で、
娘の施設やその周辺の人に対しても、ことあるごとにそれを言ってきたし、

どちらに向いても、どんな議論の中でも、
そこに立ち続け丁寧に説明し続けようと自分なりに努力してきたつもりだったけれど、

今は、あの日、投げつけられた本を前に座っていた時とまったく同じ気分です。
何かを語りかけてみようとする気力が完全に萎えてしまいました。

もちろん、これだけだという単純な話ではなく、少しずつ積み重ねられてきた思いですが、
「支援者」の方による「麻薬」「常習化」という言葉の選択に、トドメを刺されました。

根本解決でなければレスパイトは麻薬で常習化して施設入所になるからダメだと言うなら、
その根本解決まで現に今も目の前の現実を生きている介護者に一体どうしろというのか。

……というよりも何よりもメゲるのは、
「支援者」を名乗る人が「麻薬」「常習化」という言葉で親に向ける断罪の視線と、そのゴーマンさ。

その人がどんなに優れた仕事をしてきた人なのか私は知らないけれど、
なぜ親が支援者から、こんな断罪の視線を向けられなければならないのか。

地域移行や自立生活が実現すれば問題は解決するのだから、
それに逆行する家族介護を肯定する介護者支援はダメだ、という主張も同じく、

では現に今も目の前の現実に生きあぐねて心身の健康を害している介護者は
それまでどうしろ、と?

家族からの暴力を受けている介護者がいるというデータがあるというだけの話に、
「でも本人の方がより被害者じゃないか」と反射的に反応されることも同じ。

家族や介護者が加害者でしかありえなかった事実はあるでしょう。

でもそれは家族や介護者個々人の悪意だったのか。
彼らがまさに支援を必要とするのに得られない状況が
加害者にならざるを得ないところへ親や家族や介護者を負い詰めていたのではないのか。


あなたがたの言う社会モデルが
親や介護者だけは個人モデルに置き去りにした社会モデルであり、

あなたがたの言う社会的包摂が
親と介護者だけは除外した上での包摂でしかないのなら、

共に考えることは、私にはできない。

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後段は昨日2月28日。

たまたま私がフォローしている方からリツイートされてきた、
知的障害者の地域生活の支援をしておられる方のツイートに
以下のような一節があり、これが頭に噛みついてしまった。

施設入所を希望している保護者から彼の地域生活を守りたい。
施設送りの為に働いてはいない。


思わず血がのぼった頭を冷やそうと思って、
いったんPCを離れて、お昼ごはんを食べてみたのだけど、
頭の中で反論の独り言がどうにも離れなくなった。

で、熱くなった頭のままで、つい連続ツイート。

「よりあい」の下村恵美子さんが、「あれは自分ではなかったか」という本に収録された講演で:通所で来ている昼間だけの、つきあいの時は、家族の余裕のなさを、なかなか理解できないこともあります。泊まりでそういう夜を自分が体験すると(略)「次々に大変なことが起きて、長いことようつきあいんしゃったですね」って、心から共感して、家族に言えるようになりました。

下村さんは、苦しい夜勤を耐えられるのは明けない夜はないと知っているからだと言い、早出の職員がやってきた気配に救われると書いている。家族の介護では救いになる早出の職員はやってこない。それは明けない夜を繰り返すということ。

人はみんなそれぞれに固有の環境と固有の人との繋がりの中で、固有の歴史としがらみといきさつと事情を背負い、その中の誰彼との相互の恨みつらみやゴタゴタに絡みつかれて暮らしている。その固有の現実からスタートせず、「これが正解」からスタートして「支援」になるわけがない。

「親から守る」と敵対するのではなく、そこまで追いつめられ限界を感じている親を理解し支えながら、本人と親とも一緒に解決を探るといった姿勢にはなれないものでしょうか。何年間また日々の何時間その人と関わってきたのかしらないけど、「自分だけが支えている」姿勢は「支援者」の傲慢では?

