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今年は、終戦から60年。昭和27年に生まれた、私も今日で53歳。
故郷、新潟の村上で過ごしたのは、18までだから、人生の2/3はここ、東京・浦和で過ごしている。
しかし、高校まで過ごした故郷の想い出は鮮明に記憶に蘇る、正に記憶はタイムマシンだ。
野坂昭如は、旧制新潟高校(現 新潟大学)の出身で同郷と言うこともあり、
直木賞でデビューした当時からのファンだ。
「エロ事師たち」「テロテロ」など、戦後無頼派の流れを汲む作風に、地方高校にありがちだった
「旧制高校 バンカラ」を気取っていた当時の私の心情に共感するものがあり、
大学に入ってから野坂昭如風を演じた時期もあった。
二十歳の夏、帰省した村上で「火垂るの墓」を読んだ。
http://www.pluto.dti.ne.jp/~raiden/anime_5.html
まさに、野坂はこの「火垂るの墓」で直木賞をとったのだった。
この作品は、作家の野坂昭如氏が自らの戦争体験をもとに綴った直木賞受賞小説、
発行部数130万部を誇るベストセラーだ。
幼い妹と優しい兄。二人きりになってしまった彼らが明るく生きようとする姿は観る者の胸を打つ。
特に過酷な戦時下の生活へと、たった二人で足を踏み入れる心細さを感じながらも、
無邪気に振舞う4歳の節子の姿はよけい不憫に写るのだ。
幼い兄妹が懸命に生きようとすればするほど、二人に同情すら示さない大人たちの姿が浮き彫り
になってゆくが、それは世間の冷たさを示すものというより、戦中に生きることの過酷さを示す
もののように思える。人間から、いたいけな子供たちに手を差し伸べる心すら奪ってしまう戦争の力。
空襲よりも空腹よりも、人の心を蝕むその力こそ戦争の真の恐ろしさであることを知らされるのである。
「4歳と14歳で生きようと思った。」(糸井重里)スタジオジブリのアニメ映画化にコピーである。
http://www.watch.impress.co.jp/movie/column5/2001/08/10/
幼い妹を自分で野辺の送りをし、その小さな骨をドロップの缶に入れて肌身離さす持ち歩いていた、
昭如少年・・ あるとき転んで、そのドロップの缶を落としてしまいフタが開いてそこから妹の灰が
こぼれ・・ そこから蛍が飛び立つ・・私には妹は居ないが、本当に泣いてしまった・。
最近、自分が死んだら、遺灰の一部は、ドロップの缶に入れて、妻や息子達に持っていて貰いたい
と思うようになった。
今年は、終戦(「敗戦」と言うべきか)60周年。還暦である。悲惨な記憶を二度と繰り返さない
為に、お盆の頃に、レンタルDVDでもう一を映像を見てみたいと思っている。
http://www.aic.gr.jp/anime/ghibli/1988h.shtml
「時空超え 螢狩りせむ 二人なら」 阿奉 2005/07/27(水)53歳誕生日
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新潟と 聞けば不安な 吹雪路を… ドロップの なかにこめたる 我が思い」
2005/7/27(水) 午後 1:51
本を読んで泣き、アニメを子供と一緒に見てなきました。子供たちにはこんな悲しい思いを二度として欲しくない。命について、大人も子供も、もう一度考えなくてはならない時代なのかもしれないですね。
2005/7/27(水) 午後 10:17 [ - ]