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酒の肴でありません。恐縮します。僕が一番好きな食べ物は、
親子丼です。毎日、3食でもOKです。いつも、親子丼のことを
考えて生きています。
これまで、何万回となく親子丼をたべましたが、理想の親子丼とは、
かってのTVドラマ「そうとも、それが、青春ダ・・・・・。」みたいに、
積極的に、グイグイ、美味しさを主張してくる、マサニ、生きた、丼です。
イメージで言えば、夏木陽介・勝野洋・森田健作の名優に代表される、
青春の丼です。丼が、ハチキレそうに、膨らむイメージが大切です。
「空に向かってあげた手に、若さが一杯〜中略〜。。。。、」
それに、舟木一夫の「学園広場」が伴えば、モウ最高です。
親子丼は、青春の食い物なのです。
だから、ジジクサイ消極的丼は、ダメです。
かって、京都の老舗と言われる、食堂で親子丼を食べましたが、
味はともかく、丼が消極的なのです。明日死ぬんではないのか・・・・・。
と思ったほどです。要するに、勢いがないのです。
本来の親子丼とは、、タマゴがフアフアで、出汁が良く効いて、鶏肉がやわらかで、
玉ネギが、少し固めで、丼が積極的でなければ、美味しくないのです。
ですから、丼全体が、押し出してくる、感じが、良い、親子丼です。
ナゼ老舗が消極的なのか分りますか?
それは、感染症を恐れるあまり、スデに、鶏肉を煮込んであるからです。
こうすれば、感染症には対抗でき、味もマアマアのものが出来ます。
ここが問題なのです。鶏肉を煮込み保存すると、冷えて肉の量が
減ります。出す直前に温めますが、肉は減っているので、いくらタマゴで
ごまかしても、貧弱な丼にしか、ならないのです。
これが、老舗のくだらんマニアル料理です。
安全は解りますが、美味しさが無いのです。
だから、ジジイが死ぬ直前の消極的、親子丼になるのです。
美味しい親子丼とは、「若さがハチキレル、積極的丼」なのです。
ナンナラ試しに、その辺の歴史ある、食堂へ行けばよく分ります。
味はマアマアでも、皆、消極的丼のオンパレードです。
店屋物も皆そうです。勢いがないのです。
コンナものを食べていたのでは、将来などありません。
だから、出世しないのです。カツ丼がはびこるわけです。
本来、親子丼は、日本的で料理が難しいものなのです。
ナゼなら、タマゴを温め、かけ回す、技術は簡単では、ありません。
タマゴ料理が出来れば一応一人前とも言われてますが、
職人でも、上手な人はナカナカおりません。
このように、親子丼は、最低限の調理技術が必要です。
だから、安全ばかり、気にして、本来のうまい丼が少ないのです。
もし、美味い親子丼を提供できれば、アットいうまに、全国区になります。
「ミミウ」がそうです。「ミミウ」もいまでは、手抜きを覚えましたが、
大阪十三店があったころは、店長みずから、丼を作ってくれたものです。
あの時の丼は、まさに、「若さがハチキレて。」いました。
「ミミウ」が出たついでに、苦情を一言。
木のスプーンで掬わなければ食えぬような、親子丼は出してはいけない。
と言うことです。これは、タマゴ調理技術が無いため、出汁で、ごまかして
いるのです。無理もありません。ほとんどが、パート・アルバイトですから、
調理技術は向上しません。急にデカクなつた、ツケでしょう・・・・・。
だいたい、大阪系のクイモノは味付けが上手なのです。
タコヤキやオコノミヤキの味にまで、こだわる、職人が多いのです。
あのタコヤキに、出汁を取るのですから、異常と言えば異常です。
僕の友人で、3年、タコヤキの味を研究してた、馬鹿者がいましたが、
ソイツは、後年、億万長者になりました。美味しければ成功できる、
土地なのです。これほど、人の食欲はスゴイのです。
ですから、成功は簡単なので、誰でもやりたがるのですが、
実は、調理の基本を分ってなければ、成功などできないのです。
その基本が、親子丼です。
食材を見れば良く分ります。全国どこにでも、ある、食材です。
しかし、「若さがハチキレル」親子丼をつくるには、並みの努力では
出来ないのです。
青春の親子丼が理想なのです。
いままで、一番理想に近い親子丼は、鹿児島の霧島に近い山奥の里で
たべた、名も無い食堂の250円の親子丼でした。
肉は柔らかくハリがあり、玉ネギはシャキットしており、タマゴは、勢いよく
飛び出るほど乗っていました。そして、出汁が少し甘めで、とても、おいしいのです。
店のおばさんは、「砂糖をフンパツしといたから、ネ」といいました。
感激したので、3杯たべました。
帰りのバスが鹿児島につくまで、グッスリ寝てました。
そうなのです、勢いのある、親子丼は、「気配りと優しさ」も
必要なのです。
昔は、若者に対する優しさが今より、沢山ありました。
親子丼とは、日本人伝統の、心ある、食い物なのです。
誰でも、普通に作れるようになって下さい。
