|
神農架で遊覧した後、午後五時半再び長江明珠号へ戻りました。 夕食はゆっくりと船でビュッフェ。夕食後は、いつものように最上階の観光デッキへ。今晩は船で泊まる最後の夜となります。 長江の爽やかな風に吹かれて、子供たちの歓声が響きます。3日間、滔々と流れる河の上で、極上の時間を過ごせたこと、忘れられない思い出になりそうです。 望遠鏡は目と離れすぎ。 明日は、三峡ダムで見学して、武漢へ戻る予定です。 船が平穏に航行したおかげで朝まで熟睡しました。 7月27日(月曜日)旅の最終日が迎えました。 朝10時下船し、バスで三峡ダムに入ります。およそ30分三峡ダムに到着。世界一規模の大きいダムであって、警備体制も厳しそうです。 空港並みではないが、ナイフなどの刃物を持ち込み禁止で、手荷物などの安全検査も行ないます。朝から多くの観光客が長蛇の列に並んでいます。 ダムの観光区に入りました。高く建てられた灯台のような円形展望台があって、その上からダムの全貌を鳥瞰できます。 三峡ダムの横と後ろ。 5段階の閘門。 船はどうやって閘門を通過するというと、180メートルから120メートルへ、約60mある水位を、少しずつ水門で区切って均等にし、船を通過させるのです。一つの水門に入って水位を調節し、次の水門に入る、これを4回繰り返します。 5段階の閘門を通過するには3時間かかります。 三峡ダムでおよそ1時間見学した後、長江明珠号へ戻りました。 三峡ダムからの航行は約1時間、昼12時に終点宜昌へ到着。宜昌で昼食の後、バスで4時間武漢へ帰ります。 宜昌で食べたお昼は辛かった。まるで四川料理のようです。どの皿も真っ赤な唐辛子が入ってます。宜昌は武漢の隣でありながら、味は四川です。 三峡の旅四日目、実家に戻りました。 ちひろは「まだ船乗る〜船乗る〜」と惜しそうです。
|
三峡(宜昌ー重慶)
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
白帝城での遊覧が終わった後、長江明珠号に戻り、船は平穏に一晩航行しました。翌朝、三峡の旅の三日目が迎えました。 朝7:30分下船して、バスに乗り込んで神農架へ向かいます。 いままでの武漢出発で三峡行きのツアーには、神農架での観光が含まれなかったそうです。この1、2年観光客のニーズに対応して、一日神農架の観光を加えたそうです。 神農架もとても有名なので行く価値があります。 神農架は湖北省の西北側にあり、四川省と接してます。 中国の伝説では、中華民族の偉大な始祖の一人である炎帝神農氏が、湖北省の西北部に足場を設けて、長い間、薬草を採取したと伝えられています。そのため、ここに神農架という名が付けられました。 神農架の3000平方キロの範囲の中には、3700種類以上の植物があり、1050種以上の動物が生息繁殖してるそうです。 下船したところから神農架まで約一時間半。 神農架の主峰の大神農架の標高は3,105mですが、車で2,000m付近まできました。 山の中は霧なのか雲なのか。イオンたっぷりの空気は美味しいです。 山の下と気温が15度ぐらい違います。鳥肌が立ちました。ダウンの貸し出しもあります。一着50元。 これからは山の中を散策。ダウンを一着借りました。 最初はとても寒かったですがしばらく山を登って汗が出ました。結局、山登りで熱くなったのでダウンを着れず、手に持ったまま荷物になってしまいました。 ちひろはときどき「疲れた〜だっこ〜」と言うけど、散策コースをほとんど自力で歩きました。パパが同行しない旅は、ママは疲れててもうだっこするところじゃない。 ちひろは石を触ったり、芝生で座ったり、草を観察したり楽しそうでした。 孫悟空のモデルとなる金糸猿(キンシコウ)。 子供にはやはり大いに自然と触れるほうがいいですね。今回の旅でしみじみ感じました。 昼食は山の中の小龍譚レストランで食べました。10人で一テーブル、地元の中華料理。味は普通。本当は共用箸で自分の小皿に取り分けるのが礼儀ですが、中国人団体のツアーは構わずに自分のお箸で皿で取りまくってます。 衛生上の心配で、ちひろに食べさせてなかった。お菓子でごまかし。 午後五時半、神農架での観光が終了し、長江明珠号へ戻り。 明日は三峡ダムへ上陸。
