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昭和10年台のこと、子宮ガンで医者から見離された婦人が十輪寺を訪れ尊女に助けを求めた。
この婦人の嫁ぎ先の因縁は深く、弁才天のお答えは、100日続けて日参すれば助けるとの御神示であった。 婦人の自宅から十輪寺までは、車の無い時代なので片道3時間から4時間を要した。 婦人の夫は彼女を毎日リヤカーに乗せ日参した。 その御蔭で彼女の子宮ガンは治った。夫婦愛が癌を克服した。
尊女は弁財天に、日参不可能な距離に居住する人々を救う方法を求めた。 御神示は、お百度石を設置し、門前からお百度石を1度回ることで、1日日参したものとみなすとの内容であった。
こうして、昭和18年に『お百度行』が始まった。 ※十輪寺=現在は、宇賀山妙音院如意寺(総本山)
奈良県五條市野原西4-6-25
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これは実際に本人が語ってくれたお話です。 静岡県に在住の主婦の体験談・・一人でも多く同じ状況の方が救われるようにと彼女は全国を回っています。 彼女は結婚するまでは不自由のない生活をしていた仕事の出来るOLであった。 結婚後も幸せを感じていた。夫の両親と同居し、そして、子供にも恵まれた。 しかし、ある日のこと彼女はふとこう思った・・『私はこんなにも家族に尽くし、両親にもつくしているのに、なぜ義母は私に冷たい態度をとるのであろうか?』 そして程なく、彼女は躁うつ病に浸潤されていった。家財を壊し、子供の目の前で刃物を振るうまでになった。 家族の計らいで、彼女はいくつもの精神病院に通院・入院させられたが、症状の改善はなかった。むしろ、悪化する一方であった。更に、著名な加持祈祷師を数え切れないくらい訪問しても同様であった。 そして、とうとう彼女は大阪の実家に帰されることとなった。 彼女を引き取ったのは実の姉であるが、姉は既婚者でその夫は自営業を始めたばかりで生活も安定していなかった。 姉は寸暇を惜しんで働く中、彼女を五条の蓬莱山御廟へ案内し、石畳の上で三礼し彼女の病が治るようにと祈り続けた。 心神喪失状態であった彼女は、当時のことは殆ど記憶していないが、姉の祈る姿と自分の頬を伝うとめどなくあふれる涙の暖かさは今でも鮮明に記憶に残っていると語ってくれた。 その後も、彼女の病状は少し良くなった程度で小康状態を保っている程度であった。 ある時、姉の導きで彼女は『お運び行』を始めた。最初は何を聞いているのか判らない状態であったが、徐々にお話の内容も理解できるようになった。それと並行するように、躁うつ病も回復に向かった。 彼女がお運び行を通じて、最も大切と感じたのが『ご先祖への感謝』であった。 そして、彼女は完全に本来の自分を取り戻した。夫の家族と同居できるまでに回復した。静岡に帰ってからも彼女のお運びは続いた。 義父は諦めていた彼女の回復に驚き、彼女にお運び行の内容を質問した。義父はその内容を聞き、義父もお運びに参加するに至った。 そして、義父は自宅にご仏壇を構えご先祖を祭りたいと行動を起こした。彼はその昔、今の妻と駆け落ちし静岡に居住した関係でご先祖供養とは縁のない生活を送っていた。その妻も結婚前後も仏壇に手を合わせることの無い生活を送っていた。 彼女と義父は、義父の実家の菩提寺を訪れたが、すぐには判明しなかった。暫らくして、住職から前任の住職ならその内容がわかるかもと聞かされ、その人と会い大半のご先祖が判明した。(この少し後に、この住職は他界。運命の数奇さを感じたという。) 自宅に仏壇を構え祈る義父の姿を見て、義母も自然と手を合わせるようになった。不思議とすべてが幸福に向かって循環し始めた。 義母は彼女と義父の変わりように驚き、感嘆しお運び行を始めるに至った。 その後少しすると、新たなご先祖が次々と判明した。 92歳になる義母は、今でも欠かさず感謝祭に参加している。家族円満に幸せに暮らせるのは弁天さまの御蔭と礼拝も欠かさない。 以上、拙い表現で申し訳ありませんが、最後までお読みくださった方に感謝の意をささげます。 南無智弁尊女 |
