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オランダ、ベルギーなどで精神障害者、認知症の人々へと
「死ぬ権利」を認められる対象者の範囲が拡大していく「すべり坂」の実態を眺めつつ、

その根っことして
経済状況の悪化を背景にした功利主義とパーソン論による命の線引きと切り捨て、さらに加えて、
私が「迷惑な患者」問題と称してきた医療現場の「隠れパーソン論」による障害者差別があると
想定してみるなら、

その拡大が次に向かっていくターゲットは
知的障害者だろうというのは予測してはいたので、

今年1月に、米国デラウェア州の医師幇助自殺合法化法案に含まれていた
知的障害者に関する要件の項目が論議を呼んだ際には、
ついに来たか……と身構えたものでしたが、

「自己決定能力のある」という要件が盲点となって、
よもやオランダではとっくに知的障害と発達障害のある人に行われていようとは……。

しかも、その「自己決定能力」のアセスメントのプロセスは、
知的・発達障害があることの特異性に十分な配慮がされていたのか曖昧なまま、
医師が「この人には確かに耐えがたい苦しみがある。
自分の決定の意味を十分に理解している」と判断すれば、
その医師の判断は事実上、不問に付されているに等しいとは……。


Euthanasia and assisted suicide for people with an intellectual disability and/or autism spectrum disorder: an examination of nine relevant euthanasia cases in the Netherlands (2012–2016)
Irene Tuffrey-WijneEmail authorView ORCID ID profile, Leopold Curfs, Ilora Finlay and Sheila Hollins
BMC Medical EthicsBMC series – open, inclusive and trusted201819:17
© The Author(s). 2018
Received: 5 October 2017
Accepted: 21 February 2018
Published: 5 March 2018


2012年から2016年の地域審査委員会の報告書の中から
知的障害および/あるいは発達障害のある患者の9事例を拾い出し、
意思決定能力のアセスメント等が障害特性に即した適正なものだったのかを調べたところ、
「相当注意基準」ではセーフガードとして十分に機能しないのではないか、
といった趣旨の論文。

アブストラクトは以下。

Background

Euthanasia and assisted suicide (EAS) have been legally possible in the Netherlands since 2001, provided that statutory due care criteria are met, including: (a) voluntary and well-considered request; (b) unbearable suffering without prospect of improvement; (c) informing the patient; (d) lack of a reasonable alternative; (e) independent second physician’s opinion. ‘Unbearable suffering’ must have a medical basis, either somatic or psychiatric, but there is no requirement of limited life expectancy. All EAS cases must be reported and are scrutinised by regional review committees (RTE). The purpose of this study was to investigate whether any particular difficulties arise when the EAS due care criteria are applied to patients with an intellectual disability and/or autism spectrum disorder.

背景

オランダで2001年に合法化された安楽死と自殺幇助(EAS)では、(a)自発的な、熟慮されたうえでの要請;(b)改善が見込めない耐え難い苦痛; (c)患者に十分な情報が与えられること; (d) 独立した2人目の医師のセカンド・オピニオンを含めた、相当注意基準を満たしていることが求められる。また全例が地域審査委員会(RTE)に報告を義務付けられ、委員会の審査に付される。この研究の目的は、EASの相当注意基準が知的障害(および/または)自閉症スペクトラム障害のある患者に適用された場合に、何らかの特有の困難が生じるか否かを調べること。

「相当注意基準」については、こちらに →https://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/64769616.html


Methods

The 416 case summaries available on the RTE website (2012–2016) were searched for intellectual disability (6) and autism spectrum disorder (3). Direct content analysis was used on these nine cases.

研究方法

RTEのウェブサイトで読むことができる2012年から2016年の416件のサマリーを調べ、知的障害6例と、自閉症スペクトラム障害3例を探し出した。これら9事例に、直接内容分析を行った。


Results

Assessment of decisional capacity was mentioned in eight cases, but few details given; in two cases, there had been uncertainty or disagreement about capacity. Two patients had progressive somatic conditions. For most, suffering was due to an inability to cope with changing circumstances or increasing dependency; in several cases, suffering was described in terms of characteristics of living with an autism spectrum disorder, rather than an acquired medical condition. Some physicians struggled to understand the patient’s perspective. Treatment refusal was a common theme, leading physicians to conclude that EAS was the only remaining option. There was a lack of detail on social circumstances and how patients were informed about their prognosis.

