『構造工学の薦め』 〜「秋迎え 向日葵色を 還しけり」

識らないこと以外は何でも識っている 『薄学』 阿奉さんが語る自然界構造形態と人工の構造形態の類似性。還暦2歳!ブログ再開!

阿奉讃読書・シネマ

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「博学」ならぬ「薄学」のシニア・エンジニア 阿奉さんが薦める「至玉」の本のかずかす・・

        http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/a7/6e/srfch485/folder/553965/img_553965_8356063_0?20050808052507.jpg

とにかく、雑多な、ジャンルを問わない、阿奉さんの性格そのままのランダム書庫です。

「フューチャリスト宣言」梅田望夫/茂木健一郎
『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』
『瀬島龍三 参謀の昭和史』保坂正康
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佐々 淳行 著 「危機管理宰相論」1995刊 「インテリジェンス・アイ 危機管理最前線」2005刊
 佐々成政 の末裔にして、佐々 弘雄 元九大教授・朝日新聞論説主幹 のご子息で、辛口の江戸っ子的評論・解説者の 佐々淳行さんの危機管理論。
 「危機管理宰相論」 は1995年の刊で、「十年一昔」というが新鮮さは不滅、一方「インテリジェンス・アイ 危機管理最前線」 は2005年で昨年の刊。読んでいて、気持ちが良い、この日本という、一見「天下太平」の国のリーダーはどうあるべきかを、納得させる良書。
 サラリーマン時代に、PHP文庫から出ていた 「危機管理のノウハウ」Part1〜 Part3 を愛読していたので、この二冊も最近読み終えた。

特に、「インテリジェンス・アイ」は2002年から2005年までの、記憶に新しい事件を、辛口、快刀乱麻に斬って捨てているので、この夏場清涼感さえある。

 東電の超高圧線事故による首都大停電、小泉総理の靖国神社参拝、7月の大水害、もしかしたら映画「日本沈没」 のような国家的な機器に直面するかも知れない、我々が知っておくべき、為政者、リーダーの在り方が見えてきます。 

是非、お読み下さい。

『佐々淳行 Web Site』も面白いです。

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品川嘉也著 「右脳俳句入門」

     この本は、1881に史輝出版 というところから出版されたものでもう絶版のようです。
     私は、図書館で見つけ、先に紹介した、「右脳俳句(右脳俳句」 & 「奥の細道 続「右脳俳句」)2冊の
前に書かれたモノのようです。

 〜 右脳流 吾破覇派 奔馬 阿奉 宣言

   私、阿奉さんは、すっかりこの「右脳俳句」に魅せられ、これから、「右脳龍 吾破覇派」
   うのうりゅう アハハ派 の俳人(「廃人」ではありめせん)奔馬(ほんま)阿奉(あほう)
   と名乗らせていただこうと思います。

曰く、モノを観察することによりイメージ脳である「右脳」をフル活用し、理論・言語脳である「左脳」で、5.7.5 の17文字に纏める。


俳句と脳の機能を結びつけて考えたのは、品川嘉也が最初でした。専門の大脳生理学の研究から俳句の本質である「写生」を説いたのです。

生活文化総合研究所理事・菊池美也子さんの、紹介文

品川嘉也先生の「右脳俳句のすすめ」

 俳句は十七音の言葉で作るので、言語中枢のある左脳を活性化する のではないか、と考える人は脳についてある程度の知識をお持ちであろう。

人間の大脳が右脳と左脳に分かれていることは一般にも知られるようになったが、ここで今一度整理をしてみよう。

 右手と左手の使い方が違うように、脳の左右にも各々が優位となって分担する仕事がある
いわゆる言語脳と呼ばれる左脳は言葉、論理、計算を扱いイメージ脳と言われる右脳は五感や身体感覚のイメージ、音楽、絵画、直感を司る

つまり、左脳は理詰めでモノを考え、右脳はイメージ的にモノを判断する。更に右半身の感覚と運動は左脳が、左半身の感覚と運動は右脳が支配している。

 それではやはり、言葉を使って文字を書くという俳句は左脳の仕事ではないか、とおっしゃるかも知れない。なるほど文字を書くことは左脳の仕事であるが
俳句の本質である”イメージ”は右脳に依らなければならない。右脳俳句という流派があるのではなく、俳句の本質が右脳にあるというのが、私の主張である。

