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喉元過ぎれば・・・・大学を出て就職した私も同様であった。
仕事が面白く、数々のお陰を頂いている事に気付かず、弁天宗から遠のく足。
29歳位の時、祖母が話してくれたことがきっかけで、お運びを始めた。祖母の話の内容とは・・・
1)祖母の話
28歳を超えても結婚しない私を不憫に思った祖母は、よく当たると評判の霊能力をもつ人3名に、私がなぜ結婚しないのかを観てもらった。(当時、男性の結婚平均年齢は28歳位で、近所の私の同級生たちの大半が28歳までに結婚していたことがその背景にある。)
その結果は、
一人目・・・・この人は本当に生きているのか、私を試しにきているのか。仮に生きていたとしても下半身不随であろう。
二人目・・・・この人は、交通事故で下半身不随であろう。
三人目・・・・この人は、成人するまでに左目を失明している。また、下半身不随ではないのか。
祖母が、そうではなく五体満足に生活していると答えると、3名とも驚いたというのである。
2)私の過去
①12歳までに、3度左目に傷を負っている。左目じりが2回・左目瞼の上が1回。
1回目は、幼稚園児の時、神社で遊んでいて倒れ、石塔の角で負傷。(今でも神社だけは、入るのに抵抗感がある。)
2回目は、小学3年生の時冬の雪道で、バイクに跳ねられたときに負傷。現場検証した警察官が、これだけの距離飛ばされて、右腕骨折と瞼の上の裂傷だけとは奇跡的だと言っていたことが印象に残っている。
3回目は、小学6年の時、山岳の下り坂において自転車で高速走行している時に、停止しているトラックの角に当たり負傷。
②トラックと正面衝突の危機
大学の3回生の時に、倶楽部の仲間5名と車で北海道旅行をした。
信州での合宿のち、敦賀の友人宅へ向かい、更にフェリーで北海道に向かった。
初めてのフェリー乗船で、友人も私も睡眠不足であった。
北海道の道は直線が多く、居眠りしやすい道が多い。だから、ドライバーの居眠り防止役として、助手席に座ったものは絶対に居眠りしない約束で車の旅を続けた。
ある時、ふと目を覚まして社内を見ると他の4名は熟睡中、誰が運転しているのかと思ったら自分が運転していた。
正面を見るとカーブに差し掛かり反対車線を走行する大型トラックが見えた。慌ててハンドルを持ち直し衝突は回避。この間は時間がゆっくりと流れ、すべてがコマ送りに見えた。
もし、目が覚めなければトラックと正面衝突していただろう。トラックが来なくても直進し、谷底に転落していたであろう。
3)高速道路玉突き事故の危機
27歳の頃、高速道路の右車線走行中、右カーブで水たまりの影響で車のテールが左に流れ車が道路をふさぐような型に移行しつつあるのが分った。
またも、時間の流れが遅くなり、すべてがコマ送りに見えた。このままであると、明日の新聞に事故の記事がのるだろーなーとまで考えていた。
500メートル後方に数台の車が迫っている。
道路の形状を再確認する。
ブレーキを踏むと後続車に追突される可能性が高い。アクセルを踏むと、右前方が側壁に当たることが予想できた。
そう思った次の瞬間にアクセルを踏んでいた。
車の体制は立て直したものの右前方が側壁に接触。
更にアクセルを踏む。右前方接触の勢いで車前部は左に押された。
その結果、車は左の車線を直進できる体制となり危機を回避できた。
4)御本尊の御加護とお運び
私か認識しているだけで、左目の失明を3度お助けいただいている。
車での大きな事故も2回防いで頂いている。
きっと、それ以外にも沢山の御加護を頂いているはず。
これに気付いた時、お運びを始めようと決心しました。
御宗祖が祖母を通してお導き下さったのだと感じています。
5)御本尊様の御加護
医者に見放された不治の病を簡単に治癒させる力を持つ御本尊様の御加護、いついかなる時でも見守り頂ける御加護。
それをお伝えいただいた御宗祖様に感謝。
南無智弁尊女
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