|
|
7月24日(金)からの出発で、船での三峡の旅です。 前々回は三峡ダムを通過するお話をしました。そして、前回の記事は巴東から神農渓へ、透明度が非常に高い綺麗な神農渓で小舟での遊覧です。 7月25日いよいよ、あの著名な巫峡と出会います。三峡は巫峡、瞿塘峡、西陵峡からなっています。その中でもっとも綺麗と言われてるのはこの巫峡です。 神農渓での遊覧が終了した後、現地の中型船で我々の長江明珠号へ戻ります。 長江明珠号は穏やかに長江で航行して間もなく、「これから巫峡を通過します」との案内が部屋に備え付けられたラジオから聞こえました。 観光船最上階のデッキへ。 船長さんの話によると、巫峡は曲がりくねって、峡が長く、谷が深い、長江の水はこの狭い峡谷に殺到すると、先を争うような急流となるからです。 船頭に立ち、両岸の景色を眺めると、時に大山が目の前に現れ、河が尽きたのかと疑い、重なる峰に空が隠されます。 ほぼ垂直の斜面の山々が両岸に屹立し、突然に目の前の視野が広がり、太陽の眩しい光に差されます。光の加減により両岸の山々は様々の姿を見せてくれます。 川水がうねうねと続く。この壮大さに感動しました。 巫峡を通過すると、今度は瞿塘峡です。 もっとも綺麗な巫峡を目に焼きつくと、ほかにどんな素晴らしい峡谷をみても印象に残らないぐらいです。 午後16時、とうとう三峡の終点ー重慶の奉節に到着。奉節の景色は美しい。 三国誌で知られてる白帝城はここにあるんです。 遠くに見えた山の上の建物は白帝城です。三峡ダムの開発によって白帝城にある山は孤島化されてしまったため、橋を建てて対岸の白帝城に入れるようにしたそうです。 橋を渡るちひろ。 橋を渡った後、山の上にある白帝城まで100級ぐらいの階段があります。ちひろは少し登っただけでもう「疲れた〜だっこ〜」と言うから、仕方なく人力駕籠を乗りました。駕籠前後二人のおじさんに担がれて階段を登りました。 片道50元。5、6分で白帝城の前にきました。ちひろは初めて駕籠に乗るので大満足。 白帝城です。劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。 約一時間半白帝城で見学。また長江明珠号へ戻り。とても充実な一日でした。 明日は、標高2000メートルの神農架にいきます。
|
|
三峡の旅から上海に戻ってから、我が家は様々な出来事があって、なかなか記憶を文字にする時間がありません。 記録しないと記憶がどんどん薄れていきます。早く文字にしたくて仕方がありません。 前回は、夜10時に三峡ダムに通過したまでお話しました。 7月26日(土曜日)朝食は船でビュッフェ。朝8時、巴東に着き、現地の中型船に乗り換え「神農渓クルーズ」へ向かいます。 神農渓にいく途中見た風景。 神農渓は長江の北岸にある渓流で、源は神農架です。透明度の高いことで有名になりました。 中型船で一時間、ようやく神農渓に到着。このあたりはトウチャ族(土家族)の居住地だそうです。昔ながらの手曳きの小舟で20キロの神農渓を遊覧します。 我々が乗ってる小舟。 本当にうわさ通りに、透明度が高く綺麗な渓流です。主人は曰く、このような渓流は日本にどこにもある。中国では、山奥しか見れません。。 