 左脳だけで作る俳句は、得てして言葉遊びになってしまう。
それはやがてはダジャレになっていく――このことは俳諧の歴史が示していることでもある。
江戸期の談林派は

  しをるゝは何をあんずの花の色

のような句を多く作っていたのである。貞門の月並み俳諧に対して革新を唱えて出てきた談林派であったが、
言葉遊びに落ちるとこうなってしまうのである。
言葉遊びにならないためには、右脳のイメージ力を生かさなければならない。
景色をしっかりと見る、見た景色をイメージに凝集させる――
右脳はイメージ脳である。そのイメージを左脳が十七音の言葉で描写するのである。それを私たちは右脳俳句と呼んでいる。

右脳俳句とは云っても、全脳を使うことであるのはお分かりいただけたと思う。

全脳を使うことによって、脳を活性化するのが俳句の効用である。



[ http://www.valley.ne.jp/~brain/index.htm 右脳俳句のホームページへどうぞ]

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写真上: 1977年 映画化当時の「八甲田山死の彷徨」  写真下:文庫版 DVD

新田次郎 著 「八甲田山死の彷徨」 とその習作「八甲田山」

    新潮CD朗読 で 新田次郎の「強力伝」を図書館から借りてきた。「強力伝」は新田次郎の直木賞作品で、高校2年の時、新潮文庫で読んだ。そして富士山の「測候所」と気象学に関心を持ち、一時 「気象大学校」に進学を考えた。

 借りてきた朗読CDには、「八甲田山」も入っていた、あれ! 「八甲田山死の彷徨」の誤りでは?
と思い昔読んだ「八甲田山死の彷徨」を調べてみると、後書きに『昭和27年に書いた30枚を基に、綿密な取材をして上に、改題「八甲田山死の彷徨」とした』とある。
== 1977年と言えば、大学院のころ、単行本「八甲田山死の彷徨」を読んでから、当時たぶん真夏に公開された映画版「八甲田山死の彷徨」を観た。
 北大路欣也 が演じた、遭難した弘前歩兵第31連隊の徳島大尉が,

嗚呼!遂に天は、我々を見放したか!

と 叫ぶシーンが忘れられない。 一方、高倉健  演じる、青森歩兵第5連隊の神田大尉の、用意周到で、毅然と任務を遂行し得た姿も、リーダーシップ論としても見応えがあった。

DVD版 「八甲田山死の彷徨」をもう一度観てみたいものだ。

村娘役で出ていた、若き日の 秋吉久美子 も  可憐だったな〜・・・・

八甲田山雪中行軍遭難事件サイト なんて物が有るところが、近年のインターネット社会の面白いところだ。

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新潮CD 「火垂の墓」 を聴く


最近、読書の新しい楽しみ方を覚えた。「朗読CD」を図書館から借りてきて、PCのメディアプレーヤーで聴くのである。

寄る年波で、小さい字はまが疲れる。メディアプレーヤーに取り込んでおけば、いつでも聴ける。


ところで 野坂昭如「火垂の墓」である。アニメのDVDやビデオで観るのも良いが、やはり原作を一柳の役者(この「火垂の墓」)の場合は、橋爪功 である。やっぱり、その朗読は聴かせるし、泣かせる。

去年のこの時期にも 野坂昭如の「火垂の墓」に付いて、さんざん書いたので、もう「耳タコ」状態の人がいらっsやるかもしれないが、私にとって野坂昭如と、特にこの作品は忘れられない。

「時空超え 螢狩りせむ 二人なら」
「ほたる火の 記憶懐かし 蚊帳の中」
時空超え 螢狩りせむ 二人なら」 〜 「ドロップの なかにこめたる 我が思い」

冒頭のシーンで、清太が遂に餓死し、先に死んでしまった妹の遺灰を入れていた、ドロップの缶を、清太を見つけた役所の係員が、投げ、その缶から、白い灰が流れ落ち、その場にいた螢、数十匹が一斉に舞い上がるシーンが、切なく、悲しい。

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「仕事が面白くなる 右脳俳句」 & 「奥の細道 続「右脳俳句」 ダイヤモンド社

理科系頭だったが、文学・歴史・社会学に興味もある私、「阿奉さん」が一番理解できた、画期的な俳句論!


