障害と医療

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このところ、オレゴン州でPASの要件緩和の議論が続いていましたが、

余命15日以内と見込まれる人については、要件が緩和されることに。

オレゴン州の尊厳死法では、PASを希望する人は、
口頭でPASの希望を表明した後、15日を置いてから書面で要望し、
その後、48時間後に致死薬を手にすることができるのですが、

余命が15日以内と見込まれる人では、
口頭での要望後に書面にするまでに15日間を置く必要がないことになりました。

この動きを主導したのは、やはりC&Cのようですが、
セーフガードが十分でなくなる、という批判も。


Lambertさん、死去

生命維持停止から9日目。




【14日追記】
毎週土曜日に届くBioEdgeのニュースレターがこの件を取り上げて、
以下のように書いている。

Michel Houellebecq and Pope Francis are two names seldom found in the same sentence. Yet they are united in decrying the death of Vincent Lambert, the disabled French nurse who died this week after having his food and water removed.

Being the head of the Catholic Church, Pope Francis’s views are, and are supposed to be, predictable. But Houellebecq, France’s most acclaimed and controversial novelist, is hardly a spokesman for traditional values. His novels are grotesque, nihilistic, pornographic, vulgar, cynical, and misogynistic. But, with the unsparing honesty of a true artist, he sees exactly what was going on:

"Vincent Lambert was in no way prey to unbearable suffering, he was not suffering any pain at all (...) He was not even at the end of life. He lived in a particular mental state, the most honest of which would be to say that we know almost nothing …

As he points out, it is ironic that France’s minister for health is called the “Minister of Health and Solidarity”. Solidarity with whom?


3月26日に亡くなったショーケンは何人目かの「初恋の人」なので、
中学生時代を彩ってくれた人を偲びつつ読もうと思って、
(買おうかどうか迷ったのだけど、まずは図書館で読んでみて決めようと)
図書館にリクエストを出しておいたら、

なんとNHKの「いだてん」に高橋是清役で登場するという、
待ちに待った今日のこの日に「リクエストが届きました」のメール。

さっそくに図書館に走り、
初めて見る「いだてん」を挟んで一気読みした。

そして、その終わり近くになって、
思いがけない箇所に出くわした。

235ページ。小見出し「安楽死のイメージ」

うっ……てな感じだった。小見出しを目にした瞬間。

読みたくないな……という感じも、ほのかにあった。
でも、まぁ大好きな人のことだから、読まないという選択肢はなく。

そしたら、ものすごい「安楽死」が書かれていた。

こういう「安楽死」を語った人は、これまでいなかったんじゃないだろうか。

なので、以下に。

 私の場合、今の段階ではもう手術という選択肢はなくなった。最期がいつになるか、明日なのか、それともずっと先なのか。それはまったくわからない。

『不惑のスクラム』の撮影に入る前の2018年6月、医師に私の余命を聞いた。

「一年半です」という答えが返ってきた。

 病を患ったことは、もちろん不愉快だし重く苦しいことだ。けれども、これもまた私の人生における難関だと考えている。悔いのない人生を送ることで難関を乗り越える。だから何がなんでも治そうとは思わない。病を抱えたままでいい。

 一日一日を大切に生きようと思った。「大切に生きる」というのは、必死で勉強することでもなければ、心を入れ替えて暮らすことでもない。

 ただ、一日をゆったりと過ごす。怠惰に暮らすわけでもなく、お迎えが来るのであれば、それに逆らわないということだ。

 私がずっと考えているのは「安楽死」だ。ここで言う安楽死とは、病院で苦しまずに安らかに息を引き取ることではない。

 体の苦痛のことを言うならば、結局それは自分にしかわからない。死を控えて私が苦しんでいるのを見守る人間は別の意味で苦しいのだろうが、私以上には私のことはわからない。

 私の言う安楽死とは、自分が逝くとき、逝った後のことを含めて不安に陥らず、心安らかなまま人生を閉じることを指している。

 世間は有名人の死に際し、最初はその業績をなつかしみ、たたえはする。けれども、やがて血縁や相続をめぐって取り沙汰し、没後の魂を汚すことさえある。スキャンダルの標的にされ続けてきた私の場合、そんな「その後」が容易に想像できる。

