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いつも穏やかな笑顔を浮かべ、難解な構造理論を易しく優しく説き、我々 後進・弟子 と常に伴に在り、学ぶことの楽しさを教えて戴いた、東京大学生産技術研究所 名誉教授 故 半谷裕彦(HANGAI YASUHIKO)先生が58歳の若さで急逝した8月9日が、今年も巡ってきます。 http://blogs.yahoo.co.jp/srfch485/5893036.html 半谷先生は、建築構造学、特にシェル構造やドーム建築のような曲面構造、(大)空間構造の分野で、 「形態論」という新しい分野を切り開いた方で、数学がメチャメチャ得意な方でした。 http://www.taiyokogyo.co.jp/compe/back/back95/com95/hangai.html 前にも書きましたが、大学時代に、半谷先生の「建築数学」と言う講座名に惹かれ、師事し、 私は法政大学に籍はありましたが、学部の3年後半から、ずうっと六本木にあった「東大生研」に あった、当時の「坪井研究室」(坪井善勝名誉教授)に通っていました。 その頃は、半谷先生は30歳そこそこの若さで、我々にとって良い兄貴分として、色々な事を教えて くれました。「東大生研」は大学院機構でしたから、東大の学部学生は教えることも無く、「学部学生」 のサンプルとして、私たち法政からの押しかけ学生を歓迎してくれたのかも知れません。 1998年8月9日、勤務先で半谷先生の訃報に接しました。信じられませんでした・・。 半谷先生は、「坪井〜半谷研」の後継者である、東大生研/川口建一助教授 http://yuzu.iis.u-tokyo.ac.jp/ ほか、半谷先生の無二の親友、金沢工大/高山先生、半谷研の高弟、名古屋大/大森先生 法政/吉田先生の学生を伴って、長野県 飯網高原で「夏ゼミ」で指導されている途中、体調を 崩され、天に召されました。 享年58歳、あと5年で、私もその歳になります。 >>>> そして一年たち <<<<<< 翌年の1999年、半谷先生の追悼文集「星影」が上梓されました。 表題「星影」は、奥様からの e-mail で決まりました。 「『星影』いかがでしょうか。「星影のワルツは」研究室歌でしたし、最後の別れの折に、 皆様に歌っていただいた歌です。主人は星の陰にかくれてしまいました。 でも、星の陰から、見守ってくれるような気がします」 この年7月に、半谷先生を忍ぶと伴に、 「半谷裕彦記念 形態解析セミナー」が本郷の山上会館で開催されました。この「形態解析セミナー」 は半谷先生の定年退官にあたる2000年まで3年開催され、「形態解析」の多くの研究者を育てて います。 懇親会で、参加者全員で、肩を組んで歌った、研究室歌「星影のワルツ」が忘れられません。 >>>>>> そして、現在 <<<<<< 追悼集「星影」を読むと、半谷先生がいかに多くの世界中の研究者、師弟に敬愛されているかが 分かります。落ち込んだ時、困難に出逢った時、「星影」に寄せたた、先輩・同輩・後輩そして 半谷先生を悼んで文章を寄せた、世界中の建築構造学の大家達の思いが旨に迫ってきます。 そして、半谷先生のあの優しい笑顔を思い出すと、奥様がおっしゃっていたように、 半谷先生は星になったのだと思います。私にとって、ゼミ生にとって、8月9日は「星影忌」なのです。 「星影忌 8月9日 星になり」阿奉
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すばらしい星になったと思います。その星がまた勇気付けてくれると思います。
2005/8/4(木) 午前 3:41 [ hqm*n09* ]
hqmcn090君 「大学のリトリート」の記事読みました。元々西洋の大学は神学がベースで、全寮制で師弟が伴に起居し学ぶと言うのが発祥のようです。また日本も、仏教の修行は同じベースで、先生と一時でも生活を伴にするのが学問の基本かも知れませんね。貴男のお母様も星になって貴男を見守っていますよ。
2005/8/4(木) 午前 8:14
敬愛されているからこそ、先生の心が皆さんの日々の生き方に生き続ける気がします。良い先生だったのが良く分かります。
2005/8/4(木) 午後 5:03 [ kkk ]