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元旦に、飛龍山冥應寺 に初詣をさせて頂いた。ここで反省をひとつ。
周囲に人がいるときは、周囲に聞こえない程度の音量で御経を上げさせていただくが、盆と正月等のイベント時は参拝の方が多く、本堂は、ざわついているので、ついつい大きな声で御経を上げてしまう。
それを前に座っている方から注意された。自分自身の気配りの無さに反省。心の位置が高いことに気付く。
実は、私も数年前までは、今回注意された方と同じ思いを抱いていたのに・・・(口には出さないけれども)
最近は、お経を手に取りつつ唱えるスタイルに変更した。これなら、周囲がザワザワしようが、大きな声で御経を唱える方が居ようが、お経の唱え間違いが発生しないからである。また、雑念も発生しにくい。
だから、元旦にお参りの時、周囲の方が大きな声で御経を上げていても、気にならなかった。未熟な私には、
お経を手にしていない方には、迷惑に感じる方もいらっしゃるはずだということに気付かなくなっていた。
お経を手にして居る人は、1割から2割程度である。 本来なら、お経を手にして唱えるのが基本ではあるが、そうされない方が多いのも現実である。
私の心のどこかに、それをしていない事が良くないといった意識があったのではないか?そう意識するのは、心の位置が高いからと気付かされた元旦であった。感謝。
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その昔、よく上司(役員)に言われたこと・・・
不幸になりたくなければ、宝くじを買うな。特に、1等賞が一億を超えるものは。
高額当選した人は、一人を除いて皆不幸になっているからと。
不幸にならなかった社員の女性は、3000万の当選で、そのお金で家を購入し、両親にプレゼントしたとのこと。
さて、一億円以上当選した社員の末路は・・・・破産・離婚・体調不良による死亡など、それまでの幸せが、いとも簡単に崩れて行ったとのこと。
徳という器の小さい人が、それよりも非常に大きなものを自分の器に詰め込もうとして、壊れていったのかも知れない・・・
例えば、水が半分入っているコップに、水道の蛇口から少量の水を入れれば、コップを水で満たすことはできる。
しかし、蛇口を目いっぱいあけると、その水は強い水流となり、コップに既に入っていた水を引き連れて出てゆく。そして、ほんの少しの水しか残らない。
更に、もっと強い水圧の水をコップにぶつけると、コップ自体が破損してしまう。
宝くじに当たり、なお且つ幸せでいるためには、自分自身の徳と言う器を大きくしておかなければならない。
私の器は大きくない。だから、宝くじを買わない。
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辯才天と辨財天の違いは、像の容姿からみると、辯才天 八臂像(持物=弓・箭・刀・矟・斧・長杵・鉄輪・羂索)・・・『金光明最勝王経 大辯才天女品』の所説に基づく像容に対して、辨財天 八臂像にして、頭上に老人面の白蛇=宇賀神を頂く。(持物=左―鉾・輪宝・弓・宝珠。右―剣・棒・鑰・箭)・・・『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠陀羅尼経』の所説に基づく像容となる。また、真言も異なる。辯才天(印度伝来の弁天さん=二臂・八臂)の真言は「おん そらそばていえい そわか」。これに対し、辨財天(日本式の宇賀弁天さん=八臂)の真言は、「おん うがや じゃやぎゃらべい そわか」(宇賀神王の勝れたる胎蔵[子宮]に帰依し奉る)と異なる。尚、『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠陀羅尼経』(『仏説大弁財天経』の中の一つ)。赤字の読み=ウガヤ・トンドク通常、この経典は”弁財天”の異名とされる”宇賀神王”(宇賀神将ともいう)の神徳を説いたもので、これは印度伝来のものではなく、中世の日本で生まれた和経である。
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