結果

意思決定能力のアセスメントについて8例で言及されていたが、詳細はほとんど不明。2例では意思決定能力については曖昧であった、あるいは意見の一致していなかった。2人の患者には進行性の身体的な病気があった。ほとんどの患者で、苦痛の理由は、環境の変化や自立の喪失を受け入れられないことであった。いくつかの事例では、罹患した病気よりも自閉症スペクトラム障害とともに生きることにまつわる苦しみが語られていた。中には、患者の感じ方を理解できにくくて困った医師もあった。共通していたのは、治療拒否があり、そこから医師がEASが残された唯一の選択肢だと結論付けるに至っていたこと。社会的状況と、患者が予後についてどのような説明を受けていたかについては、詳細はなかった。


Conclusions

Autonomy and decisional capacity are highly complex for patients with intellectual disabilities and difficult to assess; capacity tests in these cases did not appear sufficiently stringent. Assessment of suffering is particularly difficult for patients who have experienced life-long disability. The sometimes brief time frames and limited number of physician-patient meetings may not be sufficient to make a decision as serious as EAS. The Dutch EAS due care criteria are not easily applied to people with intellectual disabilities and/or autism spectrum disorder, and do not appear to act as adequate safeguards.

結論

知的障害のある患者では自律と意思決定能力は非常に複雑で、アセスメントも困難である。これらの事例での意思決定能力審査は十分に厳格であるとは見えなかった。生まれてからずっと障害があった患者では、苦しみのアセスメントは特に困難である。時として短い期間内となりがちな、限られた回数の医師と患者の面談では、EASのような重大な意思決定には十分ではない可能性がある。オランダのEAS相当注意基準は知的障害および/または自閉症スペクトラム障害のある患者には簡単に適用できるものではなく、適切なセーフガードとして機能しているとは見えない。


本文の分析と考察は、
相当注意基準の項目に沿って行われており、
それぞれの箇所で印象に残ったことのみ、メモとして以下に。

冒頭、
精神疾患・障害のある患者へのEAS、66例のサマリーを調べて
同様の結論に至ったKimらの先行研究からの引用が興味深い。

精神疾患・障害のある患者へのEASでは、複雑で苦しんでいる患者からの要請には多くの場合、医師による判断が多々必要となる。オランダの事後的審査システムでは、一般的にEASを行った医師に判断がゆだねられている。
Kimらの論文 p. 367


Finlayらが立てる問いは、では、
患者の要請が認められるかどうかを決めるそれほど重い責任を負ったオランダの医師は
弱者の立場に立つ患者の状況に相当注意基準を当てはめるに当たって、
どのような困難に直面しているのか。


自発的で十分に熟慮した上での要請'

英国のMCAなどと同じくオランダ地域審査委員会の実施基準も
意思決定能力は、そうではないとのエビデンスが出てこない限り「ある」と前提する。
加えて、評価者の主観が入らぬよう、意思決定の結果よりも理解能力を重視することとする。

医療をめぐる患者の意思決定能力については、
一般的に4つの能力からなる「アペルバウム基準」が用いられている。

「アペルバウム基準」とは、
水野俊誠、2005「インフォームド・コンセント2」赤林朗編によれば、以下。

(1)治療上の意向や選択を表明する能力
(2)開示された情報を理解する能力
(3)理解した情報が当人の状況にあてはまることを認識する能力
(4)治療についての情報と当人の意向に基づいて論理的に思考する能力


著者らは、しかし現実の意思決定は、このように合理のみで行われるのではなく、
感情や価値観やその人固有の人生や、直感、状況などにも左右されることを指摘しつつ、
しかし現状では上記が法的準とされているため、それだけに
知的/発達障害者の意思決定能力のアセスメントには厳格さと透明性が必要、と。

たとえば、2015年のケース24 の耳鳴りのある女性のように、
知的障害がある場合、何度も要請を繰り返すのは、
他の治療の選択肢を十分に理解できていないためかもしれず、
それを簡単に一貫性だとか、意思決定能力があるためだと捉えるべきではない。

この耳鳴りを訴えて安楽死した女性、
おそらく、こちらのGabyさん → https://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/64438721.html
(そうか、障害のある人だったのか……)


さらに、知的・発達障害があると、
それまでの人生で自己決定の体験が不足していることもあり、意思決定支援が不可欠。
しかし、オランダのサマリーにはそうした支援について触れられていないし、
家族や身近な人の関与もないことが多い。

