初めに
56話 慈愛「慈愛って言うか、無償の愛って言うか、そんな感じかなぁって。」 桜は夕紀の正面に座り、 釜から出されたばかりの温かいビザを口へ運んだ。 久しぶりのお酒のせいで頬が少しほてっているのが自分でもわかる。 場所は御茶ノ水。 明治大学のすぐ近く、地下にあるイタリアンレストランだった。 突然の雨に見舞われたその日、 桜たち二人は彼の主演した映画の試写会に足を運んでいた。 時間がゆっくりと流れる、温かい映画だった。 森のにおいや、 冬の入り口の風の冷たさ、 土の温かさに、 波の音・・・。 映像をみるだけで、桜は実家のある秋田の田舎を一瞬で思い出していた。 そういう田舎の自然を 丁寧に、綺麗に、温かく、撮ってある映画だった。 そんな田舎に何の違和感もなく、 彼の演じる田村さんという人が存在していた。 違和感が無いのに、引き立っていて、 映画の持っている温かさは 彼がかもし出している温かさではないかと思うほどだった。 原作を読んだときに感じた彼と「田村さん」とのギャップ、 「民宿の田村さん」を徳井さんが演じたら、ちょっと繊細すぎるんじゃないか というギャップは、良い方向に裏切られていた。 彼の持っている繊細さや、“憂いを帯びた雰囲気”が 原作にはない田村さんの過去をより際立たせ、 原作とは違った田村さんになっていた。 とても素敵な映画だったし、 彼はとても素敵だった。 そして何より、切なかった。 映画の中の季節と同じで、 桜のいる東京も、いつの間にか秋の入り口。 突然の雨の冷たさが堪える季節だった。 彼への気持ちが“恋”から“慈愛”に変わったと気付いてから、 桜の心は終始穏やかだった。 もちろん彼に会いたいし、 今でも抱かれたいと思っていた。 けれど今の桜の中には、それよりも強い思いが顔を出していた。 「私、徳井さんがいてくれて、本当に良かったなって思うんだ。 なんか・・・、最高の人に救ってもらえたなって。」 桜はゆっくりと夕紀に話していた。 「10分の1の確率で起こる流産とか、 8万分の1の確率で起こる難病とか、 別にあの人とは全く関係ないんだけど、 だからこそ、救ってもらえたって言うか・・・。 徳井さんと出会って、メールして、 もしかしたら会えるかもってドキドキして。 全ての人に起こりえない、不幸といわれてる出来事が 全ての人に起こりえない、特別な人との出会いによって 自分の中では帳消しになった、っていうか。 時々、すごく悔しかったり、苦しかったりするのが 彼がいたから、耐えられたっていうか・・・。 だから、ほんと、いてくれて良かったって いてくれて、 出逢ってくれて、 私の人生と交差してくれて、 ありがとうって、思うんだ・・・」 好きな人の 素敵な姿を見たあとに ちょいとほろ酔いで 好きな人の話をする。 なんで好きなのか どこが好きなのか どれくらい好きなのか 彼との出会いからすでに2年。 桜の傷は段々と、そして十分に癒されていた。 特別な、彼によって。
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