『構造工学の薦め』 〜「秋迎え 向日葵色を 還しけり」

識らないこと以外は何でも識っている 『薄学』 阿奉さんが語る自然界構造形態と人工の構造形態の類似性。還暦2歳!ブログ再開!

阿奉燦青春グラフィティ

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’60年代後半〜’70年代。高度成長期と呼ばれた時代。

http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/a7/6e/srfch485/folder/555223/img_555223_24846048_0?20060207095017.jpg

「団塊の世代」を身近な先輩に控え、「戦争を知らない子供達」世代として。Beatlesに音楽の楽しさを教えられ、ベンチャーズや加山雄三にエレキギターのかっこよさを教えられ、PPMやサイモン&ガーファンクルをまねてフォークギターを弾いたあの時代


ベトナム戦争に反発し、「70年安保」の大学ロックアウト、「タテカン」を横目に、「深夜放送」を聞きながら、夜通し議論したあの頃・・

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NHK「夢であいましょう」

50代以上の方々は覚えていらっしゃると思いますが、昔テレビ草創期にNHK土曜日に「夢であいましょう」という音楽バラエティがありました。1961(昭和36)年から5年間放送されたそうです。

私が9歳〜14歳、小学3年生〜中学2年生。

永六輔、中村八代、黒柳徹子、E.Hエリック、坂本スミ子、渥美清、田辺靖雄、ジェリー藤尾、九重佑三子、岡田真澄、三木のり平、谷幹一・・・・・・

懐かしい、昭和のテレビを創造した人々満載のTVショーでした。
Yuotube に懐かしい映像があったのでご紹介したいと思います。

     

     
こちらはディユークエイセスのリバイバルメロディーです・・・

家には昭和39年の東京オリンピックの年までテレビがなかったので、土曜日になるとテレビ日があった伯母の家に泊まりに行ってこの番組を観た事をを懐かしく思い出しました。

確か、土曜日は7時台に「鉄腕アトム」「名犬ラッシー」そして9時台に「夢であいましょう」、10時から「ベン・ケーシー」というアメリカの医者ものを続けて観ていた記憶がありますが定かではありません。テレビが家族団欒の中心にあった懐かしい時代です。     

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すずさんからバトンを戴きました。
ルール説明
●  回してくれた人からもらった【指定】を【】に入れて答えること
→次に回す人6人(【指定】つきで)
→指名した人の名前をタイトルにする

          それでは、始めましょう

私がすずさんから頂いた御題は【建築】なんです。
 私は1972〜1979、東小金井あった法政大学の建築学科と大学院で、建築構造学を専攻しました。後年、プラント構造物の構造設計を専門とするエンジニアの道を歩み、正統派の建築人ではありませんが、すずさんに良い機会を頂きましたので、久しぶりに「バトン」やってみようと思います。
 大学を出てから四半世紀以上、この機会に、大学時代にお世話になった恩師の先生方がインターネットでどのように紹介されているか調べてみました。肩書きは、私の学生当時のものです。
 建築概論の森田茂介教授、建築哲学・建築思潮の大江宏教授、建築構造学は青木繁教授、建築構造力学は後藤一雄兼任教授、空間構造論の川口衞教授 建築意匠演習は宮脇檀講師、建築史は鈴木博之講師、建築論の佐々木宏講師、建築数学の 半谷裕彦講師 (故半谷先生には卒論、修論の指導をしていただき生涯の恩師になりました)、建築生産・建築経済の岩下秀男教授、山田水城教授、河原一郎教授、お世話になった兄貴分阿部優助手。本当に、そうそうたる先生に教えていただいたものです。(大江先生、森田先生、後藤先生、宮脇先生、そして半谷先生と、もう故人になられた方も多くなり、不肖の弟子としては寂しい限りです)
 あの頃の「建築」は70年代の、大阪万博、札幌オリンピック、高度経済成長(田中角栄の「日本列島改造論」)の余勢をかって活力がありました。

