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ここ信州もゴルフが出来る季節になっております。私もすでに1ラウンドをし、連休終了までに2ランドを控えております。
そこでゴルフの話です。
昭和天皇がゴルフ狂であられたことは、あまり知られていない史実と思います。
終戦により「ゴルフ絶ち」をされたからで、新宿御苑・皇居内にも9ホールのコースを作られていたそうです。いかに好きであったかをしのばせる事実です。
以下は東洋経済2004/7/24増大号よりです。作者は作家の海老沢泰久氏です。
「昭和天皇のゴルフを想う」
作家/海老沢泰久
えびさわ・やすひさ●1950年生まれ。94年『帰郷』で第111回直木賞受賞。『ぼくの好きなゴルフ』『ゴルフが好き 岡本綾子の生き方』『美味礼讃』など、著書多数。
昭和天皇がたいへんなゴルフ好きであったというのは、いまではあまり知られていない。
初めてクラブを握ったのは、皇太子時代の大正6年だそうだから、日本のゴルファーとしてはかなり早く、非常にモダンな方だったことが分かる。すすめたのは、西園寺公望の女婿の西園寺八郎と、横浜正金銀行重役の森村市左衛門で、彼らは大正3年に駒沢に創設された東京ゴルフ倶楽部の会員だった。ゴルフクラブも彼らがニューヨークに注文し、スラゼンジャー製のを3組献上したらしい。
当時、日本には神戸と横浜根岸と駒沢にしかコースがなかったが、4番目のコースとして箱根富士屋ホテルが仙石原コースをつくりはじめていた。天皇は、クラブが届くとその年の7月に箱根宮ノ下の御用邸に避暑に行き、そのコースでさっそく練習をはじめた。まだコースは工事中で7ホールしか完成していなかったが、避暑のあいだ、ほとんど毎週出かけたという。
天皇はそこでゴルフ熱にかかったのだと思うが、熱のおもむくまま、すばらしい行動に出た。宮ノ下から東京に戻ると、西園寺八郎に命じて、赤坂離宮内に4ホールの練習コースをつくらせたのである。
だが、ゴルフ熱というのはそういうことをすればするほど上がるのが特長で、天皇もその例に漏れなかった。ついには大正11年、新宿御苑の中に、全長1736ヤード、パー32の、9ホールの皇室専用コースをつくってしまったのだった。
ゴルファーの夢の実現といっていいだろう。天皇はこの御苑コースでしばしばプレーしたが、昭和5年には、来日したアメリカのプロゴルファーのウォルター・ヘーゲンをここに招いて彼のエキシビションプレーを見物し、その記念に彼に金のシガレットケースを下賜したりもしている。
また、これはよく知られていることだが、大正11年の4月には、来日したイギリスの皇太子(のちのウィンザー公)と駒沢の東京ゴルフ倶楽部で9ホールのマッチをしている。
マッチはフォアサムで、天皇と組んだのは西本願寺門跡の3男で当時のトップアマチュアだった大谷光明、イギリス皇太子と組んだのはイギリス王室の侍従長だったが、イギリス側が1アップで勝った。
しかし、天皇がゴルフを楽しんだのも満州事変がはじまる昭和6、7年ごろまでで、以後は話に聞かない。御苑コースも同じころに取り壊されたらしい。じつにお気の毒なことだった。・・・・・
昭和天皇は皇太子時代、日本で初めてとなる欧州海外視察などを行っており、上記にありますが、モダンで、開明的な人柄であったと思います。
そして忘れてならない最大の功績は「太平洋戦争終結」を決断したことと思います。
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