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6月13日は平成25年度の最初の年金支給日でした。
先月は引っ越しや妻の帰国などで金をつかいすぎて、
5月末には、6000円しかサイフになかったのです。
でもこの年になると食糧はいらないし公共料金も払った
あとなので、気楽にしてましたが、妻が帰国の際に
「愛してるなら国際電話を1週間に1度はくださいネ」
との爆弾発言?があり、困った結果、格安国際電話が
あると聞いて指定された電話番号にかけてましたが、
安さをいいことに長電話するので、結局追加料金を
とられることになりました。
それで、年金日にはいち早く駅前の銀行にいきました。
いつもは僕はいったことがありません。妻の役割です。
いってみて驚きました・・・・・・・。
なんと普段はみたこともないようなジジババが沢山
銀行にひしめいているのです。ほとんど高齢者です。
表情は誇らしげで、元気がいいのです。
うしろのほうから、「早くしろ・・・・・・。」などと、声もかかります。
あまり、待つこともなくだれも取らないのにうるさいのです。
お金を支払機から下したら、皆に見えるようにお札を数える
のです。大した金額でもないのにです・・・・・・・。
そんなにうれしいのでしょうか ?
そのあとがまだあるのです。
駅前で昼飯の牛丼をくって晩飯のオカズを買いに
駅前のスーパーへ行ったらまた、ジジババの群れです。
僕もジジですが、誰も若い子はいないのです。
そこはかとなく加齢臭がする、売り場で呆然としました。
それでも、さすが年金日だけあってジジババは大量に
買うのです。レジに珍しく若い子がいたので、「忙しいネ」
と聞くと「今日は6月の年金日ですからしかたありません。」
そして「こんな景気の悪い時にたくさん来てくれてありがたいです」
「一生懸命はたらかなくては・・・・・・・・。」といいました。
僕はその若い子に「キミはエライ、キットいい彼氏がデキルヨ
」といいました。彼女はニッコリ笑いました。
ヤット買い物し喫茶店で久しぶりにアイスコーヒーを
のんで、スポニチを見てDJポリスのところを精読してから、
バスにのりましたが、バスもまたジジババで満員なのです。
もう4時を回ってましたから、たぶん空いているだろうと思ったのが、
間違いでした。
年金日は、混雑するのです。
全国一斉ですから、同じ日が混むのです。
どうせなら、月一度年金支給日なら、いいのにナーとも
子供のようにおもいました。
年金は結局、額なのですが、毎月当たれば経済的には
お金が沢山回るので、消費にはいい影響があるとおもうが、
政府や厚労省がめんどくさいのでしょう・・・・・・・。
しかし、この売り上げの上がらない高齢化時代には
良いことはなんでもやるのが、政治でしょう。
そのいい例がマクドナルドです。今マックは、こども手当と
年金者のたまり場です。安いため低所得者が集まるのです。
言ってみれば幸せな午後でした。
年金があるのですから。
その跡が
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人生の午後
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女、80代後半、男70代後半。日本の平均寿命年年
永くなる。100歳以上が3万人。しかし自殺者も毎年3万人。
幸せナヤツが半分で不幸なヤツが半分か・・・・・。
自然死はしょうがナイ。人はいつか死ぬのだから・・・・・・。
しかし、いい歳こいて、人に迷惑をかけて事故死する馬鹿者が
最近多すぎる・・・・・・・。それがナンガ、70過ぎてハンググライダーで墜落死
したとか、75歳でアルプスに挑戦し心臓マヒで死んだとか、
60台で山で低体温症で集団で死んだとか・・・・・・。馬鹿者ドモメ。
夢よもう一度を狙っているのだろうが、高齢者に夢など無い。
唯一の正しい夢は、健康で人に迷惑をかけズコロリと死ぬことだ。
ここを解ってない馬鹿者が多すぎる。
若者が解ってないのはしかた無いとしても、いい年寄りがまるで、分ってない。
コイツラが日本をダメにしたのだろう。 自分さえよければそれでいいという
オゴリだ。
そういうヤツにかぎつて、自殺などしない。ふてぶてしい奴らだ。
事故死は税金がかかるのだ。捜索費用、検死費用、運搬費、通信費・・・・・・・。だ
事故死はタダではないのです。こころあるなら、香典で払いなさい。
若者の手本にならなければならぬ、人が事故死とはモッテノホカなのです。
人は晩節を汚してはいけないのです。年寄りは静かに死んでくものです。
それが、人の道です。いい歳こいて世間を騒がせてどうするの?
