|
MSM-10は残存記録が少ないことから、その全容に関して不明確な事項が多い。写真は北極海海底の潜水艦が、特殊な装置で撮影したとされるもので、写っているのは最終的に“R10”として記録が散見する機体である。
MSM-10は当初、寧ろ“モビルアーマー”のような扱いで、キャリフォルニアベースの工廠内にあった船舶用ドックで製作されていたという。
最初に竣工した数機の中、1機は「長距離航行試験」に使用されることとなった。キャリフォルニアのサンフランシスコ港から太平洋岸を北上し、ベーリング海峡を抜け、北極海から北海に至り、バルト海の港に入るというコースの計画書が残っている。
「長距離航行試験」に関しては、計画書の他に概要報告書が残っている。機体は想定以上の速度と安定性を発揮し、バルト海のリガ港に到達したという。
この計画では、リガ港に到着した機体を大型潜水艦、または輸送機でキャリフォルニアに戻すこととなっていた。しかし、欧州上空では連邦軍の勢いが増し始めており、MSM-10の巨体を積載するに足る大型潜水艦はどれも各前線で活動中であり、輸送は困難となってしまった。
こうした状況により、この「長距離航行試験」に使用された機体は、欧州方面に止まって運用されることとなった。
リガ港の生存者―関係者の多くは、ジオン軍がリガ港を放棄した後に一旦ジオン本国へ帰国している。その後の宇宙の戦闘で命を落とした関係者が非常に多い…―の証言では、本機は「リガ港のMSM-10」という意味でリガの“R”と形式の“10”を取って「R10」という呼称で運用されたという。
この「R10」の番号の他、骸骨のマーキングが見受けられる。これの意味は不明であるが、複数の関係者によれば、「こんなものが上陸した後は、屍の山が出来る…」とパイロットが呟いたことを踏まえ、パイロットの名の頭文字のSと、骸骨(スカル)を絡めて考案されたものであるらしい。
敵前に強行上陸し、敵拠点や地上兵力にダメージを加える“移動大型砲”であるMSM-10は、リガ港で大きな戦果を挙げる機会は得られなかった。
その後、「R10」はドイツ北部のキール港とスウェーデンのストックホルム港での目撃記録がある。本機は連邦軍によって撃破されたと考えられるが、詳細は調査中である。
(UC0082 『一年戦争の欧州』 より)
**********
担当官の製作したHGUCゾックを使用した画で設定を…
|