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バス写真☆いろいろ5選
長崎県各事業者、西鉄バス、大分県各事業者、宮崎交通、しずてつ、東急バス、新潟交通等の路線バスを扱います!
今回は宮崎交通の日デ製一般路線車をご紹介します。日デ車は6回目の掲載となりますが、お馴染みの古参車から今回初登場のものまで、幅広くご紹介していきます。


①704号車(日デ1986年式 所属:宮崎南営業所)
(1)撮影場所:橘通三丁目交差点(宮崎市)2017年9月
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(2)撮影場所:宮崎駅西口
(2−1)2018年4月
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(2−2)2018年9月
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現役の日デRMとしては最古参となる昭和61年式のグループで、702〜708号車の7両組。以前、同一グループからは日向705号車を掲載している。すでに「お宝」の領域に達している富士6Eボディ袈装車を「日常車」として運用できているのは本当に凄いことだと思う。


②947号車(日デ1990年式 所属:宮崎中央営業所)
(1)撮影場所:宮交シティ(宮崎市)2017年3月
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(2)2枚ともに撮影場所:宮崎駅西口 2018年5月
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宮崎交通における貴重な大型一般路線車の中で、比較的在籍数が多い1990年式の排ガス規制P−代の長尺日デUA。いつ見ても、長くて迫力があってカッコいいバス。いかにも新規登録っぽいナンバーを保有しているが、この947号車だけは、同年式の他の車両と異なり、何らかの事情で1992年頃に再登録されたものと思われる。


③47号車(日デ2001年式 所属:宮崎南営業所)
(1)撮影場所:市役所前交差点(宮崎市)2018年4月
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(2)撮影場所:宮崎駅西口 2018年4月
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富士ボディの一般路線車の中で、行先表示機にLED式か採用された初めての車両。宮崎交通でもこの頃からは本格的な低床車両の採用が行われており、ノンステップとワンステップを並行して購入していたが、この車両はワンステップ仕様となっている。


④98号車(日デ2002年式 所属:宮崎北営業所)
(1)撮影場所:宮交シティ(宮崎市)2017年5月
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(2)2枚ともに撮影場所:高鍋バスセンター 2016年12月
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前項と同型式の年式違いで、宮崎交通の富士ボディ袈装の新車としては最後となった車両。上記と比べると、側面窓周りが黒塗りに変更されており、より引き締まった印象を受ける。同時購入の96・97号車も同じ日デRMであるが、こちらは西工ボディ袈装車である。また、この他にも同時購入として、日野HR(88〜90号車)、いすゞLR(92〜94号車)、ふそうMK(95号車)がおり、当時はまだ新車もバラエティに富んでいた。


⑤412号車(日デ2001年式 所属:宮崎中央営業所)撮影場所:市役所前交差点(宮崎市)2018年9月
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最後は、2016年に突如1台だけ登場した久々の日デ車。中古車も含めてエルガミオばかりが続く中で、非常にありがたい変化球が出現した。中古車両ながら、上記2両と比較しても、黒い側面窓以外は宮交プロパーの車両と似通っているスタイリングのため、もともと居たかのような安心感がある。


30年余り続いた平成時代もいよいよ残り少なくなって来ましたが、宮崎交通ではこの30年を丸々生き抜き、昭和・平成・令和の3つの時代に跨がって活躍することになりそうな車両が、少なく見積もっても50両以上は存在しています。新元号になった後も活躍している昭和時代に製造された車両を現地で収録し、いかにも宮崎交通らしいテーマの回を掲載できればと考えています。

今回は大分交通の中型路線車をご紹介します。本稿ではいすゞシャーシのバスを集めております。


①1820号車(いすゞ1992年式 所属:大分営業所)2枚ともに撮影場所:大分駅前
(1)2014年9月
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(2)2016年7月
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まずは大分市内で1番最後まで頑張っていた富士6EボディのいすゞLR。いすゞシャーシだけは遅い時期まで6Eボディが袈装されていたためで、やはり年式の割には古めかしく見えてしまう。現在では大分交通本体を離れ国東観光バスに転籍となって、在りし日の姿を取り戻したかのように、巻き取り式方向幕を再装備して、ローカル線で最後の活躍を続けている。