固有の事情が状況に目を向けて丁寧に考えるべきところで、「施設は絶対悪」「施設に入れようとする親は敵」から、まず姿勢を固めてかかるのも、私には一種の思考停止に思える。

……と、「施設」「親は敵」にまた過剰反応している私。


その後も頭の中の独り言は止まらず、
ものすごい量の思考の断片が豪雨の後の濁流みたいな勢いで流れ続けたのだけど、
コーフンしているものだから、あまり記憶に留まっていなくて、
そのうちのごく一部を、

・親もその人の地域生活を一緒に支えているのではないのでしょうか。
 親も支えているのに、その事実が全く念頭から消えているのは、
親はやって当たり前と思われているからなんでしょうか。

・私だったら、こんなふうに何かの時には「親から守る」と
敵対の目を向けられるような事業所には、とても子どもを通わせる気になれない。
苦しんでおられるところに、こういう冷たい視線を浴びせられる親御さんが気の毒でならない。

・障害者運動が、「親という存在」に対して警戒の念を持っているのは理解できる。
だけど、それは目の前の個々の親である一人ひとりの人間を敵視してかかることや
施設入所を希望するか自立生活を目指すかによって個々の親を仕分けてかかることと同じではないはず。

・親にとっては、目の前で起こっている事態というのは常に
子どもが生まれた時を起点に、その後の長い年月にあったあれやこれやの先に
さらに追加されてくっついて起こっていることなんだけれど、

専門家は、目の前で起こっている事態だけを単独で問題にする。
または、自分が親子と出会った時に親子がそこで初めて地球上に発生したかのように、
自分が関わるようになった時を起点にものを考える。

自分が出会うまでに親子がどういう道をたどってきたかまで
想像力を及ぼして考えてみてくれる専門家はとても少なかった。

そして、その想像力を及ぼしてくれる数少ない専門家からしか、下村さんのような
「よくここまで来られましたね。よく頑張ってこられましたね」という心からの共感は出てこない。

・想像力のないところに共感はない。
想像力のない人には人を助けることはできない。
共感がなければ信頼関係は作れない。

・親が施設入所を望むのが気に入らないなら、
あなたの事業所で支援してきた子どもの親が施設入所を希望しているのだから、
あなたがやってきたはずの支援がもしかしたら十分ではなかったのでは、と
これまでのやり方を振り返ってみようとするつもりはないの?

・それとも、もしかして、この人はとても若いの?
単に未熟な職員さんが気負いこんでいる、というだけ?

・医師は治療が思うように行かないと、どこかで「この患者は○○だから」と言い始める。
学校の先生は生徒がいつまでも自分の思うようにならないと、
いつか「この子の親が○○だから」と言い始める。
「支援者」を名乗る人たちも、結局は同じなんですか?
障害のある子どもの親は、そういう専門家の
結局は「自分のプライドのため」には、ほとほとウンザリなんですけど。

・「施設送りの為に働いていない」も、結局のところ
あなたにとって最も大切だと意識されているのは自分の仕事のスタンスであり、
自分のプライドなのでは? 

・自分たちが支援するのは本人であって、
親に支援は必要ないという意識をそこに感じるのですが、それは一体なぜ? 

・親の支援を考えると、そこに本人の利害との相克が生じるからですか?
家庭の成員のそれぞれの利害には当然のこととして相克がありますが、
障害者を支援する人は、本人以外の事情も権利も利益も丸無視して、
ただ本人の代弁者となるべきだからですか?

・親に代弁するなといいながら
なぜ支援者と名乗る人なら代弁できるのですか。

・もしも、自分たちのことを勝手に決めるな、と訴えてきた障害者運動が
地域生活だけが普遍的に正しくて「施設送り」は絶対悪だというなら、
それもまた、他人がそれぞれ自分の暮らし方について考えたり決めたりするべきところで
勝手に決めていることにはならないのですか?