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日本の心
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最高裁判決は今時、珍しく正しい。 |
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ssiiidaです。これは、中国の史記にあるコトワザです。現日本では、ヤヤ誤って解釈されているので、 少し説明します。基本はかわりませんが読んで、字の如し、ではないのです。これは、政治用語です。 すなわち、「国を富ませるにはどうすれば良いか?」と言うことなのです。 史記の中では、「まず、農商工などの産業を活発にするために、国が、お金を使い、奨励策を取り 一定の水準まで、国民を豊にし、人心を安定させる。その上でないと、礼儀もクソもナイ」というのが、 本来の意味です。 今、日本で使われている意味と少しニュアンスがちがいます・・・・・・・・。 日本は豊になったのだから、礼儀正しくしなければいけません。と同じに取るわけにはいきません・・・・。 全国的にはそうでしょう。GDPなどの産出額も世界有数です。でも、ナゼカ豊かさが実感できないのです。一人当たり県別年収比較をみると、一目了然です。一位の東京都450万円から、最下位沖縄県の 160万円まで、格差あり過ぎです・・・・・・。 そうすると、東京都の人人は礼儀正しいのですか?ぼくは、残念ながら、逆だと思う・・・・・。 島根や沖縄のほうが、ヨッポド礼儀はただしいです。純朴で、誠実です。 だから、現日本は衣食足りて礼節を知る国にはなってません。 従って、日本は本当は豊かではないのです。 低所得者が、礼儀正しく、高所得者が、レベル低ければ、ダメなのです。 東京人が、礼儀知らずというのではありません。それなりは、です。 ただし、1900万人の平均が450万円ですから、貧しい人人も多いわけで、やはり、日本は 豊では、ないのです。 いつの間にか、コンナことになったのです。僕も40年サラリーマンをやりましたが、税金・保険・其の他で30%くらい支払い続けました。これだけ払えたことに、後悔はありませんが、その割には、 世の中が豊かになっていないのです・・・・・・。礼節が乱れているハズです。 おまけに、格差がひどいなどは、50年前はみな貧しく格差など、感じるハズもなかったのです。 あったのは、前途に対する希望・野望だけです・・・・・。 それが、コンナニ差がついては、貧しい人は希望など持てるわけがありません。 自由経済・資本主義ですから、能力ある人が豊かになるのは、良いことです。 しかし、程度があります。富は偏在してはいけないということです。 世の中のシクミとして、貧しい人へのセーフテイネットが重要なのです。 人の能力などは、大した差はないのです。多分に運のほうが、強い日本です。 良い星の下に生まれた。おやの七光。名門、たしかに、あるのです・・・・・。 これは、日本は昔からあることで、有史以来なのです。聖徳太子より以前からあったのです。 しかし、戦後、日本国憲法が出来、平等・基本的人権の尊重となってから、あまりの、差別はダメです。 憲法違反です。憲法を変えない限り、憲法違反なのです。 だから、貧困に苦しむ人人は国がたすけなければ、ダメです。金持ちから、取り上げてでもかまわないです。それが、日本の国是です。それで、なければ、礼節など、正しくなるわけが、ないのです。
豊かな所に礼節があり、貧しいところには、礼節ナシと知るべきです。 |
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7年ぶりに千葉まで行った。神田須田町の元下宿先に挨拶したが、皆、亡くなっていて、千葉にお墓があるとお子さんたちが言うので、回った。タッタ40年しかたってないのに、お世話になった人人が皆いない・・・・人生は短い。 |

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桜前線が北上中です。今年は少し早いらしいけど、毎年必ず、訪問してくれます。日本列島は南北 2000km近くあるので、最後の根室・利尻は5月末まで掛ります。ここらは、「ソメイヨシノ」の いわゆる標準木ではなく、「チシマザクラ」があります。 10年前根室に行った時、小学校の校庭で、可憐な「チシマザクラ」を初めて見ました。それは 「ソメイヨシノ」とは異なり、背は低く1.5mほどの高さで本州で言う「サツキ」に形が似ており とても、可愛いモノでした。でも桜には違いありません。キッチリ花びらがあり風に吹かれて 花びらが飛んでいました。日本には種類が違っても全国、桜が咲くのです。 冬には梅。春には桜、夏にはセミ。秋には紅葉・カエデ。ナント、「優しく・豊」なのでしよう。 