②1995号車(いすゞ1995年式 所属:別府営業所)撮影場所:大分駅前 2016年7月
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こちらは別府営業所に所属していた頃の1995号車で、登録ナンバーと同じ1995年式である。大分交通では短尺の中型車も多いが、こちらは一般的な9m車で1994号車との2両が同時に購入されている。1995号車は、2017年春に現地を訪れた際に国東営業所に転属していることを確認した。


③12号車(いすゞ1999年式 所属:大分営業所)撮影場所:トキハフォーラス前停留所付近(大分市)2014年12月
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第85稿でもご紹介したことがある初期のエルガミオノンステップで、この時の多品種少量買いでは、この1台のみが購入されている。グライドスライド仕様の中扉やダークグレーのハイバックの座席などが、以降の「標準仕様ノンステップバス」とは一線を画した特徴となっている。


④597号車(いすゞ2013年式 所属:国東営業所)
(1)撮影場所:竹町停留所付近(大分市)2014年9月
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(2)撮影場所:国東警察署前停留所付近(国東市)2017年3月
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時代は下り、大分交通の一般路線用の新車はいすゞしか購入されなくなってしまった。597号車はそんな状況下で国東に新製配置されたノンステップ車で、国大線メインで使用されている。大分交通本体の国東営業所の配置車は新車の投入がコンスタントに行われており、平均車齢はかなり若くなっている。


⑤812号車(いすゞ2017年式 所属:大分営業所)2枚ともに撮影場所:大分駅前 2018年8月
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最後は新型エルガミオで、モデルチェンジ後2発目となる新車である。812号車は大分営業所に配置され、大分市内線で活躍中である。大分交通では新型に移行した後も、エルガミオの購入が継続されており、ひと昔前まで多くの車種を購入していた事業者とは思えないほど、おとなしい新車ラインナップとなっている。

今回は県営バスより、日野製中型路線車をご紹介する連載の2回目です。撮影場所は、特筆が無いものについては全て諫早駅前ターミナル周辺です。


①1118号車(1986年式 所属:諫早営業所)
(1)2007年11月
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(2)2007年9月
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②2112号車(1987年式 所属:諫早営業所)
(1)2007年5月
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(2)2009年12月
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③3112号車(1987年式 所属:諫早営業所)2枚ともに2011年8月
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まずは、県営バスの昭和60年代製造車両の代名詞とも言える旧式のレインボーから、昭和61〜63年式車を年式ごとに3両一気にドドーンとご紹介。この3年の同型車だけでも16台・12台・5台という大所帯となっており、中型車と言うこともあって、諫早・大村エリアを中心に大量に走り回っていたグループ。今回の1118号車のように、懐かしの白地幕を装備した車両が数量残っており、これらが一日数便しかないレア系統に当たるととても幸運な気分だった。


④2B11号車(1990年式 所属:大村営業所)
(1)撮影場所:大村ターミナル前 2012年4月
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(2)撮影場所:大村営業所 2011年4月 ※敷地外、公道上より撮影
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排ガス規制はP−代のままながらも車体がフルモデルチェンジされており、一気に近代的になったレインボー。2B11号車は小浜営業所廃止に伴い、一旦は長崎営業所へ移り長崎市内で少しだけ華々しい活躍をした後、大村営業所に移動となった異色の車両。


⑤B051号車(2010年式 所属:諫早営業所)
(1)2010年7月
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(2)2011年7月
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最後だけ大きく時代が下って、ジェイバス製ボディのレインボー2ノンステ。県営バスとしてはレインボー2が採用されたのは2005年式の7B5〇代以来2回目の登場である。B051号車は諫早に新製配置されてしばらくは飯盛団地車庫留め置きで、比較的乗客が多い東厚生町〜江の浦・飯盛団地線を中心としたダイヤをこなしていた。この辺の年式以降の県営バスの新車で見られる、広告枠に挿し込まれた白板が新車の証のようで、個人的にとても気に入っているアイテムである。