何より、綺麗の渓流を挟む両岸の山々、このあたりしかないと言われる猿の一種ゴールデンモンキー(金絲猿)の群れが山で遊ぶ姿が舟に乗りながら肉眼で確認できることは、神農渓の最大の魅力でしょう。 渓流の突き当たりは浅瀬です。小舟が折り返すため、舟引きのおじさんたちは紐で舟を引っ張ってU-タンします。 彼らはみんな、現地の農民です。本業の農業以外、シーズンのときに小舟を漕ぎ、稼ぎます。一往復はわずか30元。 夏場の午後は高温のため、神農渓クルーズは午前しか観光客を乗せません。 彼らは、午前に二往復できるそうです。収入は60元(千円足りず)。 神農渓を十分に堪能しました。次は、三峡の中でもっとも綺麗と言われる巫峡と出会います。 |
|
武漢の実家で帰省中に、ちひろを連れて3泊4日の船の三峡の旅に行ってきました。 船での観光をしたことありますが、3泊は初めてで、三峡も行ったことないのでとても期待してました。 三峡の旅はスタートは重慶、終点は宜昌、よく言われてる山峡下りのルートです。武漢からの出発だとその逆となります。 下りだろうか上がりだろうか、長江両岸の景色は同じです。 今回のツアーの日程は、初日は武漢から宜昌へ、宜昌から船に乗る。翌日、神農渓を観光した後、重慶に到着し、白帝城を見学。 翌々日、神農架で観光。その夜、船で武漢へ戻る。四日目の午前、三峡ダムを見学、昼に武漢へ到着。 ちょっとハードなスケジュールになったが、船で過ごす時間も多く、小さい子供にはとても新鮮な体験になると思います。 7月24日(金)地元のお友達と合流し、ツアーのバスに乗り込んで宜昌へ目指します。 バスに揺らされながらちひろは私のお友達の子供と遊んで、長かったような4時間もあっという間に過ごしました。 19時ごろに宜昌の桃花村港に到着、「長江明珠号」の観光船に乗船しました。 長江明珠号。 さっそくお部屋拝見。 ホテルのスタンダードルームと同じ感じで、ホテルのより狭かったのです。トイレ兼シャワールームはちょっと狭いです。浴槽がなくシャワーとなってます。 デラックスルームにしとけばよかったかなと思ったけど。 時刻通り船が動き出しました。荷物を置いて、さっそく船の最上階のデッキにいきます。 両岸の山が後ろに去っていきます。ちひろたちは「わぁ〜」と歓声をあげました。 夕方になると暑さもだいぶさめていて、そよ風に吹かれてデッキのベンチに座る心地はよかったです。夕方の霧に包まれた両岸の山々が神秘に見えます。 デッキでいっぱい遊び、夜が深くになるにつれ、両岸の景色もぼんやりになってきました。 部屋へ戻り、寝かせて5分も経たずに子供たちは熟睡しました。 船は静かに航行していきます。海と違って長江での航行は少しも波もなく、船にいながらも陸地にいるのと同じ感覚です。 夜10時になると、外の騒ぎ音に起されました。カーテンを開けると、あれ??広い江面のはずですがなんと巨大な壁が船のすぐそばに立たれました。 友達から「三峡ダムを通過してる最中」と教えてくれて、そうなのか、あの著名な三峡ダムにきたのか。 熟睡中のちひろを友達にみてもらい、最上階のデッキへ。 自分の目を疑うぐらいにこの巨大な閘門に圧巻。閘門は五つあって、高さ100メートル。デッキですでに人がいっぱい立ってました。みんなは船はどうやって閘門を通過するのに興味津々。 この5段階の閘門は世界で規模が最大の閘門だそうです。 船舶はどう通過するというと、三峡ダムの正常水位は海抜175メートル、堤防本体以下の水位が海抜62メートル、落差が113メートルに達してるので、船舶が上流へ三峡堤防を通る場合、5段階の閘門を乗り越え、113メートル上昇してはじめて、堤防を通過できる。 この圧巻的な風景を目に焼きつきました。 |
全1ページ
[1]