 それはどうしても避けたいと思った。これまで懸命に私を支えてくれた妻が苦労しないための準備をしておきたい。それが最後の務めだと思っている。

 残された人間が「最後は穏やかだった」「安心しきっていた」と温かな灯りを抱いて見送り、その灯りをともし続けてほしい。そのとき、私は初めて心置きなくこの世に別れを告げることができるだろう。
(p. 235-6:ゴチックはspitzibara)


ここにある「安楽死」のイメージは、
BBCのクルーを伴ってスイスへ行き、プライシク医師の幇助を受けて自殺したBinnerさんの死の
ちょうど対極にあるもののような気がする。

【Binnerさんの妻デボラさんの手記に関するエントリー】
スイスで医師幇助自殺遂げた夫に、妻の慙愧(英)(2018/11/18)
Deborah Binner ”YET HERE I AM One Woman’s Story of Life After Death”(2019/3/29)
「18トリソミーの子どもたち写真展 in 広島」を見に行った。


2015年生まれの宮崎の子どもさんのパネルに、
とても気になる記述があった。

医療の考え方の違いから地元の宮崎で出産できなかったので、
ご縁をいただいて広島の地で生まれました。


日本の医療現場にも「無益な治療」論は確実に存在している。
カナダ内科医学会誌CMAJにおいて、
カナダの複数の医療関係機関に所属の医療専門職から成る委員会から
安楽死後臓器提供に向けたガイドラインが発表された。

論文のサイト ⇒ http://www.cmaj.ca/content/191/22/E604

医院を送ったのは、
Canadian Blood Services,
the Canadian Critical Care Society,
the Canadian Society of Transplantation,
the Canadian Association of Critical Care Nurses

委員長は、救急医療と緩和ケアの専門医でMAiD推進派である James Downar医師。

バイオエッジによると、主要論点は以下。日本語は、ごくあらましな要約のみ。


Medically suitable, conscious and competent patients who provide first-person consent to end-of-life procedures should be given the opportunity to donate organs and tissues. Patients who seek MAiD or WLSM [withdrawal of life-sustaining measures] should not be prohibited from donating organs and tissue.

MAiDまたは生命維持措置の中止に同意能力を要する患者には臓器または身体組織の提供を禁じるべきではない。

The patient must have the ability to provide first-person consent to MAiD or WLSM as well as to organ and tissue donation. The individual should be informed and understand that they may withdraw consent for MAiD or donation at any time, and that withdrawal of consent for donation does not affect their consent for, or access to, MAiD or WLSM.

対象となるのは、臓器と組織の提供と同時にMAiDまたは生命維持中止に本人同意が可能な患者。いつなんどきでも撤回可能であること、撤回しても終末医療への影響はないことを周知の上で。

The dead donor rule must always be respected. Vital organs can be procured only from a donor who is already deceased; the act of procurement cannot be the immediate cause of death.

デッド・ドナー・ルールは堅持。死後に摘出。

To avoid any real or perceived conflict of interest, health care practitioners should separate the decision regarding WLSM or MAiD from discussions concerning donation. Providers who are assessing eligibility for MAiD should not be involved in donation discussions.

終末医療と臓器提供の意思決定は独立して行われること。MAiDの審査に関わる医療職は臓器提供の話にはかかわらないこと。

People with amyotrophic lateral sclerosis and patients with other nontransmissible neurodegenerative diseases should be offered the opportunity to donate organs after their death.

ALSその他の非感染性進行性神経疾患の患者にも死後提供の機会は与えられること。

Health care professionals may exercise a conscientious objection to MAiD or WLSM specifically, but they should strive to accommodate the wishes of the donor by ensuring that their objection to MAiD or WLSM does not impede the ability of the patient to donate.

MAiDや生命維持中止に対する医療職の思想信条による反対は認められるにせよ、それにより臓器提供可能な患者の意思が尊重されないことに繋がってはならない。





なお、これまでに安楽死後臓器提供が行われているのはベルギーとオランダ。
詳細は以下のエントリに、リンク一覧他。

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