前項の続きで、長崎バス「時津〜茂木線」の茂木方面行方向幕表示のうち、残りの、北浦・茂木港方面行をご紹介します。


①「茂木港」3810号車(日野1998年式)撮影場所:片町停留所付近(長崎市)2006年5月
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茂木港行は茂木〜天草・富岡航路の利用者に便宜を図る目的で、出発便へ接続できるタイミングの茂木行を延長する形で一日に数本が運行されていた。運転本数が少ないわりに、始発地は時津・溝川・琴海ニュータウン・長崎駅前南口など系統は多彩であった。


②「北浦(旧道経由)」3909号車(日野1999年式)撮影場所:長崎駅前 2006年7月
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③「北浦(茂木港経由)」
(1)「大波止・茂木港10」1607号車(いすゞ1996年式)撮影場所:県庁前交差点(当時・長崎市)2008年5月
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(2)「大波止10」1419号車(いすゞ1994年式)撮影場所:長崎駅前 2005年5月
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北浦は茂木の中心地区の北側に位置し、集落の中心に茂木中学校が位置するような格好になっている。北浦地区は茂木から歩くには距離があるため、北浦行を頼りにしている利用者は多い。北浦行には2ルートが存在し、1つ目が主力となっている片町〜北浦間で旧道を経由するもので1時間おきに運行、2つ目がサブ系統の茂木港を経由するもので、茂木行を延長する感じで1日に数本運行されていた。前者は「大波止・茂木10」、後者は「大波止・茂木港10」を系統幕として使用することで区別されているが、1994年式車までは「大波止・茂木港10」は無く、茂木行で使用するのと同じ見た目の「大波止10」という表示しか装備されていなかった(側面表示にはきちんと「茂木港」も表記されていた)。ちなみに、神の島営業所が担当するようになった現在では、旧道経由のみに存在する松崎停留所をそのまま経由地表記に用いており、「松崎経由」「茂木港経由」と表記されている。


④「南商業(茂木港経由)」
(1)3703号車(日野1997年式)撮影場所:中央橋交差点(長崎市)2007年4月
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(2)1551号車(いすゞ1995年式 所属:稲佐橋営業所)撮影場所:長崎駅前 2005年9月
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(3)1513号車(いすゞ1995年式 所属:茂里町営業所)撮影場所:茂木停留所付近(長崎市)2005年9月
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北浦地区の集落の端の方にあり、2008年3月に閉校となった長崎南商業高校への通学路線。通学時間帯のみ通常の時津〜茂木線が南商業まで延伸される便が主体だが、これだけでは輸送力が足りないため、他営業所の応援運用が存在していた。以前から田上営業所(→新稲佐橋営業所→神の島営業所)や旧稲佐橋営業所(→新茂里町営業所→柳営業所)が長崎駅前南口始発便を担当していたが、特に旧稲佐橋営業所時代からの担当分については、通常、茂木地区に乗り入れないバスが見られるため、レア感満点であった。今回掲載した茂里町営業所時代の頃は、確か晴海台団地駐在持ちだったような記憶がある。


<番外>「太田尾」
(1)「茂木港経由」1814号車(いすゞ1998年式 所属:稲佐橋営業所)撮影場所:茂木停留所付近(長崎市)2005年5月
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(2)「茂木10」3508号車(日野1995年式 所属:神の島営業所)撮影場所:茂木・新田車庫(長崎市)2008年5月
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最後は番外で、田上〜茂木〜太田尾線の太田尾行の行先表示を。その昔は時津方面から直通で北浦を経て片峰・日吉方面行もあったが、茂木〜片峰〜日吉〜太田尾間は時津〜茂木線から切り離され、完全なローカル路線となった。時津営業所の茂木車庫には、代々、瀬戸営業所からの転入車両で、太田尾線専用の中型車が1両配置され、2003年春に担当営業所が新稲佐橋営業所に移った際、この中型車ごと移管された。3508号車の非分割方向幕は時津営業所時代に大型一般路線車で使われていたものと同じであるが、新稲佐橋営業所に移った時には、使用する可能性のありそうなコマだけを残し、切り継ぎしなおしたものが使われていた模様。今回掲示した10番が入った方向幕は、まさに長崎市中心部から直通していた頃の名残の幕で、田上〜茂木〜太田尾線でも時々使用されていることがあり、とてもワクワクしていた。



