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日本海軍の育ての親は誰か?と問われれば写真の人物「山本権兵衛」と私は答える。
因みに、海軍の生みの親は誰かと言えばやはり勝海舟であろう。
1852年11月26日生まれ昭和8年(1933年)12月8日没
最終階級は海軍大将。第16および第22代の内閣総理大臣。爵位は伯爵。従一位大勲位菊花章頸飾と経歴は燦然たる経歴である。その業績はそれ以上である。
1891年(明治24)、西郷従道海軍大臣の下で海軍省大臣官房主事に就任した。権兵衛は従道の全幅の信頼のもと、陸軍の従属的立場に扱われがちであった海軍の地位向上を目指し、「島国の国防はまず海上権を先にすべきものであり、せめて陸海軍を平等な立場にすべきである」と主張し、十年間をかけて海軍軍令部の独立という成果を引き出した。
さらに権兵衛が行ったのが、将官8人、尉佐官89人に及ぶ大リストラであった。
これは、藩閥出身のために高い階級にあり、かつ正規の近代海軍教育を受けていない海軍将校は、来たるべき戦争では不用となるとみなし、山本と個人的に親しかった将校も容赦なく整理対象とされた。
因みに、後の元帥東郷も、危うくこの97名のリストに入れられる寸前であった。
「人さえ育てれば装備は後からついてくる!」のそ信念の基に人材育成にひたすら奔走し、最終的には日本海海戦の大勝利を演出その功績により伯爵を賜る。
しかし、軍部での大活躍とは裏腹に首相としての彼はスキャンダル(シーメンス事件・虎ノ門事件等)などに多々見舞われ、充分活躍の場が得られぬままであった。
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