英国では、知的障害のある人の医療・福祉サービス提供では
家族とケアラーを含め、意見を求めることが患者の安全確保に重要とされる。
オランダ政府の指針では多様な専門職とケアラーの関与がもとめられているが、
サマリーには、医師が患者をよく知っている家族とケアラーの意見を求めたエビデンスはない。


改善の見込みのない耐え難い苦痛

この点は、オランダのEAS制度では、
事後的な審査が行われる段階では患者は既に亡くなっており
医師の判断の正しさの検証は不能であるとの理由から、
医師の判断は不問とされている。

著者らは
「このため、苦しみのアセスメントはひとえに医師の肩にかかっている。
医師らの決定の重大性を忘れないことが重要。なんとなれば、
苦しみは耐えがたく改善の見込みもないと(2人の医師が)合意することは、
その患者にとっては生きているより死んだほうがベターであると
最終的に合意することなのだ」

この点については、2016年のケース48の自閉症スペクトラム障害のある女性の場合、
医師は何度かの往診を経ても彼女の苦しみが理解できなかったにもかかわらず、
自閉症スペクトラムの人は苦しみの感じ方が違うのだという精神科医の言葉を信じている。

苦しみの程度をアセスメントする際に障害によって基準が下げられるなら、懸念がある。

また、もともと不治である、生まれつきの障害が苦しみの理由だったケースが3例ある。
法的には、苦痛が身体あるいは精神的なconditionによるものであることが必要だが、
ここに先天的な障害まで含まれるかどうかは曖昧。

著者らは
「ここにはdiagnostic overshadowing(医師の偏見が診断に影響すること)の可能性がある」

diagnostic overshadowing については→https://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/65160369.html

2016年のケース03は、進行した腫瘍のある人で、
委員会の年次報告書では,知的障害がある人でもEASを選択できる例として強調されているし、

合法とされる地域では、知的/発達障害があるために
障害がない人と同じことが認められないというのは差別になるが、

特にケアへの依存度が高く、人とうまくやれないとか人と接する場が苦手、
あるいは治療に協力的になれないなどの傾向のある人では
苦しみが障害そのものの性質に関係している可能性もあり、見分けは困難。

知的障害のある人たちの命は社会全般に軽んじられており、
医療専門職の価値観に基づいた不適切な意思決定の結果、
障害のない人よりも寿命が短いとの調査結果も近年、続いている。

(ここで参照されているのは、拙著・拙ブログでも詳報した
メンキャップの2012年の報告書「無関心による死」
2015年のNHS における死亡事例の調査報告書
それから、こちらは未読の論文 →https://www.journalslibrary.nihr.ac.uk/hsdr/hsdr01130/)


十分な情報提供

これだけ重大な意思決定では、軽度の知的障害の場合にも十分な支援が必要だが、
報告書からは、医師がどのように説明したのか不明。


取りうる妥当な選択肢がほかにない

相当注意基準では医師と患者がパートナーシップの下に意思決定することが求められるが、
知的/発達障害のある人がそれだけの信頼関係を築くには時間がかかる。
もともとの主治医が関与を拒否したために、治療関係の短い医師が判断したケースや、
医師の間で更なる治療が可能かどうかの見解が分かれたのに認められたケースも。


独立した医師によるセカンド・オピニオン

一回の診察でセカンドオピニオンを出すことは
知的/発達障害がある人では不適当。


研究の限界

サマリーはサマリーに過ぎず、
イライラするほど定型句の繰り返しが多く、個別の状況は見えてこなかった。
知的障害について病歴の中にさらりと書かれているだけ、というも事例もいくつかあり、
知的障害については報告が十分に行われていない可能性も。
関係した医師、家族、ケアラーへの詳細な聞き取り調査が必要。

一方、オランダでは、これらのサマリーが判例法扱いとされており、
その意味では、RTEも医師の審査を厳しくしたり意思決定能力を認められる閾値を上げようとは
さほど意図していないようにも思われる。

ただ、検証した事例の3分の2は当初の要請が却下されており、
2012年の安楽死クリニック最初の1年の却下が総数645件の半数だったことを考えれば、
判断は慎重に行われているといえるのかもしれない、とも。

ちなみに、著者の一人、Ilora Finlayは、
英国の緩和ケア医で上院議員(今もそうかは?)で
一貫してPAS合法化に反対してきた人です。

この記事に


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