各社とも今年度のダイヤ改正が発表されていますが、今年度は特に乗務員不足による運行本数の減少に関する情報が目立ちますね。赤字路線の本数削減は言うまでもなく、黒字路線でも運行本数の多い路線は間引きせざるを得ないところも多いようです。このトレンドは今後も続くでしょうから、路線バス事業全体が、規模縮小の一途を辿ることになりそうで、いろいろ楽しめるのも今のうちと改めて感じています。


長崎バスも新年度のダイヤ改正内容がリリースされていますが、他社と比べて前向きな話ばかりだったので感心していたのも束の間、ダイヤ改正後の時刻表をザっと見る限り、マイナスの情報が一切告知されていなかっただけで、本稿で触れた東長崎〜太田尾〜茂木線や、矢の平線の日中の大幅本数削減や、平尾橋線の日中の時津北部TM発着への短縮など、もう少し事前に告知しておくべき重要な情報があるような気がします。逆にグラバー園〜原爆資料館の路線新設は「がらんがらん」と揶揄されていた「らんらん」の二の舞にならないか、余計なお世話ですがとても心配です。

また、近年、運行の合理化が進み、系統が複雑になりすぎており、バス利用者への情報提供の仕方は、従来通りのものではもはや限界を超えている気がします。もともと不親切だった停留所掲示の時刻表のフォーマットはその最たるもので、相変わらず行先の括り方や並び順は極めて不親切な上、昔は、1つの便に多くても2文字の記号しか入りませんでしたが、今回は4文字のものまで登場しており、我々バスマニアが見ても何が何だか分からない感じですので、一般の利用者にとっては言わずもがなでしょう。近年、冊子版の時刻表の方は、昔のものよりも情報が詳細になって分かりやすくなっており、停留所掲示の時刻表は、これと付け合わせてようやく初めて理解できるレベルですので、せめて停留所掲示の時刻表は、機械任せにただ出力するだけでなく、方面別や路線別に再整理したり、掲示位置を変えたり、また、二列しか入らない行先・経由地の欄を拡大してより多くの情報を入れられるようにし、注釈記号による補足を極力排するなど、工夫の余地はかなり残っていると思います。

公私ともに多忙につき、更新間隔があいてしまいました。更新するヒマが無い時に限って、一番手の掛かるテーマをやることになってしまいました。場繋ぎで、とりあえず他のテーマでも更新しておけば良かったですかね…。

今回は長崎バスの方向幕表示ご紹介シリーズの15回目です。本稿と次稿の2回にわたり、旧時津営業所がメインで運行していた茂木方面行の方向幕表示をご覧に入れたいと思います。

茂木方面行は、長崎バス発足の端緒とも言える伝統のある路線であり、2015年春に時津〜茂木線が取り止めになるまでの直近数十年間は、そのほとんどが「時津〜茂木線」として運行されていました。時津地区から幹線道路である国道206号線及び国道324号線を通り、橘湾に面した長崎市南東部に位置する茂木地区に至るもので、特に基幹区間となっている時津〜茂木間は、道の尾・住吉・浦上駅・長崎駅・大波止・中央橋・浜の町・思案橋・愛宕町・田上と、長崎市内の主要地点を南北に結んでおり、利用者も大変多い路線でした。

反面、道路混雑の激しい時津町内や長崎市北部の影響を受け、バスの遅延も常態化しており、これと全く関係の無い茂木方面の利用者がこの影響を受ける状況も続いていました。こうした非効率な運行状況も影響したのか、2015年春の時津営業所の新築移転に伴う路線再編の結果、茂木方面行はついに時津方面路線と分割され、神の島営業所が運行主体の長崎市内線に組み込まれるようになりました。