ソンナ死にかたでは、安らかな天国などないのです。
アッテモ地獄です。
それから、100歳以上が3万人とは驚きです。
長寿はなにより、目出度いのですが、なんとなくこの100歳がくだらない
目標なのではないですか?100歳を目標に生きるのは良いことえすが
人の生存限界、約120年にはスグです・・・・・・・・。あのキンさんギンさんでも、
107歳と108歳で亡くなりました。人には限界があるのです。
大事な事は、死ぬまで健康で死ぬときはコロリと死ぬことです。
ですから、永い間病気療養していたのでは、意味がないのです。
最近医学が進歩しなかなか死なせてくれません。
僕も60前後に3回ほど死にかけましたが、医学が凄くてなかなか
死ねないのです。恥ずかしながら生き残りました。
これも、ダメナヤツの典型です。ドウゾお笑い下さい・・・・・・・。
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人生の午後に入ってから幾久しいが、60歳ごろは体調変化で病気がちだったが、
このところ、食事の改善と散歩で体調がいい。それと一時、車を手放したが
大好きなドライブまでやめては、生きがいもないので、また買った。
だから、ストレスも溜まらず楽しい毎日です。
車は軽自動車ですが、日本の軽は優秀です。加速も良く快適です。それと経済的です。
デッカイ車はいままで、15台ほど乗りつぶしてきたが、ほとんどがミエのステータスみたいなもんで
若い時ほど、このミエにこだわったことが今では懐かしくチヨット気恥ずかしい・・・・・・・。
でも、カッコイイ車を持って、美しい娘さんをナンパした週末のあの頃もあったのだと
一人、ニヤニヤしています。あの美しい娘さんも、先に逝ったが・・・・・・・。
そうです、人は老いてそして、死ぬのです。
これが、不幸かと云えばそうでもないのです。
生まれ方が分らぬように、死に方もわからぬモノなのです。魂とかオンネンとかは
あるんでしょうが、死は無の世界です。つまり、何も無いと思います。
嬉しくも楽しくも苦しくもないところだから、生きているウチにセイゼイ楽しんで、
イロイロ体験しておくことです・・・・・・。
ところで、最近の日本は、少子高齢化が言われ、福祉や医療などが叫ばれ
くだらないカネを使っているが、いい国になったなあーともおもう・・・・・。
だいたい、この日本は昔から、楢山節考でおなじみの、姥捨て山の伝統が
ある、年寄りに冷たいくだらない国なのダ・・・・・・・。記録を読むと災害が起こっても
一時金が出ればいいほうで、最高で食糧ノミが、ほとんどダ。仮設住宅ナドとても
とても、でていないのダ・・・・・・。それだけ、優しい国になったのだろう・・・・・。
やや、やりすぎの感もある。
一つ提案がある。年寄りジジイの遺言とおもって聞いてください。
それは、ベンチです。僕は、遠くの距離は車移動しますが、繁華街や公園につくと歩行に
切り替え、散歩します。そして買い物したり、ウインドウを眺めたり、メシを食ったりします。
労働や生産はしませんが、消費はします。最近体調が良くあまり疲れませんが、
病気の時はあまり歩けませんでした。そこで、座るところや一休みのイスを探しますが、
公園は別としても繁華街はホトンドナイのです・・・・・・・。それも、若い人たちが集まる場所
ホド無いのです。ジジイが若者の集まるところへ行くのもヘンですが、消費者には
変りないのです。もしかしたら、若い子にプレゼントするかも知れないのです。
若者の繁華街だけではナイのです。消費者には公平さが必要です。
言ってみれば脚の弱い年寄りのたわごとですが、カネはもってます・・・・・・・
若者以上は持ってます。カネ持って死ねないので、いつ死んでもいいように
ある程度は持ってます、それと、世の中急にカネがいるときがあるんです。
街角で、花を買うとか寄付をするとか、タコヤキ買うとか・・・・・・。いろいろです。
コンナジジイのマインドを理解していなければ商売などできませんヨ。
ビジネスの基本はカネのあるヤツを狙うことです。
