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このたび最新鋭の護衛艦「ひゅうが」(写真上)が進水をしている。
正直、戦艦クラスの名称を用いたことに、個人的に驚いているのであるが、戦艦「日向」(写真下・同系艦「伊勢」)の詳細を調べると意外とあっているような気もしている。
戦艦「日向」はいわゆる航空戦艦ともよばれた戦艦でもある。
MI作戦で失った空母を補うための窮余の策で、しかも改装には大和級4番艦のために用意してあった資材を使用したとのこと。(ある意味股の改装で戦艦大和の存在は否定されたともいえる)
伊勢・日向が選ばれた最大理由は「日向」における第5砲塔爆発事件であろう。
1942年5月、伊予灘で主砲射撃訓練中に「日向」の第5砲塔の装薬が砲塔内部で爆発、51名もの死傷者を出す大惨事が起こった。砲塔は撤去されて、大穴の開いた跡に仮設の蓋を張り、その上に25mm三連装機銃4基を設置した。
この後、MI作戦におけるまったく予期しなかった空母4隻の大量喪失のため、空母改装を前提とした艦艇の改装を行うと共に、雲龍型の建造決定や既存艦の改装を行うこととなった。
戦艦では大和型を除く全艦が改装の対象となった。しかし、長門型は大和型に次ぐ主力艦であり、金剛型は空母直衛のため除外され。もっとも戦力的に活用されていない「扶桑型」「伊勢型」の旧式戦艦4隻を航空母艦に改装する計画が立てられた。
扶桑型が最初の改装艦として予定されていたのだが、先の事故により火力を僅かながら喪失していた「日向」を擁する伊勢型に白羽の矢が立ったといういきさつがある。
ただし、本来乗せるための艦載機の製造は間に合わず、発艦専用の空母としての力を発揮することは無かった。艦載機用に作られた広大なスペースをもって輸送作戦「北号作戦」で活躍をする。
この作戦では全艦損害なしという奇跡的な成功を収めたが、燃料不足のため呉軍港に停泊することとなる。1945年7月24日の呉軍港空襲により呉港外(情島沖)で米軍空母機の波状攻撃によって姉妹艦「伊勢」ともども大破着底したまま終戦を迎えた。
また、行甲板設置とともに改装された、対空火器にも助けられ戦火を潜り抜けた艦艇でもある。
さて、護衛艦「ひゅうが」に話を移すと、その兵装は「Mk41VLS」16セル(ESSM・新アスロック)・ファランクスCIWS 2基・3連装短魚雷発射管 2基とかなりのものである。
ヘリを載せるためも母艦機能と対空火器をもちあわせたことで「ひゆうが」と命名された点では納得できる。
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たったの1万トン台では、戦艦の名前を継がせるには役不足ですね。「もがみ」あたりがよかったのでは?
2008/10/19(日) 午後 2:15 [ 彩雲 ]
いつの間にか全通甲板の艦船が進水したってだけでも進歩でしょう。素直に喜びましょう。
2009/3/23(月) 午後 10:29 [ red*_* ]