茂木地区の中心部に位置する茂木停留所は、かつては乗車券の販売窓口が併設された待合所があるなど、小拠点としての風格もありました。また、茂木停留所のすぐそばに現地出退勤のある茂木車庫があり、当時は10両近くの車両が留め置きとなっていました。茂木より先はさらに枝線が延びており、市街地方向より茂木交差点を右折すると、かつては夏場に海水浴場として賑わいを見せていた「宮摺」、さらに南下し旧三和町との境界が近い集落「千々」が行先として存在します。同じく茂木交差点を左折すると、茂木地区の北側にある茂木中学校周辺の集落「北浦」及び、天草・富岡港とを結ぶ航路の旅客ターミナルのある「茂木港」、北浦地区にあり2008年春に閉校となった「長崎南商業高校(南商業)」行などがあります。

前編となる本稿では、当路線のメインとなる「茂木」止めの便と、茂木交差点を右折する「宮摺」「千々」行の行先表示と、2006年の大雨により県道が寸断された際の対応などをご紹介していきます。


①「茂木・大波止10」
(1)1214号車(いすゞ1992年式)撮影場所:長崎駅前 2005年4月
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(2)1509号車(いすゞ1995年式 所属:稲佐橋営業所)撮影場所:長崎駅前 2005年5月
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まずはオーソドックスな茂木行の幕表示から。上述の通り、幹線道路をひたすら真っ直ぐ走る経路のため、大波止くらいしか経由地として書くことが無い(笑)。2枚目は2004年から始まった、ごく一部の茂木行を稲佐橋営業所(のち神の島営業所)が担当するようになった便。旧田上営業所所属車は、もともと茂木行のコマが入っていたため、時津営業所と同じフォントの表示も見られた。


②「茂木・市役所10」1222号車(いすゞ1992年式)撮影場所:長崎駅前東口停留所付近 2004年5月
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こちらはゲテモノの市役所経由便。南商業高校の下校便として、平日の通常授業日に同校発長崎駅前南口行が運行されていたが、その折り返し便として、なぜか長崎駅前東口始発で市役所経由の茂木行が設定されていた。時刻表には学休日運休としか書かれていないため、どの学校の都合に合わせているのかも判らず、平日でも確実に来る保証はないという、全く商売っ気の無いダイヤだった。結局、南商業のスクールダイヤの減少とともにこの便も消滅した。


②「宮摺」3708号車(日野1997年式)撮影場所:長崎駅前 2005年8月
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③「千々」2010号車(いすゞ2000年式)撮影場所:長崎駅前 2006年8月
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茂木より先、観音下・二見茶屋方面へ向かう路線で、基本的に千々行と宮摺行が交代交代に登場する。茂木の1つ次の観音下停留所周辺までで住宅地は終わり、宮摺に着くまで旅館以外にほとんど人家は無い。宮摺までは1時間おき、千々までは2時間おきでの運行で、夕方以降は運行間隔が少し詰まる。宮摺停留所にはバス1両分の待機場と、もう1両分の滞泊用駐車スペースがあるが、千々には長崎市内向けの停留所しかなく、バスは停留所付近のT字路を活用して方向転換を行っていた。滞泊用駐車スペースは、停留所から少し離れた長崎市内側にひっそりと存在していた。かつては、特に宮摺以降は狭隘路が続き、秘境感の強い路線だったが、少しずつ県道の改良工事が行われてきている。