 著者の 品川 嘉也(しながわ・よしや)先生(故人)は、京都大学医学部助教授・同文学部助教授を経て、日本医科大学教授,医学博士 と言う教養人。
 趣味の俳句は四十五年,俳誌「雲雀」主宰。
 主な著書に「脳とコンピュータ」(中公新書) 「バイオコンピュータ」(共立出版)
「意識と脳」(紀伊国屋) 「右脳俳句」(講談社文庫) 「気功の科学」(カッパサイエンス)等名数。
品川嘉也先生の遺志を継承した、俳句投稿サイト『右脳俳句』サイトが有ることも見つけた。

私は、さいたま市の図書館で見つけたが、「右脳俳句」(講談社文庫) も再版されているらしい。

 先生は、京大理学部から医学部に転科し、医学部医局員の時代から、「京都コンピュータ学院」というところで、講師をしたいらっしゃたらしい。 「宇宙と俳句」  は、そのサイトへの寄稿文である。

品川先生の俳句観を垣間見るに値し、一読の値在りです。以下、抜粋させていただきます。


叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな

 話は変わるが,中国古来の養生法である気功の脳波を,私たちの研究室でとってみた。静功といって静かに立って僅かに手足を動かしているとき,脳波のパターンはめまぐるしく動いている。(中略)

宇宙と呑みこむ俳句「自分の中に宇宙がある」

 私は人間の意識とは,自分が宇宙の中にいることを意識するものであると考えている。哲学の言葉で論はほとんど反射型の文脈の中で語られている。つまり,自分で自分自身を意識するという考えと,何かに反射されて自分を意識するという考えの二つの立場に分かれる。
 私の考えを分かりやすくいうと,まず自分の頭の中には宇宙が映っている。頭の中に映っている宇宙の中には,さらに自分が見えているはずである。その自分の頭の中にはまた宇宙が映って,その中にまた自分があるという反射的な関係が宇宙と自分の中に成り立っている。これが私の意識論である。それで宇宙の成り立ちから意識までが一貫して説明できるのではないかと考えている。
 私たちが研究している気功の状態は何を作りだすのか。気功を行っている時の意識の状態は,自分と宇宙・自然との一体感である。瞑想やヨーガや座禅でも同じことがいえる。 日常的に自分が宇宙の中にいるという状態と,座禅などによる宇宙との一体感との違いは何に起因するのであろうか。自分の中に宇宙が,その宇宙の中に自分があるという意識は,最後には一点に集中する。一点に集中するのは安心な意識状態で,日常的にはそういう意識状態なのであろう。
 では気功を行っているときの脳波はどうなっているのか。β波が右脳と左脳とに分かれて出てきて,右だけに行ったり左だけに行ったり,左右が分かれて活動している。しかも,その人の顔を見ても,話を聞いても,平静意識で,意識曚朧とか,意識がおかしくなっていることはない。この脳波は何を意味するのか。
脳は左右二つあり,それは別々に動くが,お互いに響き合っている。それによって両方にそれぞれ宇宙が映っていて,その二つの宇宙の中に二つの自己がある。両方の脳の中にそういう状態が現れてくると考えられる。つまり,焦点は一点に収束するのではなく,何処までも二つの対応関係が続くのである。

「宇宙意識」に導く俳句

 俳句は二つの脳がそれぞれに宇宙を反映しているという意識論によく適合しているのである。右脳で景色を見て,左脳にある言語中枢を使って言葉を探す。ところが,景色を見ているというより,生理的学には見ているのであるが,景色を見ているのか景色に見られているのか,実のところよく分からない。自分と対象が一体になる状態があって,それが言葉になるのである。

滝の水三次元半の空を飛ぶ   良 夜

自分が滝の水になったような右脳の景色と,それを何とか称賛の言葉にまとめようという左脳との響き合いが,自然との一体感を作ってくれるのであろう。
 自然や宇宙との一体感を作り出す状態になることは,日常生活では難しい。気功は身体の動きに集中し,それを意識することで二つの脳の響き合う場所を作り出しているのえあろう。俳句も気功もともに,「宇宙意識」に導くものである。

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