→最近思う【建築】
 建築学科に入ってすぐ、建築概論で森田茂介先生がおっしゃった「建築家は医者、法律家に次いで三大プロフェッション(職能)として、欧米では尊敬されている。Architectの Archは「第一番目の」という意味で、『建築家が全ての技術を統合する職能』として自覚を持たねばならない」とおっしゃった事を今も深く心に刻んでいます。
しかし、建築技術が80年代から90年代のバブル期の、必要でない箱物を造る手段としての建築ラッシュが建築技術者の倫理観・哲学を歪め、建築技術者が「土建屋」と軽んじられるようになったのも事実です。
 いま社会問題になっている、財政のばらまき、社会保険庁のグリーンピアに代表される、税金などの浪費の片棒を担がされたのも、建設業界、建築業界関係者の痛いところです。
 もう一つ思う、「最近思う建築」は建築規模の巨大化、高層化です。エレベーターや空調機器が機能して初めて成立する巨大建築。停電になったり、制御システムのトラブルがあったらどうなるのか心配になります。
         http://hrscene.fc2web.com/pic/tokyominato/midtownd.jpg
         六本木の旧防衛庁跡地に建設された高層ビル
         http://www.nact.jp/images/building.jpg

       近くには、東京都知事選・参議院選で話題を呼んだ「巨匠」の美術館
        巨匠の作風は、師匠「東京都庁社(西新宿)」のそれに似てきて
        最近富みに、壮麗・華麗になってきている。(都庁舎コンペの際は
        師匠を批判していたあの方である)

         http://tokyo.gonna.jp/tokyo/minato/roppongi/roppongi_14.jpg
         空調効率と人の出入りの効率を図るために「回転ドア」を設置し
         小学生を「殺してしまった」ビル
         最近は、高層エレベータの吊りワイヤーの疲労破断も見つかった
         このタワーを観ていると、人間的なスケール感を感ぜず
         バベルの塔を連想してしまうのは私だけでないでしょう

 港区の工営高層マンションでは、エレベーターが突然動きだし乗っていた高校生を殺してしまう、最近では川崎駅でエスカレーターが牙をむいて若い女性の親指を食いちぎる・・・本来、人間や住人の財産を守るはずの建築が反乱を起こしているような現状です。 
 構造学をかじった私としての「建築」は、シェルターとしての建築です。人間の生命と財産を自然の脅威(雨・雪・風・地震など)から守存在としての建築、自然の力(重力、地震力、風力、火災)から安全な自然の摂理にかなった形態をもって永年に亘って安全性を担保するものでなくてはならないと思っています。
→こんな【建築】には感動!!!!
 最近の建築物は、建設技術、コンピュータによる構造解析の飛躍的な発展により、その形状に自然の摂理を感じない「デザイナー」の「奇をてらった」ものが増えてきており、正直美しさを感じません。いきおい、感動を覚える建築物は、人類の叡智と文化を感じるものになってしまいます。
         https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a7/6e/srfch485/folder/555223/img_555223_49000927_0?1187485682
  マチュピチュの遺跡 がその一つです。現代のような建設機械がない時代に、こんな急峻な高地に、細密な石積の建築物を建造した古代のインカ人に尊敬の念を覚えます。

そして、日本では正倉院の建築も感動を覚えます。
         http://www.kodomo-silkroad.net/heizyoukyou_img/shousouin/syousouin_gaikan.jpg

       http://wiki.tos-land.net/index.php?plugin=ref&page=%B9%BB%C1%D2%C2%A4%A4%EA&src=azekurakumiki.JPG
       高床式の構造と、木材の持つ乾燥収縮を活用した
       「校倉造り」は現代の空調技術も及ばない、無名の匠の技術です
           「正倉院」公式HP