〈番外〉
(1)「茂木(観音下行)」3902号車(日野1999年式)撮影場所:長崎駅前 2007年5月
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(2)「千々(観音下で乗継)」1528号車(いすゞ1995年式)撮影場所:長崎駅前 2007年4月
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(3)「千々〜宮摺〜観音下」9461号車(日野2006年式)撮影場所:茂木車庫(長崎市)2006年10月
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2006年9月1日の営業所再編に伴う大規模なダイヤ改正を控えた前日、長崎地方は豪雨に見舞われた。これにより茂木〜宮摺間で県道が崩落し、県道の応急処置が完了するまでの間、茂木〜宮摺〜千々間は運休となった。同年9月末に応急処置が完了し、小型バスの通行が可能となったことから、時津〜茂木線は特別ダイヤが編成された。2005年に復活していた茂木〜観音下間にある新田車庫に、仮設の観音下停留所を設置し、小型バスと市内側の大型バスとの乗り換え地点としての機能を持たせた。宮摺・千々線専用の小型車として、奇しくもその年に時津営業所新製配置された「みかんちゃん」の予備車である一般路線塗色の9461号車が抜擢された。「観音下行」は通常ダイヤの宮摺行をほぼ置き換えたものとして設定され、観音下停留所利用者に便宜を図ったものと言える。最後に、新田車庫に移設されていた頃の観音下停留所の掲示物を撮影したものが残っていたので参考までに掲載したい。
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次回は、本稿の続きで、茂木交差点を左折し片町停留所方面へ向かう便をご紹介致します。

今回は、2013年3月に訪問した鹿児島市内で撮影したいわさきバスネットワーク(当時)の路線バスをご紹介します。同じ訪問時に撮影したバスとして、これまで鹿児島交通の生え抜き路線車(第204稿)と鹿児島市交通局の交通バリアフリー法適合車両(第349稿)を1度ずつ掲載してきました。今回はその第3弾と言うことで、鹿児島交通の回と対比させるべく、いわさきバスネットワークが保有する、他事業者からの中古移籍路線車を、様々な車体メーカーからピックアップしてみました。


①395号車(いすゞ1991年式)撮影場所:鹿児島中央駅前
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まずは中4枚折戸がなかなかイカす(死語)、排ガス規制U−代の短尺キュービックで、屋根上に複数並ぶ四角いハコが有名な元首都圏の公営事業者が保有していた車両。生え抜きの古参車はさておき、撮影当時の中古車両の中では古い部類だったように思う。側面方向幕は移設こそはされてはいないものの、きちんとしたものが装備されていた。


②760号車(三菱1995年式)
(1)撮影場所:高見馬場交差点
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(2)撮影場所:鍛冶屋町交差点
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元首都圏の私鉄系事業者が保有していた標準尺のエアロスターM。中4枚折戸の下端部に妙な改造痕があるのが特徴的なワンステップ車で、もともとは昇降補助装置が取り付けられていた名残である。


③1151号車(いすゞ1996年式)撮影場所:鍛冶屋町交差点
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こちらも標準尺に中4枚折戸装備で、なかなか迫力のあるカッコいい富士ボディ袈装車。前項とは別の、首都圏の私鉄系事業者のバスである。現在はどう使われているか定かではないが、撮影当時は行先表示機は活用されておらず、貼り付け表示で「新幹線シャトル」(鹿児島中央駅〜南埠頭・桜島桟橋間のシャトルバス)として使われていた。


④1207号車(日デ1997年式)
(1)撮影場所:高見馬場交差点
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(2)撮影場所:鹿児島中央駅前
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同じく富士ボディからはチョロQも1両。もちろん日デRNで、ワンステップ車である。まち巡りバス専用車として、賑やかなラッピングを纏って活躍していた。


⑤1305号車(日野1997年式)
(1)撮影場所:高見馬場交差点
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(2)撮影場所:鹿児島中央駅前
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⑥1311号車(日野1997年式)
(1)撮影場所:高見馬場交差点
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(2)撮影場所:いづろ交差点付近
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最後の2両は、前後扉が特徴的な車両でどちらも同じ関西の公営事業者が保有していたもの。型式も年式も同じ日野車で、純正ボディと西工ボディで造り分けされていた模様。この組は、比較的多数がいわさきバスネットワークに在籍しているらしく、この時も他の車両も何台か撮影できた。撮影当時はいわさきデビューしてさほど時間も経過していなかったこともあり、車体がとてもキレイで好印象な車両であった。