ベンチがなくしかたないときは、マクドナルドを探します。
マックは、いついっても、若い子が爽やかな笑顔で迎えてくれます。だから、ホットします。
安く早くうまいがモットーのマックですが、一休みに年寄りは寄るのです。
昼下がりの午後マックにジジイが多いのは、適当な喫茶店が他に無いからです。
この歳になるとマックで、食べるモノが、実はないのです、
肉や揚げ物は食いたくないのです・・・・・。それで、アイスコーヒーとソフトクリームを頼みます。
本当は水だけで良いのですが、カネを使うのも、仕事?ですから、出来るだけ払いが
出来るモノを注文します。でも、マックには高いモノはないのでこまります。
ベンチを探すのにこれほど苦労してます。
システムや制度を言う前にマズベンチが年寄りには必要です。
若い人もいつか歳とります。その時ベンチの有難さがわかるでしょう・・・・・・・・。
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1916年、C.ユングの著書{無意識の心理}の中にあるのが、{人生の午後}であり、 高齢化社会の在り方をヨーロッパでは、20世紀の初めから、論じられていたことがわかります。 対する我が日本、それは、国全体もそうですが、政界にも顕著です。 ナニをいい歳こいて、モメてるの・・・・・・? 10代や20代がケンカしてるなら、ケシカケル?か止めるが、ジジイのケンカは 醜いだけで、ヘドが出る・・・・・・・。これが、国民感情です。 まして、お互い、日本を代表?するリーダーではありませんか? 二人とも、高齢化社会の代表そのものなのに・・・・・・・。 本来なら、立派な、ジジイの、高齢者の手本となるべき言動をしなければならんのでは、ないですか? ナニがあっても、驚かないが、晩節を汚すなという言葉が日本には、あるのです。 これは、日本流、人生の午後、すなわち高齢社会の在り方を、ヨーロッパ以上に、持っている と、いうことです。 せっかく奪った政権を、カネの失敗で、失おうとしています・・・・・・。 もう、参議院選挙どころでは、ナイでしょう? 小沢さんも悪運が、尽きましたか? 辞任しなければならんのは、小沢さんでしょう。国民は分っているのです。 こういうのを、自業自得といいます。 ズルサ醜さが、分ったら、昔と違い、人気がなくなるのです。 利権政治時代とは、時代が変わりつつあるのです。 カネの限界?が分ってきたので、国民は、変りつつあるのです。 カネ万能の時代では、ナイのです。ただし、選挙にカネがかかるのも、事実です。 これは、民主主義の唯一の欠点です。しかし、日本では、このことを理解する人は 残念ながら、少ないのです。もらっていても、建前は、反対なのです。 それは、寄付制度が貧弱だからです。それと、政治資金規正法が中途半端だからです。 政党助成を税金でやる、にしても、不完全です。共産党が、表向き反対するからです。 彼らは、カネが要らないのでしょうか?いいえ、ちがいます。機関紙販売、新聞販売の名目 で、利益をあげ、寄付行為をしているのと同じです。公明党は創価学会ですから、 宗教法人です。宗教がカネです。コンナことは、国民は分っているのです。 云ってみれば、簡単なのです。自民党政権は利権政治ですから、ボスにカネがこなければ、 成り立ちませんので、政党助成制度をウヤムヤにしただけです。 これは、皆で渡れば怖くないの理屈です。お互いアラ探しをしないのです。 先生方は、国会でナニをしてたのでしょう・・・・・・。 横道にそれました・・・・。 コンナことは、どうでも、いいのです。マスコミ・警察の仕事です。 本題は高齢化社会のことです。 リーダーも高齢化します。 僕は、年齢の事はしかたがナイとは、思いますが、大切なのは、リーダーの考え方だと思います。 私利私欲は当然ダメです。リーダーですから・・・・・。したがって、カネで、子分を育てても 当然ダメです。書生制度が、日本にはありますが、これは、ナカナカ難しいのです。 カバン持ち・秘書などから、地盤をもらい一人前にナルのも、日本的制度?