以上は、まぁ、感情的な反発から頭に浮かんだ
ほとんど言いがかりレベルの断片たちですが、

そんなこんなを考えた先に出てきたのが、
今日、「くつした泥棒」のエントリー
yaguchiさんから頂いたコメントへのお返事に書いた、以下。

その前のコメントからのつながりで。

Y:「誰ひとりとして自ら望んでそこで暮らしているわけではない施設」なんですよね。幾度も児玉さんの『アシュリー事件』のレビューブログに書きたくてトライしていたのですが、下書き書いては消して書けなかった。自分がその施設に勤めていた人間として書けなかった。

S:yaguchiさん、読んだ瞬間、どばっと涙が……。yaguchiさんも赤剥けでヒリヒリする傷と正面から向かい、自分でそこに手を突っ込んで書きまわ すようなことをしておられる。私もそこのところの果てのない自問が苦しくてならない。「アシュリー事件」を書き、新たに障害学の周辺の方と出会いをいただ いたことから、問いが深まり、余計に苦しくなってもいます。

S:でも、私はその問いに苦しみながら、施設でのミュウの生活を守り少しでも良いものにするために、目の前の具体的な問題解決を目指して微力ながら闘ってもい る。ミュウの施設のスタッフだって、みんなその人なりに闘ったり努力してくださっていると思う。現にそこに生きて暮らしている人がいるのだから、施設をよ り良い場所にする努力も必要だし、その努力をしている人やその人たちの努力が否定されることもないはずだ、と思うのです。この頃。

S:だから、「施設なんて、どうせ何もかもダメだよね」とか「養護学校だから、どうせ分かっていないよね」と全否定してかかってもいいんだ、最初から叩く構え で捉えていいんだ、という論調には、その逆も含めて加担したくない。たぶん実際に自分に課すとしたら案外に難しいことなんだろうと思うけど、そんなことを 最近、強く感じてもいます。

Y:若いころにM新聞のある記者の方(おそらくいまは論説委員をなさっている)のあるML上での(私からしてみれば)一方的な施設批判、施設イコールすべて悪 の論調に、若気のいたりでDMを出し、すごいやりとりとなってしまったことがあります。それが退職したいまでもトラウマになっていて、施設イコール悪論者 とはやりとりできない状態で、私はその手の論戦にはもうついていけなくなってます。施設はある時点で完全に脱施設論に完敗しているわけで、必要悪として 残っているだけなのでしょう。とはいえグループホームの現状もspitzibaraさんが昨日アップされたところにあり、結局携わる人が問題なんだ。「精 神ある道徳」ということが求められることにおいては施設サービスも在宅サービスもある意味それは同じ、と思うところにいます。

S:私もその問題で昨日つい熱くなっていくつか思い切ったツイートをしてしまったので、取りまとめエントリーを立てようと思っています。ある時代に「親が一番 の敵だ」と鮮やかに声を上げた日本の障害者運動の先駆性は素晴らしいと思うけれど、そこから親との関係を前向きな方向に再構築していくのでも、様々な障害 像の人たちへと想像力を広げるのでもなく、今は一部の支援者までが仲間内で「施設は絶対的に悪だよね」「親は敵なんだよね」と立場が共有されている居心地 の良さに安住して、思考停止の正当化に使っているんじゃないか、という気がしてきました。


最後のところで書いたことについては
ずっと前に以下のエントリーでGKチラベルトさんとのやり取りの中で
そういうことがちょっと出てきた記憶があるので、その後、行ってみました。


たぶん、ここだと思う ↓ 

安易に正義の立場にいようとする、その後の障害学者も、障害者運動も、彼らを正義に奉り(彼ら自身は正義を否定したのに!)、その錦の御旗の下にいるだけで、彼らの地平には、全く達していないんです。
(「彼ら」とは当時の青い芝の会)


それにしても、もう一度GKチラベルトさんのコメントを全部読み返してみると、
この当時の私には、GKチラベルトさんが言っておられることがよく分からず、
分かったふりで応対しているだけ。

ここしばらくのツイッターでの煮詰まって焦げ付きそうな密度のグルグルを経て、
GKチラベルトさんが言っておられることの一部は、今度はすっすっと理解されてきた。
が、もちろん、まだ私には学びが足りない。たぶん親としての煩悶も思索も覚悟も足りない。

でも、深くものを考えることもせず「親から守る」などと安易に言える人にも、言いたいことがある。

あなたたちが苦しんできたからといって、あなたたちが闘ってきたからといって、
そのことが、あなたたちに人を断罪する資格を与えるわけじゃない。
ここしばらく、
たまたま身近で交わした会話やその他あれこれから、
ミュウを施設へ入れてしまった親としての自責を巡って
ツイッターで過剰反応をしているので、

