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<<今までの慣行農業>>
農耕民族の日本では縄文時代から農耕が行われてきました(中学校くらいで学びました)そのころは「種を採り畑を耕して種を撒く」といった極単純なものだったでしょう。
でも良く考えるとその当時この「種を採り畑を耕して種を撒く」ことに気ずいたのは人類にとって画期的なことだったと思います人間の知恵の偉大さを感じます
しかしまだまだ収穫量も少なくなかなか安定した栽培でなかったのではないでしょうか
そこで人類はいろいろな試行錯誤を繰り返したでしょう。種の作り方や、畑の耕し方、畑にいろいろなものを入れて見たでしょう。すると人糞や鶏糞、木のくずや灰、枯れ草といったものを入れるとだんだん収穫量が増え、安定してきたでしょう。
そんな時代が数千年続きました。しかし天候に左右され、植物の病気のため飢え死にする人も江戸時代くらいまで(1800年代)いたのです。(これも中学校くらいで学びました)
そして明治時代以降西洋文化の流入によって化学という文化が急速に広がり、農薬や化学肥料が普及して行ったのです
農家にとって農薬によって今まで病害虫で苦しめられていたことから開放されました。虫は作物を食害するだけでなく病原菌も運んでくるのです。その病原菌も1つや2つではありません。それを一気に農薬が解決してくれたのです。農家は安定的な収穫が出来るようになりました。
肥料もその作物にあった化学肥料が販売されるようになりそれを蒔くだけで作物はスクスク生長するようになりました葉物は葉物用、果菜類は果菜類用の、根菜は根菜用の 稲にkは稲用の化学肥料をまくだけです。素人の私でもはじめ化学肥料を参考書通りにまけば作物はどんどん生長しました
これで農家のつらく苦しい農作業がかなり改善されたのです。そしてそれ以来日本では飢饉という言葉が消えました。
しかし〜(次回へ続く)
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