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2007年後半位から、仕事の忙しさを理由に、お運びやお参りから足が遠のいていた。
仕事がうまく行かない。=>趣味に逃げる。この繰り返しであった。
このような状況下での失業を経験し、頂いた御蔭について体験談を記述させて頂きます。
まず、辯才天様から頂いた御蔭について記述します。
今年、6月26日から百日参りをさせて頂くことを、御本尊にお伝えし、宇賀山妙音院如意寺へ百日参りを実行させて頂いた。
祈願事項は、妻の身体健康と私の再就職。
御蔭
1.本年夏、両親の税金に関する大きな負担問題が解決。私が失業していた為に時間を割くことができ解決。
2.妻の神経痛が治癒するために「身体健康」を祈願するが、症状はあまり改善せず。その代わりに、妻の癌と疑われる腫瘍が消失していた。
3.百日参りが完遂でき、両親の税金問題も解決してすぐの9月下旬から10月にかけて、希望職種の募集が急増し、10数社に応募できた(これはそれ以前の6か月分くらいの量)。そして、10月末と11月初旬に面接があり、内定を得て、第一希望職種先に就職。
以上に至る詳細を以下に記述致します。
記
2009年4月に26年勤務した会社が、事実上の吸収合併に見舞われた。会社の収益に関する状況が分かる位置にいた私には2006年位から、会社は一部の事業を売却してリストラするか、合併でしか生き残れないと予感していた。
トップの判断は、対等合併であったが、資金的なバックが無い会社には主導権は握れないとの予想が的中した。
同年夏に希望退職が募られた。会社が退職のターゲットにしている社員には執拗に退職勧告がなされた。
私には、強い退職勧告がなされなかったが、旧本社勤務の社員や特定事業の社員へは強い退職への働きかけがなされた。ノイローゼで入院する人まで出る状況。
私も希望退職起源ギリギリまで熟慮したが、既知の有能な先輩・同期などが次々に退職を表明している状況を考慮し、希望退職に応募した。
私が応募したのは受付期限の1週間前であり承認されたが、その翌日に希望退職を申し出した人は定員オーバーを理由に受付を拒否された。希望退職は、850人の募集に対して1250人の応募であった。
2009年10月末に退職後、希望職種を探すが応募可能な案件は、月に0件から2件と少なく、面接には至らない。
第2希望職種では、数社面接まで至るが採用されない。自分より能力的に劣ると思われる人がどんどん就職していく。
採用されそうになった案件は、アウトソージング会社で80名の部下を抱える事務センター長であったが、年収が低く、インハウス先は大手生保であり、その交際費と部下の大半が25歳から30歳が中心であることからくる冠婚出費を考慮すると、現在の生活が維持できそうにないので採用辞退した。
48歳の失業者の再就職は第一希望職種への再就職は困難であると実感した。
2010年3月 同時期に希望退職した人の6割が再就職。再就職を決めた人の大半は、第二希望の職種である。
2010年3月 私が退職した会社が産業活力再生特別措置法申請。
2010年7月 同時期に希望退職した人の8割が再就職。(アルバイトも含む)
2010年6月26日 妻が神経痛に悩まされている事を知り、御本尊様への百日参り開始。
2010年7月中旬 両親に関する税金問題発覚。
2010年8月初旬 妻が人間ドック受診。しかし、8月半ばに届いた結果通知開封せず放置。
2010年10月 百日参り成就。
2010年10月中旬 両親の税金問題解決。
私が就職できなかったのは、これを解決する時間を御本尊が与えてくれたと母が御本尊に感謝。(11月)
2010年10月中旬 妻が8月の健康診断を開封。胸に7mmの腫瘍らしきものがあり、癌検査の指示あり。妻の家系は祖父・父共に癌で亡くなっており緊張感が走る。その翌々日に癌検査受けるも、腫瘍の痕跡なし。御本尊が、癌を治癒して頂いたと感謝。
2010年10月下旬 採用応募に7社応募し、内1社面接。
2010年11月初旬 採用応募に6社応募し、内1社面接し、本来なら3次面接で採用決定のところ、二次面接で採用決定。失業保険支給の切れる寸前に第一希望職種先へ再就職。
以上
感謝。おんそらそばていえいそわか。
尚、百日参りができない方は、お百度参りをなされると良いと思います。
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