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バス写真☆いろいろ5選
長崎県各事業者、西鉄バス、大分県各事業者、宮崎交通、しずてつ、東急バス、新潟交通等の路線バスを扱います!

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公私ともに多忙につき、更新間隔があいてしまいました。更新するヒマが無い時に限って、一番手の掛かるテーマをやることになってしまいました。場繋ぎで、とりあえず他のテーマでも更新しておけば良かったですかね…。

今回は長崎バスの方向幕表示ご紹介シリーズの15回目です。本稿と次稿の2回にわたり、旧時津営業所がメインで運行していた茂木方面行の方向幕表示をご覧に入れたいと思います。

茂木方面行は、長崎バス発足の端緒とも言える伝統のある路線であり、2015年春に時津〜茂木線が取り止めになるまでの直近数十年間は、そのほとんどが「時津〜茂木線」として運行されていました。時津地区から幹線道路である国道206号線及び国道324号線を通り、橘湾に面した長崎市南東部に位置する茂木地区に至るもので、特に基幹区間となっている時津〜茂木間は、道の尾・住吉・浦上駅・長崎駅・大波止・中央橋・浜の町・思案橋・愛宕町・田上と、長崎市内の主要地点を南北に結んでおり、利用者も大変多い路線でした。

反面、道路混雑の激しい時津町内や長崎市北部の影響を受け、バスの遅延も常態化しており、これと全く関係の無い茂木方面の利用者がこの影響を受ける状況も続いていました。こうした非効率な運行状況も影響したのか、2015年春の時津営業所の新築移転に伴う路線再編の結果、茂木方面行はついに時津方面路線と分割され、神の島営業所が運行主体の長崎市内線に組み込まれるようになりました。

茂木地区の中心部に位置する茂木停留所は、かつては乗車券の販売窓口が併設された待合所があるなど、小拠点としての風格もありました。また、茂木停留所のすぐそばに現地出退勤のある茂木車庫があり、当時は10両近くの車両が留め置きとなっていました。茂木より先はさらに枝線が延びており、市街地方向より茂木交差点を右折すると、かつては夏場に海水浴場として賑わいを見せていた「宮摺(みやずり)」、さらに南下し旧三和町との境界が近い集落「千々(ちぢ)」が行先として存在します。同じく茂木交差点を左折すると、茂木地区の北側にある茂木中学校周辺の集落「北浦」及び、天草・富岡港とを結ぶ航路の旅客ターミナルのある「茂木港」、北浦地区にあり2008年春に閉校となった「長崎南商業高校(南商業)」行などがあります。

前編となる本稿では、当路線のメインとなる「茂木」止めの便と、茂木交差点を右折する「宮摺」「千々」行の行先表示と、2006年の大雨により県道が寸断された際の対応などをご紹介していきます。


①「茂木・大波止10」
(1)1214号車(いすゞ1992年式)撮影場所:長崎駅前 2005年4月
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(2)1509号車(いすゞ1995年式 所属:稲佐橋営業所)撮影場所:長崎駅前 2005年5月
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まずはオーソドックスな茂木行の幕表示から。上述の通り、幹線道路をひたすら真っ直ぐ走る経路のため、大波止くらいしか経由地として書くことが無い(笑)。2枚目は2004年から始まった、ごく一部の茂木行を稲佐橋営業所(のち神の島営業所)が担当するようになった便。旧田上営業所所属車は、もともと茂木行のコマが入っていたため、時津営業所と同じフォントの表示も見られた。


②「茂木・市役所10」1222号車(いすゞ1992年式)撮影場所:長崎駅前東口停留所付近 2004年5月
イメージ 9
こちらはゲテモノの市役所経由便。南商業高校の下校便として、平日の通常授業日に同校発長崎駅前南口行が運行されていたが、その折り返し便として、なぜか長崎駅前東口始発で市役所経由の茂木行が設定されていた。時刻表には学休日運休としか書かれていないため、どの学校の都合に合わせているのかも判らず、平日でも確実に来る保証はないという、全く商売っ気の無いダイヤだった。結局、南商業のスクールダイヤの減少とともにこの便も消滅した。


②「宮摺」3708号車(日野1997年式)撮影場所:長崎駅前 2005年8月
イメージ 1


③「千々」2010号車(いすゞ2000年式)撮影場所:長崎駅前 2006年8月
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茂木より先、観音下・二見茶屋方面へ向かう路線で、基本的に千々行と宮摺行が交代交代に登場する。茂木の1つ次の観音下停留所周辺までで住宅地は終わり、宮摺に着くまで旅館以外にほとんど人家は無い。宮摺までは1時間おき、千々までは2時間おきでの運行で、夕方以降は運行間隔が少し詰まる。宮摺停留所にはバス1両分の待機場と、もう1両分の滞泊用駐車スペースがあるが、千々には長崎市内向けの停留所しかなく、バスは停留所付近のT字路を活用して方向転換を行っていた。滞泊用駐車スペースは、停留所から少し離れた長崎市内側にひっそりと存在していた。かつては、特に宮摺以降は狭隘路が続き、秘境感の強い路線だったが、少しずつ県道の改良工事が行われてきている。


〈番外〉
(1)「茂木(観音下行)」3902号車(日野1999年式)撮影場所:長崎駅前 2007年5月
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(2)「千々(観音下で乗継)」1528号車(いすゞ1995年式)撮影場所:長崎駅前 2007年4月
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(3)「千々〜宮摺〜観音下」9461号車(日野2006年式)撮影場所:茂木車庫(長崎市)2006年10月
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2006年9月1日の営業所再編に伴う大規模なダイヤ改正を控えた前日、長崎地方は豪雨に見舞われた。これにより茂木〜宮摺間で県道が崩落し、県道の応急処置が完了するまでの間、茂木〜宮摺〜千々間は運休となった。同年9月末に応急処置が完了し、小型バスの通行が可能となったことから、時津〜茂木線は特別ダイヤが編成された。2005年に復活していた茂木〜観音下間にある新田車庫に、仮設の観音下停留所を設置し、小型バスと市内側の大型バスとの乗り換え地点としての機能を持たせた。宮摺・千々線専用の小型車として、奇しくもその年に時津営業所新製配置された「みかんちゃん」の予備車である一般路線塗色の9461号車が抜擢された。「観音下行」は通常ダイヤの宮摺行をほぼ置き換えたものとして設定され、観音下停留所利用者に便宜を図ったものと言える。最後に、新田車庫に移設されていた頃の観音下停留所の掲示物を撮影したものが残っていたので参考までに掲載したい。
イメージ 6


次回は、本稿の続きで、茂木交差点を左折し片町停留所方面へ向かう便をご紹介致します。

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