どうする、利根川? どうなる、利根川? どうする、私たち!?

八ッ場ダムを中心としたダム・河川の話(工学、法律、歴史)。なお、緑色がリンクです。

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 6/29、国交省と水資源機構は栃木県の思川開発事業(南摩ダム)について、関係自治体の「検討の場」を開催しました。ここで、事業に参加する栃木県は思川開発事業によって得る水利権を活用する水道事業について、いまだに水道事業計画を計画化していないことが問題になりました。
 思川開発事業を通じて、栃木県が南摩ダムに獲得する水利権0.403㎥/秒の事業費は64億円になります。つまり、64億円という高額の事業費をだしてダム事業に参加するのに、その水源は確実に遊休化するということです。どう考えてもおかしいですよね。
 この点は、思川開発事業の住民訴訟(栃木県では、八ッ場ダムのほか、湯西川ダム・南摩ダムの3ダム訴訟として、訴訟が進められています)で、既に原告が指摘してきたことでした。
 漸く問題視されるようになった 「水道事業の不在」問題が、今後どのような展開を見せていくかわかりませんが、この点を少しブログで解説してみたいと思います。まず、はじめに思川開発事業の概要から説明したいと思います。

 思川開発事業の中心となるのは、南摩(なんま)ダム計画です。南摩ダムは栃木県鹿沼市上南摩町に建設が予定されているロックフィル式ダムで、建設は水資源機構(旧・水資源開発機構)が担います。

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(注) ①=南摩ダム(計画中)
    ②=行川ダム(1994年計画立案、2002年中止)
→大谷川から取水した水を南摩ダムに導水する上の中継ダムとして計画されました。
    ③東芦川ダム(栃木県)
→県の計画ですので思川開発事業とは別事業です。同ダムも2003年に中止されました。
 
 まず思川(おもいがわ)および周辺河川の位置を確認します。それは、周辺河川の位置関係を把握していることが、思川開発事業では重要だからです。
 南摩ダムが建設予定の南摩川は、思川の支流です。思川は渡良瀬川の支流で、渡良瀬遊水地の手前で渡良瀬川と合流し、左岸・古河、右岸・栗橋(久喜市)地先で利根川に合流します。現在の河川法は水系一貫管理ですので、南摩川→思川→渡良瀬川→利根川と繋がっている以上、南摩川も1級河川として管理されることになります。

 思川開発事業は、当初は1964年に計画されました。この1964年という年は「オリンピック渇水」といわれた大渇水が東京都内で生じた年ですが、小河内ダムの完成(1957)後も東京都の浄水場は150%以上のオーバーロードを余儀なくされ、オリンピックを控えていた東京でこのような状況にあったことは国家的レベルの政治課題となっていました。
 「東京砂漠」と称された大渇水は1962年ですが、この大渇水の翌年(1963)には、東京都水不足緊急対策会議が建設省に、東京都水道対策連絡会議が厚生省)に設置されています。また、同年に中川・江戸川緊急拡張事業(金町浄水場を日量40万㎥に拡張)が始まっていますが、この拡張工事に当たっては、特別枠での起債が許可されています(1963.3.8、毎日)。

 こうした中、当初の思川開発事業は立案されるわけですが、計画から50年経って、当初計画と現行計画は違いが生じています。
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 上図は、現在の思川開発事業の概要地図です。
 先にお話したように、南摩ダムが建設される予定なのは、思川支流の南摩川です。思川開発事業は、この①南摩ダムとともに、②大芦川導水路(7km)、③黒川導水路(3km)という2つの導水路と、2つの取水・放流工を建設する導水事業からなっています。
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 事業の中核となる南摩ダムは、堤高86.5m、総貯水量5,100万㎥(八ッ場ダムが10,750万㎥ですので約半分)のロックフィル式ダムです。ロックフィル式ダムというのは、岩石や土砂を積み上げて建設する型式のダムで、地盤が堅固でなく、コンクリートダムの建設が困難な場合に建設されることが多いダムです。
 思川開発事業は、他に2つの導水事業があります。なぜ、2つの導水事業が必要かですが、聞いてびっくりされる方が多いと思います。それは、南摩ダム単独ではダムに水がたまらないからです。水がたまらないダムという欠陥を補うため、導水事業が必要なのです。
 
 南摩ダムの集水面積(ダム上流の流域面積)は、わずか12.4k㎡しかありません。これで総貯水量5,100万㎥の水をためようというのだから、話に無理があります。比較として、八ッ場ダムの数字を見ると、八ッ場ダムでは集水面積707k㎡に対し、総貯水量10,750万㎥ですもっとも、八ッ場ダムに水をためるためには、既設の水力発電所に送水されている水量をストップしなければならず、多額の減電補償が必要という問題が有ります。この話については八ッ場ダムができると、水力発電量が大幅に減少」をご覧ください。
 
 話を戻します。
 総貯水量と集水面積が全然つりあっていない南摩ダムですので、南摩ダム単独ではダム内に水を溜めることができません。普通なら、そうした地点にダムを作ることを断念しそうですが、ここが国の恐ろしいところで(南摩ダムは水資源機構の事業です)、自然に溜められないのなら、どこからか水を引っ張ってくればいいと考えるのです。それが、2つの導水路事業であり、思川開発事業は、自然の摂理に逆らった自然改造計画といえると思います。
 南摩川周辺は、川が北西から南東へ斜めに流れています。
 斜めに流れる川を南から見ていくと、順に①南摩川、②大芦川、③黒川、そして④行川(なめかわ)とあります。この4つが思川支流の小河川で、更に上流には、鬼怒川水系の⑤大谷川があります。
 現在の計画は、南摩ダムに水を集めるため、③黒川→②大芦川→①南摩川と結びつける導水事業を行うものでした。この導水事業の距離は総計10kmになります。
 しかし、当初計画(1964)はもっと遠くから水を導水するものでした。今、南摩川の上流には、②大芦川、③黒川、④行川(なめかわ)、鬼怒川水系の⑤大谷川があると言いましたが、初計画は最も遠い大谷川から導水するものであり、距離にして20kmの導水事業でした。20kmも離れた大谷川が、南摩ダムの補給源に位置づけられたのは、大谷川が水量豊富な河川だったからです。

 話が長くなってきました。
 これでいったん打ち切り、明日、続きにします。

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