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16日の朝、病院の予約のためタクシーを呼んだが台風の
影響で、道が混んでいるので、来てくれない。仕方なく
夫婦で、歩いた。夫婦で歩くことは、久し振りで照れくさい。
こんな都会の田舎?なのに、都会とは、こんなもんだ。
タクシー程度でこのありさまだから、水害や火事などの災害時
なら、多分、夫婦で死んでいるだろうと思った。
それも、まーいいか・・・・・。一度は死ぬのだから・・・・・・。
過疎の田舎は、どうなのだろう?と思い姉に電話して聞いた。
「車、次第だネ」とのとこです。
過疎の街では、ナニよりも、人手がないので、自分で避難する
必要から、かなり、遠距離を行かねばならず、自分の体力を
補うため、どうしても、車が必要とのことです。
過疎ほど、車が必要な日本なのです。それほど過疎ほど
車が必要なのです。田舎は大量輸送機関など、期待できず
緊急時は、死に至ることも、あるのです。
都会は車の渋滞で、避難できず、田舎は、遠距離のため
車が必需品なのは、ナゼか皮肉なことです。
もし、車が無いとしたら、自分の体力の範囲で、避難しなければ
ならなくなりますが、今日の高齢化時代はたぶん、難しいでしよう。
障碍者・歩行困難者・・・・。・沢山おります。
なにしろ、買い物にも、行けない人が大勢いるのですから。
ですから、これらの人が、助かるためには、厳しいようですが、
身体を鍛えるしかないのです。過密・過疎に関係なく、安全な
ところまでは、自分でナントカする、体力を付けておく・・・・・。
ここは、最低限必要です。
それが不可能ならば、他人に依頼できる、体制を作っておく
ことです。つまり、平生からの付き合いが大事なのです。
自己中心の人が緊急時助かる確率は非常に低いということです。
これは、当たり前のことです。誰もイヤなヤツには関わり合いたくは
ないからです。
いくら過疎でも、過密でも、人と仲良く交わることが、基本なのです。
ですから、自分さえ良いのは、間違いなのです。
特に都会では、人との付き合いが薄いようです。が人はどこで
他人に助けられるかわからないのです。
自分一人で今日があるなどと、思っている人は人生を分かって
無い人なのです。
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