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さて、木村性を名乗ってはいるが、父親は静岡県静岡市紺屋町で弁護士をしていた近藤壮吉氏(大正5年病死)、母親は東京女子師範卒・帝国女子医専舎監のすずの次男として生まれる。
生後すぐに母の実家で元鳥取藩士の木村家養子となった。このため木村の本籍は鳥取県鳥取市となったが、養育は引き続き静岡の近藤家で行われたそうである。
本人は静岡県出身ではあるが、本籍地でいうと鳥取県出身と言えなくはない。
また、この当時としては、高等教育を受けた両親の家庭で育ったといえる。
なぜ、軍人を目指したかは不明であるが、旧制静岡中学の卒業席次は80人中39位で中の下といった成績であり、当時は軍人=エリートといった考えは多少はあったはずだが、やはり木村家が武士の家系であり、武士=軍人といった考えからではなかったのか?この点は当ブログ管理人の推測でしかない。
海軍兵学校第41期には、草鹿龍之介、大田実、市丸利之助、田中頼三らがいる。
この同期メンバーに関しては個々逸話は多々あるが、当ブログ管理人のイメージとしては硫黄島で書いた遺書米国大統領フランクリン・ルーズベルトに宛てた『「ルーズベルトニ与フル書』を思いつく。
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