だからです。 でも、ここも、リーダーの考えかたです。 国の将来に役に立つ人物なら、堂々と育てるしかないのです。 堂々とです。小細工・チマチマは教えナイことです。 また、横道にそれました・・・・。 歳とっても、政治は定年は、ありません。 どこかの党のように、70歳定年などとは、ピントがズレています。 気力・体力が充実しているなら、死ぬまでやって、社会に貢献すべきです。 ナニより、経験豊富なのですから。ただし、若手には、勝つことです。 これは、選挙が決めることです。これが、民主主義です。 政治家の定年は、選挙が教えてくれます。 それと、ここから、歴史ですが、日本でも、世界でも、偉大な人物は、死ぬまで政治家です。 徳川家康・伊藤博文・毛沢東・周恩来・チャーチル・ルーズベルト・ケネデイ・・・・・・。 定年などナイのです。 偉大ならば・・・・・・。 ただ、毛沢東のように、文化大革命をやり、晩節を汚す人もいるので、注意が必要です。 でも、かの、中国では、毛さんは、さすが、英雄で、絶大な人気で崇拝されてます。 いずれに、しても、社会的人物ですから、簡単に辞任したり、消えたりするのは、政治家はダメなのです。ここが、庶民とは違うのです。また、表向き引退した形で、ウラで糸を引く・アヤツルなどは、 モットダメで、恥ずかしことなのです。 堂々と死ぬまで、やることです。 、
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ssiiidaです。1916年C.ユングが書いた「無意識の心理」の中に出てくる言葉で、欧米での、 いわゆる「高齢化社会」の有り方を説明し、その後の社会の考えに大きな影響を与えたのが 「人生の午後」です。 当時、第一次世界大戦で若者が沢山死に、一次的に「高齢化」したのです。それでも、当時の寿命は 50歳程度でした・・・・。だから、「午後」といったら約半分ですから、25〜30歳以降を 「人生の午後」といったようです・・・・・。ナント短い人生なのでしょうか・・・・。 ソンナ状況下で、知識人は、後半生を真面目に真剣に考えそして、向き合ったのです。 ソンナ中から、社会保障・福祉・生きがい・伴侶・・・などの、欧米流の考え方が生まれました。 従って、高い福祉政策・社会保障などは、欧米のほうが、やはり伝統があるのです。 そのころ日本は、男尊女卑・富国強兵、マッタダナカですから・・・・・・。 (これは、これなりに意味がありますが・・・・・・。) 言おうとしている事はソンナことではナク。現在のことです。 いまや、「人生80年時代」です。おとこ78歳おんな90歳なのです。 だから、約半分で、40歳までが、「人生の午前」40歳以降が「人生の午後」と僕は勝手に 呼んでいます。「午前の人人」は、いつか「午後」を迎えるのですから、そのつもりで、いて下さい。 どう生きるかはハッキリ言って答えはありません。自分の人生ですから、好きに生きて下さい。 しかし、「人生の午後」に至った人人は、「基本的条件」があります。 それは僕はイルカの「なごり雪」にあると考えています。 「ふざけ過ぎた季節の中で、今、春が来てキミはきれいになった。 去年よりキミはきれいに なった。(繰り返す)」 そうなのです。自分の「完成」なのです。 男は男なりに、女は女なりに、それぞれの「思い」を実現しなければならないのです。 それぞれの「思い」ですから、人サマザマです。ドンナ「思い」でも良いのです。 良く、真善美とか審美眼とか花鳥風月あるいは社会貢献・ボランテア・・・・・。いろいろです。 いずれにせよ、「自分の思い」に努める時間なのです。中には「不良長寿」などもあります。 僕も「不良短命」を心がけております。 もう一つ忘れていました。「伴侶」のことです。
難しいことは、言いません。この世は、「男と女」しかいないのです。だから、「愛し合う」べきです。 労わり合うべきです。信頼し合うべきです。「心と体の健康」には、一人では、到達できません。 「愛する伴侶が絶対必要」なのです。今日はここまでです・・・・・・。 |