鹿児島市も熊本市と同じで、車種が多彩な事業者ばかりが並存していることから、車両のバリエーションが凄くて、全く飽きませんでしたね。確か、いわさきバスネットワーク自体は鹿児島交通さんに事業移管し、もう消滅してしまったんですよね。それなりの台数が在籍する両者が合流した現在は、鹿児島県内では新・鹿児島交通さんはかなりの存在感があることでしょう。

今回は、2017年9月に所用があり熊本を訪問した際に、ついでに時間を確保して滞在した熊本市都心部にて撮影した多数のバスの中から、九州産交グループのバスをご紹介します。

熊本市都心部で大きく4つの事業者の路線バスがひっきりなしに行き交う様子には感服しますね。熊本市都心部特有の、1番左側の走行帯からバスが一気に右折できるのもなかなか面白かったです。また、4事業者とも保有車両がバラエティに富んでいる点も見どころの1つです。

今回はそんな中でも、台数的に最も多い九州産交グループのバスを取り上げることに致しました。現在では、九州産業交通グループの下で「九州産交バス」と「産交バス」という別々の会社が並立しているようですが、当ブログでは、著者の勉強不足な面も手伝って、どちらに籍があるのか判断が付かないケースもあるため、九州産交グループのバスの総称として「産交バス」という表現を用いさせていただきます。


①2973号車(日デ1995年式 所属:光の森営業所)
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産交の路線バスと言えばやはり西工ボディ袈装車ということで、まずはこちら。多数派のいすゞシャーシあたりかと思い、帰ってから刊行物にて調べてみると、希少な排ガス規制U−代の日デUAだと判明。産交の路線バス標準と言える、前寄り設置の中4枚折戸を持つ中間尺のエアサス装備車で、方向幕や側窓周りのとてもキレイな白色と、真っ黒なLED表示器や着色ガラスとのコントラストが印象的である。


②3093号車(いすゞ1996年式 所属:松橋営業所)
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こちらはいすゞ純正のキュービックで、排ガス規制KC−代の車両。3093号車はもちろん自社発注車でありエアサス車となっている。この訪問回において、いすゞキュービックは、この他にも中古車両を含めて、様々なバリエーションでそこそこの台数が見られた。


③646号車(いすゞ1995年式 所属:玉名営業所)
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こちらは富士ボディ袈装のいすゞLV。このバスは、型式はU−LV318Lと高出力車のようで、この型式だけを見ると、長崎バスが真っ先に頭に浮かび、勝手に親近感を覚える。しかしグライドスライド仕様の中扉が物語るように、排ガス規制U−代ながら先進的なワンステップ車となっている。


④687号車(日野2009年式 所属:熊本営業所)
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2016年夏に熊本を訪れた時には、空港リムジンバスが通る場所が分からず、撮影できずじまいだったため、今回は事前にルートや低床車両ダイヤなどを調べ上げ、全力で撮りにいった。日野KVノンステに西工ボディが袈装されただけでも面白いが、あの空港リムジン専用塗色を纏うなんて夢のようである。先行投入された594号車との2両が活躍中だが、こちらはラッピング広告を掲出中でリムジン塗装が見えないため、687号車を今回は掲載した。


⑤921号車(三菱1999年式 所属:熊本営業所)
(1)撮影場所:水道町交差点(熊本市中央区)
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(2)撮影場所:花畑町電停付近(熊本市中央区)
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最後は、中古導入のエアロスターノンステで、くまモンを筆頭に熊本県内各地のPRキャラクターが多数登場し、熊本らしさ満点の賑やかなラッピング車両。首尾よく右後ろ側からの撮影にも成功し、全方向からの様子を紹介できるため、今回の掲載に至ったもの。近年は、どの事業者も少しでも多くの人にバスに興味を持って貰おうと、こうした広告ではない「楽しい」ラッピング車両もよく見かけるようになった。


今回の産交バスの分だけでも、まだまだ未紹介のものがありますし、加えて、他の撮影機会の分や、他の3事業者の分も合わせると、とても掲載自体が追いつかないですが、今後も、少しずつ掲載していきたいと思ってはいます。

