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?H3>南街殷賑 1930 年 絹‧膠彩 134 x 195 公分
台湾の「日本画家」郭雪湖さんってご存じですか?先の世界大戦前、台湾を日本が統治していた時代がありました。この時代には、台湾では日本語による教育が行われていた事実を、皆さんご存じたと思います。 その時代、東京美術学校(いまの東京芸術大学)出身の、青年画家が台湾の高等女子師範学校の教師として赴任し、その時代の青年男女に「日本画」を教え、その教え子の中から、三人の傑出した「日本画家」が生まれたのです。 その一人が、「郭雪湖」さんです。 私が、エンジニアリング会社に勤めていた頃、DVDによる映像事業を立ち上げた際に、シリコンバレーで知り合った「郭松年」さんのお父様で、1908年生まれ、サンフランシスコに在住されていました。 これから、数回に分けて、「郭雪湖」さんとその時代に関するお話を書こうと思っています。
郭雪湖(Kuo Hsueh Hu)画伯 作品リスト作品01 「松壑飛泉」 作品02 「圓山附近」 作品 03 「南街殷賑」 作品04 「圓山附近(習作)」作品 05 「萊園春色(霧峰)」 作品 06 「農家朝(八斗里)」 作品 07 「大城遺跡﹝泰國﹞」 作品 08 「塔山煙雲(阿里山)」 作品 09 「燒岳初秋」 作品 10 「燈台濤聲(日本犬吠崎)」 |
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楽しみにしています 初めて聞くお名前です
2006/10/12(木) 午前 11:08
この絵はいいですねぇ。台湾人は前向きな方が多いのでしょうか?日本統治時代も与えられた条件下で頑張っていたと言うイメージがあります。
2006/10/12(木) 午前 11:38 [ - ]
まゆさん、郭と書いて Kuo さんと発音します。日本統治下時代、台湾の方々は、中国大陸や。朝鮮半島の方々とは違う「親日的」な日本観を持っていた方々も多く、いまでもその時代の日本人農業技術者や、土木技術者、教育者を尊敬されている方々が多きようです。
2006/10/12(木) 午後 4:08
半次郎さん、ね!いい絵でしょう。この絵は、郭雪湖先生の代表作の一つで、台北市街の賑わいが聞こえてくるような、暖かみにあふれた絵です。 この絵は郭雪湖先生のお嬢さんの Jane Kuo先生の勤務先のサーだーバード大学院(米国の国際関係の大学院大学)の研究室に掛けてありました。
2006/10/12(木) 午後 4:15
まったくです。台北市内の街中が押し合い圧し合いと大ぜいの人ごみでごった返しております。戦前の台北市が活気に漲っている様子が活き活きと伝わってきます。いろとりどりの看板といい、のぼりがひるがりはためくようす。。天幕を張った露店まで出ておりますが、今の日本より活況呈しているようで羨ましい限りです。それにして今の台湾の経済発展振りには、目を見張るものがあります。勿論、ここまで発展した背景には日本の力が大きく貢献したと思いますが、世界でもまれにみる親日国家ですね。そういう台湾がぼくは好きです。実を申しますと私の出身地は台湾に近い処にございます(笑)
2007/6/23(土) 午前 11:40 [ - ]
やはり中華民国を国家として位置づけるのは問題でしょうか!? かつての香港のようにコロニーではないし、やはり私は、国家と見たいですが、まだ認知さてないですね。無理がありますか。
2007/6/23(土) 午後 4:01 [ - ]
モモ太郎さん、私の個人的な意見ですが、中国を大陸と一体の国家と考えるのは無理があると思います。かつてソ連が崩壊したように、13億もの巨大国家が存在するのは不可能かと思います。歴史の流れには逆らえないものがあると思います。
2007/6/24(日) 午前 11:28