あまり感心した内容でもないのだけど、
今後もうちょっと冷静になって生産的に考えられる日のために、2段に分けて、メモ。

まずは前段の2月24日

私が一番苦しかったミュウの幼児期というのは、今から20年も前。田舎のことで、ヘルパーといえば市全体でもまだ20人数人だとか聞いたし、みんな高齢者 向けだった。ショートステイもなく、親の病気と冠婚葬祭だけに認められる緊急一時保護制度があっただけ。

施設に緊急一保利用登録する時、施設の担当者から「ミュウちゃんを預かるために職員が増やせるわけではないので、そこのところを分かっておいてもらわないと」と暗に「登録はしても、よほどのことでなければ利用するな」と釘を刺されたのを覚えている。基本的には1週間だったと思う。

その後、母親が限界を超えているのに気付いた主治医の計らいで2週間の「短期的な入所」をさせてもらったけど、その時にはまだ「短期入所」が制度になっていなかったような気がする。制度になってはいても、使うことを考えにくい時代だったのかもしれない。

その後その施設に入所となって今に至っているので、私にはこの間の時代の変遷が全く分かっていないのだ、ということに今日初めて気づかさせてもらった。頭で分かったつもりでも自分の体で知らないとは、ここまで分かっていないということ。人と話すって、やっぱり大事だなぁ。


これをツイートした直後、思いがけず、ある方から返信をいただいた。

とても温かい内容で、
親として苦しんでいる私の思いに、
同じ親として手を差し伸べてくださっていることが伝わってきて、
読んだ瞬間に、胸に熱いものが込み上げた。

特に、今その方が知的障害者の地域生活のために
どんなに奔走しておられ、お忙しいかということもツイッターで知っていただけに、
その合間に、こうしてコメントくださったことが、なおのこと胸に沁みた。

ただ、レスポンスをまったく想定していなかったこと、
私には行動を起こせと迫られているように感じられてしまったこと、
その方が本人の自己決定を重視しておられることから、
重症知的障害と重症重複障害での自己決定の問題の差を
どう説明したらいいか、どうにも途方に暮れ、

同時に、ずっと頭にぐるぐるとしていた自責がどっと募ったものだから
一瞬で惑乱してしまった。

たぶん、その方が言われていないことまで言われているかのように感じて
独りよがりの激白めいたツイートになってしまった、私の部分のみを以下に。

ありがとうございます。お気持がありがたくて胸に迫るものがありました。ただ、その方向に頭を振り向ける前に、私の中にも整理しなければならないものが沢山あって、整理すればその方向に向けるのかどうかも分からないまま、今はただ引き裂かれている状態です。

このことを考えようとすると、私自身が「正しくない」と指差されることの痛みと、重症重複障害について「頭で分かったつもりでも自分の体で知らないとは、ここまで分かっていないということ」ということに気づいてもらえない痛みの間で、真っ二つ。

どうにも言葉にできない思いや、言葉にしても通じていかない思い、「正しさ」の前に跳ね返されてしまう言葉や思いで窒息してしまいそうになる。考えるだけでも苦しくてならない。正直、断罪もされず何を迫られることもなしに、考えたいです。

他意はなく、私自身のグルグルをそのままつぶやくものです。「いずれミュウが決める」ということを考えた時に、頭にまずパッと浮かんだのは「ミュウが死 ぬ」ということだった。それほど、「重症身体障害のみ」「重症知的障害のみ」「いずれかが軽度の重症重複」と「重症心身障害」との距離は大きい。

それとは別に、今日、拾った問い。「ヘルパーを入れれば解決するのか」。それはヘルパーと訪問看護でも同じ。

だめだ。とりあえず、明日の朝からミュウといい時間を過ごすことに専念する。


実際、ミュウと一緒に過ごしていると、
この子も親も、こうして生きている。
今は笑顔で過ごせている。それでいいじゃないか、と思えたし、

他人の誰にも分からなくても、
今こうして生き伸びて、ここに生きているだけで
自分を許してやってもいいくらいのところを、かろうじて通り過ぎてきたんじゃないか、
今はこうして生きている自分を許してやろう、と考えてみたりもした。

その他にも、あれこれがあって、
この件では、週末の間に心がすうっと楽になった。


次のエントリーに続きます。

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