「春夏秋冬」ご承知のとうり「四季」です。でもその中身です・・・・・。日本の四季は 「優しい」のです・・・・・。同じように四季のある「外国」へも何度か行きましたが、「優しく ない」のです。「荒ら荒らしく、殺風景」なのです。つまり四季に関わる「情緒」が無いのです。 これだけでも、日本の四季の素晴らしさが解ります。世界中にいわゆる「リゾート」など」沢山 ありますが、日本はすべて「リゾート」みたいなモノなのです・・・・・。 なんたって「四季が優しい」からです・・・・・。南洋のギラギラ太陽も通人にはお好きでしょうが 長時間滞在できるモノではありません。紫外線障害が怖いのです。 それから、「適当」に雨・風・雪が降るのも良いのです。年平均降雨量は1500〜1800mm程度で これも「優しい」のです。数年前に世界一の降雨量20000mmのインドアッサム地方へ行きましたが、 アンナのは「雨」ではありません。「滝」です。「治水」など出来ないのです。 「適当に優しい風雨」が良いのです。雪もそうです。日本の雪には「情緒」があります。 豪雪地帯にすら「情緒」があります。ジット雪に耐え春を迎える良さがあります。 粘り強く節度ある人人を生んできました・・・・・。日本の良さです。 また夏は暑い暑いと言っても、40度になるのは数日です。砂漠地帯へも行きましたが日本人の 僕には「キツスギ」ました。乾燥がひどいのです。湿気というのがまるでないのです。 「荒荒しい」のです。砂漠は「優しさ」がありません。数日なら「ガマン」出来ぬことはありませんが 一生生活は日本人には無理です。 ことほどさように、「日本の四季は優しい」のです。 この四季が「日本人の心」を作りました。 だから基本的には日本人は「優しい」のです。四季に感動し情緒的で、「涙」を流すのです。 ドンナ強い人でも「鬼の目に涙」がでるのです・・・・・。 「演歌」「浪花節」「民謡」「盆踊り」「秋祭り」・・・・・皆、優しさの表れです。 このような優しい四季があったため、農業は数千年前から発達しました。 縄文時代からです。弥生時代からではありません。縄文時代ですからお間違いなく・・・・。 これは青森の三内遺跡へ行くと良くわかります。縄文時代は「狩猟」が中心ですが、「クルミ」などは 「栽培」してたのです。「栽培」は農業です。 ナゼ農業かと言うと、「農業」は「組織化」されてなければ出来ないからです。 原始社会での「組織化」ですから、たぶん「リーダー」がいて「組織化」されていたのだと思います。 この「組織化」には「秩序」が必要なのです。ここで、必要なのは「人の和」です。 「人の和」のためには他人とうまくやる「礼節」が欠かせません。僕はそのように考えます。 ここで、日本人は礼節を身につけたと思います。 ここが外国と違うところなのです。 外国には野蛮な人人が沢山います。それは人種が多いからです。そして陸続きだからです。 略奪・凌辱・侵略・・・・ありとあらゆる悪をやらなければ生きれなかったからです。 日本は島国です。これも幸いしました。侵略されることナシに「美しい心」が残りました。 幕末に日本へ来た外国人が「清潔で礼儀正しく優しい。コンナ国民は世界中どこにもいない」と 多くの人が言っているのです。たぶんアングロサクソンでしょう。 アングロサクソンは野蛮ですから、「お里が知れます」 それから「勤労」です。これも数千年の伝統があるのです。ナゼか? 資源無く、農業生産力だけですから、「一所懸命」働かなければ生きれなかったのです。 日本の歴史で、豊なのは、ここ50年ほどなのです・・・・・。 タッタ150年前でも、飢饉で、死亡者が沢山でたのです。戦前でも農村は貧しかったのです。 だから、「勤勉」は奨励されました。「働かざる者食うべからず」です・・・・・。 四季の恵みへの感謝と礼節と勤労は日本人が世界に誇る、立派な特質です。 外国へ沢山行きましたが、それぞれ特質はありますが、三拍子そろっているのは日本人だけです。 外国でもそれなりに立派ですがいわゆる「帯に短しタスキに長し」なのです。 それと「動機が不純」です。日本人で言う「ただ働き・サービス残業」などは見たこともありません。 日本人は優しいのです。人が良いのです。 今は法治国家ですから、「ルール」が優先しますが、「滅私奉公」は日本の伝統なのです。 その裏側に上下の「信頼関係」があるのです。 「自分を信じてくれるのであれば死んでも構わない」人人なのです。 ナント健気で優しい人人なのでしょう・・・・・。 いろいろ良い点悪い点はありますが、今日の日本を作ったのは実は「優しい四季」に行き当たり
ます。すべてはここから、出発しているのです。 まだまだ言い足りない点はありますが、「日本の四季」を大事にしましょう。 そして「日本の優しい四季」を味わってください。 桜が満開です。 |
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