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この年になり、振り返ると後悔の連続でいまだによくわからない。
つまり、その結果などは先にわからんし、あとになって分かったところで
手遅れということだ。だから、昨日があり今日があるそして明日も
ある人は大変お目出度く幸福な人だと思う。
60までは、世間を罵り社会を批判してきたが、この年になり、
やめた。自分一人でも身を処せないのに他人のことや社会の
ことまで、批判する資格は無いとさとったからだ。
結局人の良し悪しや幸不幸は、その人がその場その場でする
決断のみに人生があるということだと分かったからだ。
過去や現在、まで分かるのが人生なのだ。
未来は神のみぞ知るということ。
まれに天才がいて将来をよそくし、成功する人がいるがまさに
天才だけで、大半の普通の人は、将来の予測などできはしない。
だからいくら考えてもあしたのことは分からない。
たとえば今3人の恋人がいたとすると誰と付き合い誰と将来を
共にするかなどのときだが、現実にぼくはそうだった。
3人とも、健康で気持ちが良い可愛い子でした。
その時が僕の人生のケッダンの一回目だったのです。
結局、中の一人を選び結婚しましたが、その妻は10年目に
病気で亡くなりました。これが結果なのかどうか僕にはわかりません。
死ぬとか生きるとかは人の運命なのです。あしたのことは、誰にも
わからないのです。
また残っている2人の女性も本当のところ幸せかどうかもわかりません。
しかしケッダンするしか方法はなかったのです・・・・・・・・・・・。
人生は決断の連続なのです。
けっだんに良い決断悪い決断が厳然としてあるのです。
ただし、それは分からないことが多いのです。
できればいろいろな人の意見を聞くべきです。
自分一人の決断などたかがしれているのです。
良く昔は古老やオトナの意見に従ったというのはあながち悪いことでは
なかったのです。身内ほど身内を大切に思ってくれてます。
ですから、他人の意見を聞くくらいの余裕はもちたいものです。
選択ほど難しいものはないのです。
アナタを幸福にも不幸にもします。
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人生は選択だ
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