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Bioethics誌の10月号に掲載された
フィンランドのTurku大のJukka Vareliusの論文。

On the Moral Acceptability of Physician-Assisted Dying for Non-Autonomous Psychiatric Patients
(精神疾患患者への非自発的医師幇助死の道徳的許容性について)

アブストラクトは

Several authors have recently suggested that the suffering caused by mental illness could provide moral grounds for physician-assisted dying. Yet they typically require that psychiatric-assisted dying could come to question in the cases of autonomous, or rational, psychiatric patients only. Given that also non-autonomous psychiatric patients can sometimes suffer unbearably, this limitation appears questionable. In this article, I maintain that restricting psychiatric-assisted dying to autonomous, or rational, psychiatric patients would not be compatible with endorsing certain end-of-life practices commonly accepted in current medical ethics and law, practices often referred to as ‘passive euthanasia’.


以下のバイオエッジの記事によると、

不治の重度精神障害のため、耐え難い苦痛があり
入院先の病院で何度も自殺未遂を繰り返していて、現実世界を認識することが困難な
Maryという架空の患者さんの事例を提示し、

なぜ自殺を予防する代わりに自殺幇助を認めてはならないのか、と問題提起。

意識がなく自己決定ができない患者のケースでも
治療が無益と判断された場合には生命維持の中止が認められているなら、
それは非自発的な消極的安楽死であり、

それならMaryにも病院の判断で安楽死も認められるのでは、
というのがVareliusの主張。

論文の結論は、

If passive euthanasia and voluntary psychiatric-assisted suicide are endorsed, Mary too should qualify as a candidate for physician-assisted dying.

もしも消極的安楽死と自発的医師幇助自殺が認められるなら、Maryもまた医師幇助自殺の候補としての資格を認められるべきである。




もう何年も前から、
一方に病院・医療職の決定権を主張する「無益な治療」論が進行中である限り、
「死ぬ権利」議論の自己決定論はこうして「無益」論とつながって、
いずれ医療専門職の決定権による積極的安楽死容認へと向かう、と考えてきた。

実際、2014年にはベルギーでこういう動きも出ている ↓
ベルギーの集中治療医学界が同意なき安楽死を容認(2014/4/11)



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