|
「台風一過」(今年は何回この言葉を使ったことでしょう)。
台風27号は予想よりも南に外れ、雨、風ともに思っていたほどではありませんでした。午後からは雨も止み久し振りに青空が戻ってきました。
雨続きの間に山裾は赤色から黄色の世界に変わっていました。
(写真を修正しているうちに油絵風になってしまいました。ちょっと面白いでしょう。言い訳かな)
我が家近くのオオイタヤメイゲツも今年は赤色の時期が短く早くも黄葉になっています。
オオイアタヤメイゲツは高さが5メートルを超え、葉も10センチ近くの大きさです。さらに葉の切れ込みが11片から12片あります。このため、「十二単」とも呼ばれます。
ヤマモミジも紅葉から黄葉に変わってきています。
こちらは切れ込みが7片に分かれています。里の「イロハモミジ」です。
二つの楓を押し葉にしてみました。
左がオオイアタヤメイゲツ、右がヤマモミジです。
今、外の気温は零度丁度。明日朝は零度以下の寒い朝になるでしょう。紅葉は黄葉へと変わり、それも落ちて木枯らしの季節を迎えるのも間近です。 |
草花
[ リスト | 詳細 ]
|
台風一過、小春日和を思わせる暖かい日差しを浴びながら散策していると、森の小道の脇に紫色の花の群落を見つけました。
紫苑です。農家の庭先で育てられていた種が飛び、野生化した群落でしょう。
平安時代から栽培されています。今昔物語に亡き父親を偲んで兄弟二人が墓の周囲に別別の花を植える話しがあります。兄はもう父親への思いに惜別しようと「忘れ草」を、弟はこれからも決して忘れまいと「紫苑」を植えました。
忘れ草は萱草(かんぞう)です。紫苑はその花を見ると心に思うことは忘れることはないと言われていました。
ある日、弟の夢枕に鬼が現れ「汝の優しい心根に感じ、未来が分かる力を授けよう」と言い残して姿を消しました。翌日から弟は明日の出来事が予想出来るようになって幸せな一生を過ごした、という説話です。
可憐な花にも関わらず「鬼の醜草」といった恐ろしい別名が付いているのもここからでしょう。
しをん咲き 静かなる日の 過ぎやすし
(水原 秋桜子)
春紫苑、姫紫苑は雑草として扱われ、見つけ次第、抜き取られます。それに比べて紫苑は観賞用に大切に育てられます。これ差別でしょうか。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- ブログバトン
|
トウモロコシの粒を大きくして色を付けたような植物。一体、何でしょうか。
マムシグサです。花はまるで鎌首を持ち上げたマムシ
のようです。
おまけに下部の茎にはマムシの縞のような紫色の縞模様があり、この名前が付けられました。あまり気持ちの良い植物ではありません。
サトイモ科で大きな球根があります。しかし、これは猛毒です。生食すれば口中から喉まで激痛が走り、唾が飲み下せなくなる場合もあります。
今年は毒キノコを食べて食中毒になる人が多いようです。キノコ採りにしろ、山菜取りにしろ注意が肝心です。 |
|
もう秋の長雨にはうんざりです。いつまで続くのでしょう。秋雨前線には早くどこかに行ってもらいたいですね。
小雨の中、傘をさして散歩していると森の小道の脇で群がって咲いている赤紫色の花が目に入って来ました。
釣舟草です。花の形が花器の釣舟に似ているのでこの名があります。
種が熟すとホウセンカのようにちょっと手で触れただけでも種を遠くに飛ばします。ここから英語では「Touch-me-not」。「私に触れないで」。花言葉にもなっています。
森の中に足を踏み入れると黄色い花の集団に出会います。
こちらは黄色の「キツリフネソウ」です。
どちらもやや湿った場所がお好みです。このほか白花もあるそうですがまだ見かけて事はありません。
溝の中で背の低い黄色い花を見つけました。何でしょう。
上から花を見たことが無いので分かりませんでしたが、宵待草でした。そう、大正ロマンの代表、竹久夢二が「待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬそうな」」と詠ったあの宵待草です。宵待草はこの詩のタイトルで、植物学的には「待宵草」が正しいそうです。
夕方になると花を開き、翌朝にはオレンジ色から赤色に萎んでしまいます。花言葉は夢二が詠ったように「儚い恋」です。「宵待草」と「待宵草」。どちらが風情があると名前だと思いますか。
森の木陰のところどころで緑がかった薄黄色の花がひっそりと咲いていました。
見てのご覧通り碇を集めたような花でその名も「花イカリ」。リンドウ科の花です。同じように碇に似た花で5月ごろに咲く花があります。こちらは「イカリソウ」。花の色は赤紫です。
それにしても花の名前を調べるのは難しいですね。頭がこんがらがって今夜は眠れそうにもありません。 |
|
7日は立秋でした。秋の始まりとは言うものの、これから猛暑の日が続くとの天気予報。うんざりでしょう。
野辺山高原はこれまでは天候不順で、朝晩にはストーブが恋しくなるほどでした。しかし、今日は朝から晴間も見え、久しぶりにお天道様の顔を見ました。日なたでは汗ばむお天気ですが、草花は正直です。秋の花が咲き始めています。
むくむくと湧き上がる入道雲に女郎花の黄色い花が浮かび上がっています。
紀貫之に女郎花を扱ったこんな一首があります。
たが秋にはあらぬものゆへ をみなえしなぞ
色にいでてまだきうつろふ(古今和歌集232)
岩波書店刊 日本古典文学大系より
誰の秋でもない。もちろんそなたの秋ではないのに。どうしてそんなに早くも衰えてゆくのか。
この歌には、男心の移ろいを嘆く女性に「恋には必ず倦怠期があるものよ」と言う男の身勝手な言い分が込められているそうです。和歌は奥が深いですね。
女郎花に交じってひときわ鮮やかな紫の花が桔梗です。
特に清和源氏の流れを汲む武家に桔梗の家紋がよく使われています。明智光秀、加藤清正、太田道灌などが代表でしょう。
余談ですが明智光秀は山崎の合戦を生きのび、その後、天海和尚となって徳川家康のブレーンとなり、日光東照宮の貫主となったと言う説があります。そのため、東照宮には葵のご紋と並んで桔梗紋が目立つとか。真偽のほどは分かりません。念のため。
目立ちませんが萩は秋の七草の代表では無いでしょうか。秋に草冠の字がそのことを表しているように思えます。
十五夜には萩の花とお団子を縁側に供える風習があります。この時のお団子が「おはぎ」です。
ちなみに「ぼたんもち」は春の花、牡丹に形が似ているからだそうです。
「棚から牡丹もち」。この年になるとそん偶然を待っている時間はありませんね。毎日、毎日、穏やかな一日を願って、ゆっくり、のんびり過ごすのが一番です。
|