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今月の俳句のイメージに添えた、和傘・・このイメージで思い起こされるのは、なんと言っても、70年代に新宿歌舞伎町の映画館で観た、非牡丹博徒のお竜さんです・・
70年安保闘争の余韻を残すこの時代、何故か颯爽と渡世の義理に生きて行く「非牡丹博徒のお竜さん」は学生の憧れの人でありました。

同世代の、オトウサン・・・観たでしょう!、「非牡丹のお竜」

           https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a7/6e/srfch485/folder/555223/img_555223_48112126_0?1183282529
「非牡丹博徒」の当時の芸名は 藤純子(ふじ じゅんこ)で東映の看板スター・・
NHKの大河ドラマ「源義経」で競演した、尾上菊之助(当時)と結婚して、寺島純子(てらしま じゅんこ)に改名し「3時のあなた」の司会。
その後、富司純子(ふじ じゅんこ)で再デビュー、現在は富司純子(ふじ すみこ)にまたまた改名。
今の若い人には、この間フランス人と結婚した女優寺島しのぶ尾上菊之助 (5代目)のお母さんとして知っている方も多かろう。

ともかく、格好良かったのである・・

緋牡丹シリーズ最高傑作とも言われる第6弾。「緋牡丹博徒 お竜参上」
藤純子の静と動の美しさが見事にスクリーンに挽きつけられた。特にお竜が菅原文太扮する流れ者のヤクザ・青山常次郎を見送り、そっとミカンを渡す雪の今戸橋のシーンは、圧巻。藤純子は何者にも代えがたい情緒を見せた。加藤泰の演出が、すみずみまで行き届いたシリーズの最高作である。
              http://pics.static-showtime.jp/genre/cinema/20061102/f00cnm010100119108770/contents_xl.jpg

ネットサーフィンしている内に、見つけました!!「非牡丹博徒」の主題歌と、名台詞の録音版!!!

  ♪ 娘ざかりを渡世にかけて  張った体に緋牡丹ゆれる
    女の女の女の意気地    旅の夜空に恋も散る    ♪
    ☆「さよなら藤純子──お竜名残りのセリフ集──」ここにありますから是非聴いて!
           https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a7/6e/srfch485/folder/555223/img_555223_48112126_2?1183283204

お竜さんが、降りしきる雪の中で、蛇の目傘でチンピラの刃をかわす殺陣に、映画館の場内で拍手が沸いたのを今でも思い出す。

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          楯の会(三島)事件


                  檄

 われわれ楯の会は、自衛隊によって育てられ、いはば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。

 かえりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後ついに知らなかった男の涙を知った。ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢てこの挙に出たのは何故であるか。たとへ強弁と云われようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。

 われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。

 しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。

 自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。

 自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
         https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a7/6e/srfch485/folder/555223/img_555223_42382601_1?2006-11-23
 四年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に人り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとえに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようという決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむづかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。

 政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によって国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであろう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。国のねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。

 しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起ったか。総理訪米前の大詰ともいうべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終った。その状況を新宿で見て、私は、「これで憲法は変らない」と痛恨した。その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢て「憲法改正」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になった。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬つかぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。

 名を捨てて、実をとる! 政治家たちにとってはそれでよかろう。しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
            https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a7/6e/srfch485/folder/555223/img_555223_42382601_0?2006-11-23

 銘記せよ! 実はこの昭和四十四年十月二十一日という日は、自衛隊にとっては悲劇の日だつた。創立以来二十年に亘つて、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。


 論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。
 われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もし自衛隊に武士の魂が残つているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定すろものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。男であれば、男の衿りがどうしてこれを容認しえよう。

 我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、自衛隊は声を奪われたカナリヤのやうに黙ったままだつた。


 われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。諸官は任務を与えられなければ何もできぬという。しかし諸官に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。

 この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩まうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこかへ行こうとするのか。繊維交渉に当っては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあったのに、国家百年の大計にかかわる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るジエネラル一人、自衛隊からは出なかった。


 沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。

 われわれは四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。


生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。


これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

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