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昨日の参議院選挙において、現職の千葉法務大臣が落選しました。 大きな余波を感じます。 現職の国務大臣が落選とは、ただ事ではありません。 しかし、菅総理は、千葉法務大臣の続投を示唆したようです。 確かに国会議員でなくとも、国務大臣には就任出来ます。 まして、現役の大臣なら、法的には何らの問題はありません。 一国の総理が、続投を支持している以上、国民が罷免することはできません。 しかし、国民の審判が下ったことに間違いはありません。 真摯に受け止めるべきです。 千葉法務大臣は、そもそも法務大臣になる人物ではないと考えます。 千葉法務大臣は、死刑執行に反対の立場の方ですね。 死刑執行に当っては、法務大臣が最終的な判断しないと、刑は執行されません。 最後の執行命令に印を押すのが、法務大臣の職務です。 職務の一つが、法によって定められています。 死刑とは、その犯罪者の死をもって、刑に処すという極刑です。 そのため、裁判官も熟慮に熟慮の結果、死刑しか刑の執行がないと考えた上での判断です。 被害者にとっても、残忍に身内を殺された訳ですから、人としては死をもって償って欲しいと考える遺族が多いのも確かです。 日本人の歴史的な犯罪感にあっても、死には死を持って償うという法概念は強く残っています。 日本は法治国家ですから、死刑が刑法からなくなれば、話は別になります。 しかし、現行刑法には死刑の存在が、最高裁の違憲の判断をされることなく、存在しています。 その執行者は、法務大臣と明記されている以上、大臣個人の感情や思想で、その職務を怠慢することはありえません。 嫌なことはやりたくないのは事実です。 自分の判断で、人が死にます。 辛いことです。 しかし、死を持ってしか、償えない刑もあります。 日本に、終身刑がない以上、多くの国民の生命財産を守るためには、必要な措置です。 終身刑も無残な刑です。 働かず、檻の中で、寿命の耐えるまで、自由がないのです。 生きている方すら否定される行き方です。 死刑以上に残忍です。 しかし、日本の刑法の改正には、消極的です。 当然だと言えます。 無差別な殺戮や残忍な犯罪が日常に起こっています。 意味のない殺人に、何をもって償うことができましょうか? 死をもって、償うという、日本の道徳の欠如が、社会の秩序を、ある意味放置国家にしています。 多くの国民にとって暮らしやすい、住みやすい社会であることを祈ります。 |

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