なお、今回掲載した画像の撮影場所については、特筆が無ければ、全て熊本交通センター及びその周辺です。また、記載した車両情報は複数の刊行物に掲載されている情報に基づくものですが、所属営業所等は誤りがあるかも知れませんので、あらかじめご了承願います。


よく見ると、ここ最近の掲載記事の順が、西鉄バス→堀川バス→九州産交バスと九州を南下してきていますので、次稿はついでに鹿児島まで行ってみようと文章を書きながら、今決めました。

今回は第186稿以来、久しぶりに堀川バスの一般路線車をご紹介します。前回も書きましたが、堀川バスを狙って撮りに行ったことはこれまで1度もなく、西鉄バス撮影の合間に来るものをついでに撮ったものばかりです。よって、どうしても西鉄・JR久留米駅や西鉄柳川駅で撮影した車両に偏っており、主力路線とも言える羽犬塚〜福島〜黒木・矢部などの情報が殆ど提供できませんので、予めご了承下さい。


①4534号車(いすゞ1988年式)撮影場所:西鉄久留米 2009年8月
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まずは目が覚めるような富士5Eボディ架装のいすゞLV。堀川バスのこの伝統的なカラーリングと丸みを帯びた5Eボディがとてもよくマッチしていて素敵な1台。上下可動の2段窓の枠あたりまで朱色で塗装されていて、より一層、ひと昔のバス感を演出しているように思う。


②4753号車(いすゞ1995年式)
(1)撮影場所:西鉄久留米 2011年11月
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(2)撮影場所:JR久留米駅前 2012年11月
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こちらは、より角張ったフォルムとなった富士7Eボディ+いすゞLTの組み合わせ。前項と同じ事業者からの移籍車両ということもあり、仕様面では似通っているポイントも多い。堀川バスでは、2段窓にもかかわらず横引カーテンが装備されている。


③4868号車(いすゞ1997年式)2枚ともに撮影場所:JR久留米駅前 2011年11月
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さらに時代は下り、排ガスKC−代のLVでワンステップ車である。これまでの2両とは出自が異なり、見た目で分かりやすい識別点は、中扉が4枚折戸であること、側面方向幕の取付位置、座席モケットのデザインなどがあげられる。同型と思われる車両が複数台居て、デビュー当時はご覧のように久留米競輪の無料送迎バスに使われていたが、現在では一般路線で使用されている模様。


④9131号車(三菱1999年式)撮影場所:西鉄久留米 2012年3月
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堀川バスではとても珍しいふそうの路線車で、しかもこちらも珍しい7mクラスである。銀色サッシのメトロ窓と今どきあまり見なくなった細長い前面方向幕が特徴的な車両である。収容力の問題から、運用される路線は限られているものと思われる。


⑤8369号車(いすゞ2001年式?)2枚ともに撮影場所:西鉄久留米
(1)2013年12月
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(2)2017年4月
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最後は、比較的最近の移籍車両で、その装備内容から①②と同じ出自であると思われる。排ガス規制KK−代のエルガミオワンステップで、堀川バスでは巻き取り式方向幕が装備された。もともと装備されていたウィンカーと連動する警告音がそのままになっており、西鉄久留米バスセンター内でも「キンコンキンコン」と轟かせながら走っている堀川バスはかなり多い。



今回、突然思い出したように堀川バスの記事を載せることにしたのは、ハードディスクの中を漁っていたら、堀川バスのフォルダから①4534号車が出てきたからです。その当時は富士ボディに全く関心が無く、福岡ではひたすら西工の路線車ばかりを集めていたため、こんなバスが居たことさえも記憶に無いほどで、しれーっとこの5Eの記録数点が残っていました。バスマニアあるあるかもしれませんが、やはりその時に興味は無くても、「一応、撮っておく」ことも大事ですね。「後悔先に立たず」です。こんなことがあると、宮崎でももう少し真面目にポンチョ撮影しておいた方がいいのではと思ってしまいます(笑)

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