|
日本人の生きざまの中で、最重要なのは、礼節であると固く信じている。
四季や勤労は当たり前。礼節=自制心だと思うからだ。
礼節を無くしたことで、不幸になった人を沢山見てきた。
ただし、この礼節は、残念ながら、個人的に注意していても、
うまく、行くものでもないところに、悲劇が生まれる。
礼節は、社会的なものだから、相手に問題があれば、不幸にもなる。
特に、家庭内とか男女関係とか親子関係の不幸は、ここに、起因する。
礼節=自制心なのだから、簡単なようだが、実はとても、難しい。
今日は、礼節が崩壊して、不幸になった例と、幸せになる例を
見て見よう。不幸になった、例は、自分のことだから、ホボ正しい。
礼節=自制心なのだが、人間生きて行くために、これを100%発揮する
のは、とても難しい。とくに、若者で、人生経験の少ない人やあまり、世間の
事を知らない、ボンボンや箱入り娘には、そのため、苦労することになる。
だから、「まだ、人が出来ていないから、早すぎる」などとなる。
これは、一部当たっているのダ。
不幸になりたくなければ、人生経験を積むことも、必要なのダ。
「可愛い子には旅をさせよ」などの、教訓は間違いではない。
しかし、人間生身の動物であるため、そうとは行かない事が多い。
つまり、動物に備わっている、欲望ダ。若い時ほど、男は女を求める。
女もホボ同じダ。これは、カラダから来る欲望である。
ここは、礼節とは関係がないと言えばそうとも、言える・・・・・・。
「下半身には、人格がない。」などとも、言われる。
したがって、心とカラダなどと、教育的には良く言われるが、
それほど、この両方のバランスを取るのは、難しいのダ。
もう少し、言えば、「生殖と哲学」みたいなものだかダ。
ここは、種の保存にも関係するからダ。
最初に、生殖ありき・・・・・。なのです。
決して最初に、自制が出るわけは無いのです。
ですから、世の中の大半の人は、不幸になるべく、生まれついて
いるのです。ここを、マズ理解することです。
ナゼなら、初めから出来た人など少ないからです。
それだけ、人生経験が少ないことは、幸福のハンデになるのです。
礼節とは、ソンナものなのです・・・・・・・・・・。
でも、ジジイ・ババアになっても、礼節の無いヤツもいます。
これらは、それまで、と思って見捨てられるだけです。
すなわち、可哀そうなヤツラなのですから、放っておきましょう。
ナゼ自制がないと、不幸になるか?
自制すなわち、コントロールです。
コントロール出来ない自分と言うことになります。
自分で自分をコントロール出来なければ、起きることは、ストレスと
言う人間最大の病気です。単なる、ストレスだけではありません。
ここには、不安・猜疑:・嫉妬・人間不信・ミジメ・自己嫌悪・・・・・・・
サマザマな、ストレスが押し寄せます。そうなると、もはや、
病気です。不幸の始まりです。
僕の経験では、この段階から、立ち直った人は少ないです。
たとえなおっても、多かれ少なかれ、大変な精神的ダメージを
引きずります。悪くするとガンになります。
ガンになる、シナリオは、ストレスから、大酒をのんで、肝臓ガンに
なったり、不安から、タバコを吸い続け、肺ガンになったり、やけくそで、
焼き肉ばかり食べて、大腸ガンになったり、サマザマです・・・・・・。
ガンでなくても、生活習慣が乱れて糖尿病になったりします。
糖尿病は、すべての病気を誘発します・・・・・・・。
病気は、不幸の始まりなのです。不幸と言ってもいいでしよう。
それでは、幸福について。
あまり、幸福になったことがないので、参考までに。
僕がいつも考える幸福とは、「自分が考えている事が、自由にできること。」
ダと思っています。
ただし、それは、大きな事では無く、小さなことから、始まるとも思ってます。
今日は、ガソリン入れよう。と考えたら、それが、出来るように努力する。
洗車しよう、とかんがえたら、洗車に全力を挙げる。
あそこまで、行こうとおもったら、必ず行く。あれを食おうと思ったら、
必ず食う。そして、それらは皆、法の範囲で、行います。
もちろんジジイですから、全て常識の範囲です。
すなわち、体験したいのは、小さな成功なのです。
小さな、成功でも、沢山重なると、大きな物なのです。
そうなると、大変、幸福感に包まれます。
ジジイになると、大したことは、出来なくなりますし、行動も限定されます。
ですから、大きいことは、できませんが、小さな成功体験はできます。
それを積み重ねるのです。
これなら、いくつになっても可能です。
つまり、幸福とは、小さな事なのです。
|
礼節の時代
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]







